059.情報収集
次の日、老人は約束通りにやってきた。そして改めて自己紹介をした。肩書きが勇者召喚の儀の儀式長、名前がジーヤコブズ、年齢53歳とのことだ。儀式長ジーヤコブズ氏は「翻訳の魔石」に関する口裏を合わせてあげたところ、非常に友好的になり次々と出される質問に答えてくれた。午前中の成果が次のようなものだった。
「勇者とは」
今回の儀式で召喚された者たちのことを指す呼称として国王が名付けた。人類の危機を救う存在ということが由来。女神様の神託によれば勇者は強い魔力を有しており、またその子も強い魔力を持つことになるという。召喚された勇者自身が人類を危機から救うのか、その子孫が救うのかは明言されていないが、わざわざ子の魔力に言及しているということは子孫が重要なのではないかと考えられている。
「人類の危機について」
詳細は不明。いつ、どんな危機が訪れるのは全く分かっていない。女神様からもたらされた神託の中にそういう文言があったということしか分からない。
「元の世界への帰還について」
分からない、の一言。女神様が追加でそういう神託を出すかに掛かっている。召喚の儀式に使用した魔石などの調査については協力する。
「この国について」
イース王が治める王制の国。約80年前に前身のセトラ王の国から実権を委譲されて建国。約100年前のセトラ王の国の頃に隣国との国境全てを魔物に奪われている。それ以来隣国との国交が失われて陸の孤島となっている。中央と西部がイース王の直轄地で、北部、東部、南部にそれぞれ領地を治める領主がいる。国土の大きさは正確に計測されたことが無いため不明。徒歩で縦断すると4日程度。横断も同じくらい。
「魔物について」
地中から湧き出てきて人間を襲う生物の総称。多種多様な姿形の物がいる。人間は主に剣や槍といった武器で魔物と戦っている。
「地下迷宮について」
大きな街は地中から湧き出る魔物の発生を制御するために地下迷宮が建設されており、その上に街が築かれている。召喚の儀式に使用したこの部屋も地下迷宮の中に造られている。壁や床に不用意に穴を空けると魔物が侵入する恐れがあるので要注意。
「魔法について」
魔石に紋を刻み様々な効果を生み出す魔石魔法が存在する。部屋の設備は全てこれによりできている。魔物との戦闘に利用できる魔石魔法もあるが、採算が合わないためほとんど利用されていない。
魔石を利用せずに呪文詠唱で発動する魔法も存在はするが、飲み水を作り出したり火を起こしたりする程度のもので戦闘に利用できるほどの効果があるものは存在しない。勇者の魔力なら実現できる可能性はあるが、新たな呪文は女神様の神託によりもたらされるので女神様次第。
「女神様の神託について」
特定の人物の夢の中に女神様が現れて神託を下さる。神託を受ける人物を「神託の巫女」と呼ぶ。基本的には神託が下るのを待つしかないが、どうしても必要なときに女神様に呼び掛ける儀式も存在する。
新たに手に入った情報の量が多過ぎて混乱気味だが、なんとかこの世界について理解できてきていた。だが肝心の自分たちの今後の生活については何も話を出来ていない。まだ単なる情報収集であり、交渉はこれからなのだ。疲れている場合ではない。