006.召喚
「次に、『転移』した場所だが、ここは明らかに人工的に造られた部屋だ。もし仮に、僕たちが『異世界』の偶発的な自然現象に巻き込まれて『転移』したとするならば、人工的な部屋の中に転移する可能性は極めて低いだろう。どんな世界かは知らないが、僕たちの知っている世界で考えれば、海の中や空中、地中、いっそ宇宙空間の方がまだ納得がいく。だから僕は、この『転移』は誰かが意図して引き起こした可能性が高いと思う。言い替えるなら『召喚』だ。だから、テルが言う女神や姫が現れて状況を説明するというのもそれほど可笑しな話ではない。ただ、この状況を引き起こした誰かを、女神か姫という女性限定にしている辺りは完全にテルの願望だろうな。」
僕が話し終えるとシローは再び今聞いたことを消化するために考え始めた。シローはいつも僕の考えを聞くが、それを鵜呑みにせずに自分自身で考え直す。それをシローの良いところだと思っている。一方でシローの隣でダイスケは、悩みなんて何もないといった様子で二人の話を聞き流していた。ダイスケはシローとは違い、何事も深く考えることはない。考えるのは二人の役目、自分は二人の考えた結果だけを貰えばいいと思っているのだ。
しばらく考えたシローは納得したように頷いた。
「アロー、ありがとう。少し考えが整理できたよ。それでアローは、女神や姫とは言わないまでも、このあと誰かが現れると思うかい?」
「これは単なる勘だが、現れない気がする。」
そこで一旦言葉を区切り、再び上を見上げた。
「僕はこのランタンの上の見えない部分が気になっている。そこに何かが潜んでいるような気がするんだ。そしてそいつは僕たちのことを見張っている。つまり姿を現す気がない。そんな気がするんだ。根拠はない。ただそんな気がするというだけだ。
そもそも『異世界転移』は可能性の一つに過ぎなくて、『宇宙人による拉致』とか、他にも色々と考えられるだろう。」
「そうか、そんな気がするか。・・俺もそんな気がしてきた。」
「俺も。」
シローとダイスケが同意してから上を見上げた。天井は見えない。そこにはただ闇が広がっていた。
上方の闇を見ているうちに、自分はここで死ぬのではないかという不安が心に沸いてきた。だがシローとダイスケが近くに居るお陰で冷静に考えることができている。この不安は『転移』という未知の現象に遭遇し、何が起こるか分からないとい漠然とした不安が、死ぬかもしれないという恐怖に安直に繋がってできたものだと思う。『転移』したという事実は無くならないし、死ぬかもしれないということも間違っていないだろう。不安になること自体は正常な感情だと思う。不味いのは、不安に心が押し潰されて何もできなくなってしまうことだ。不安を抱きつつも開き直ることが大切だ。死ぬかもしれないと思うのであれば、そうならないように努力するしかないではないか。そう思うと少しやる気が出てきた。
姫「・・・やっぱり見ているわ。」
爺「気のせいですな。ところで姫様、外国語に詳しい者を呼ぼうと思いますがよいですかな?」
姫「ええ。」