058.交渉結果の報告
アローと老人は二人だけで衣裳部屋に篭ると、1時間近く話し込んでいた。その間、外で待たされていた者たちは金属鎧を着込んだ言葉の通じない集団と睨み合うこととなった。全員が極度の緊張を強いられていた。アローと老人が連れ立って出てきて、老人がそのまま連れてきた者たちを連れて引き返していくと、全員が極度の疲労でその場に座り込んだ。
「あ~疲れた。それでどうなったんだ?」
だらけた姿勢のままタクミがアローに尋ねた。アローは衣裳部屋の中でのことを話し始めた。
衣裳部屋に入った二人の会話は、老人の質問から始まった。
「この魔石は君たちが作ったのですかな?」
「作り方は女神様から神託があったのですかな?」
「神託を受けたのはあの中の一人ということでよいですかな?」
アローがそれら全てを素直に肯定すると、老人はガバリと頭を下げて懇願を始めた。
「この通りですな!どうか女神様からの神託を受けたことは秘密にして欲しいですな!頼みますな!」
突然の行動に驚いたアローは、まずは老人を宥めて落ち着かせると、事情を話すように促した。
老人の話した事情は約20年前から始まった。今から約20年前、一人の庶民の娘に「神託の巫女」と呼ばれる力が発現した。「神託の巫女」はこの国では常に一人存在してきた。また、常に一人しか存在してこなかった。「神託の巫女」は女神様から神託を授かることができる。授かる内容も授かるタイミングも女神様次第だが、直接神の声を聞くことができる唯一の存在であるため重要視されており、国がその身柄を保護してきた。その娘も同様に国により保護され、王宮に賓客として迎え入れられた。
目の前の老人も当時はまだ若く、国に使える文官として神託に関する研究に携わっていた。そしてその巫女が王宮に迎え入れられたのと同時にその傍付きとして世話をする役を任ぜられた。
「神託の巫女」になる人間は、身分や血筋などに規則性は無い。だが、見目麗しい女性であるということだけが共通している。例に漏れず美しい女性であったその巫女は、その美しさ故に当時即位したばかりだった王を魅了してしまった。王が巫女に手を出して身篭らせてしまったのだ。
まだ即位したばかりだった王にとって賓客であり神の使いとも言える巫女に手を出したという事実は、隠さなければならない醜聞だった。そのため、巫女の腹の中の子は存在せぬものとして秘密にされた。だが巫女はどんな経緯であれ我が子であるとその子を産み、決してその子を手元から離さなかった。巫女の傍付きであった目の前の老人は必然的に巫女と共に巫女の子も面倒をみることとなった。
月日は流れた。巫女の子は大きくなり、若い頃の巫女とよく似た美しい女性に成長していた。だがその存在は未だに公にされておらず、王宮内の一室に押し込められて隠れるように暮らしていた。そしてある日、巫女が死んだ。まだ若く、病気や怪我も無い中での突然の死だった。
母を無くした巫女の子はもうここにいる理由は無いと王宮を出ることを決意した。巫女さえ居なければ止める物もいないだろうと思われた。だがその決意を実行に移す前に、今度は巫女の子に「神託の巫女」の力が発現したのだった。そのことを知った王は、王の子が「神託の巫女」に選ばれたというのは聞こえが良いと巫女を正式な自身の娘として公表することにした。巫女の子はその自分勝手な振る舞いに憤りを覚えていたが、相手は王であり逆らうことはできなかった。また、母である巫女がやり掛けていた仕事を引き継ぐことができることもあってそれを受け入れた。こうしてこの国に新たな「姫」が迎え入れられた。
死んだ巫女にはやり掛けていた仕事があった。女神様からの神託だ。その神託はこれまでに無い大規模な儀式を要するものであり、巫女が死んだのはその儀式の準備の最中であった。「姫」は母である巫女のやり掛けた神託の続きを自分自身も授かったことで、その神託が形見のように感じていた。何としても成功させたいと一生懸命だった。そしてその神託こそが、勇者召喚の儀式だった。
儀式は成功し、勇者は召喚された。だが言葉が通じない。困惑した姫は女神様からの追加の神託を待った。神託を授かりたい時に行う儀式も試した。だが追加の神託を授かることは無かった。
姫が授かることができなかった神託は、勇者の中の一人が授かっていたことがたった今判明した。これまでこの国において神託の巫女は同時に一人しか存在したことがない。このことから導かれる結論は、姫は勇者召喚直後に「神託の巫女」の力を失ったということだ。
「神託の巫女」の力を失った姫というのは、醜聞を気にする王にとって都合の悪い存在であろう。最悪の場合は殺される。そうなる前に何とかしなければ。そう考えた老人は、アローに神託のことを秘密にしてくれと頼んだのだった。
老人から神託のことを秘密にしてくれと頼まれたアローは悩んだが、その頼みを受けることにした。理由は老人が可能な限りアロー達に協力してくれると誓ったからだ。秘密を共有する。そして立場的にはアロー達が上の状態だ。悪い話ではない。
「翻訳の魔石」は武器庫から見つかったことにした。勇者召喚の際に同時に作られていたのだろうということで口裏を合わせるのだ。それから今後神託を授かったら老人に内容を伝える約束もした。伝えた内容を元に老人があたかも姫が授かったかのように偽装する計画だ。そうしてアローとの約束を取り付けると、老人は喜んで帰っていった。
「というのが中であった話だ。みんなも秘密を守って欲しい。」
一通り話し終えたアローはそう締めくくった。
アローの報告が終わるとタクミが質問をしてきた。
「巫女の傍付きの爺さんの協力が役に立つのか?」
「普段の役職は巫女の傍付きだけど、今回の勇者召喚の儀式の責任者も任されている儀式長だそうだよ。僕たちに関することについてはかなりの権限を持っていると言っていたよ。」
タクミの質問に答えると続けてアユミも質問した。
「勇者って何?私たちが勇者なの?」
「細かい話はみんなが居る場で直接聞いた方がいいだろうと思って聞いていない。明日、また来るからその時にみんなで聞こう。今日のところはあの人と秘密を共有して協力関係を結んだところまでだ。くれぐれもお願いしたいのは「翻訳の魔石」に関する口裏合わせだ。僕らが秘密を守るなら僕たちに協力してくれるという約束になっている。アユミが聞きたい質問にも正直に答えてくれるはずだ。だから今はそれで納得して欲しい。」
実際にはアローはある程度の情報は聞き出しているが、みんなで直接聞いた方が効率的だと考えて質問をシャットアウトした。突然の急展開に全員が動揺していたが、疑問は明日、直接聞けばよいと無理矢理納得させた。そして秘密を守ることを再三呼び掛けた。異世界に来てしまったことが確定した今、生きていくためには信頼できる現地協力者は必要不可欠だった。それが向こうからやって来てくれたのだから、これを逃す手は無い。これだけの人数がいるのだから秘密を守り通せるとは思わない方がいいだろう。だが幸なことに、「翻訳の魔石」を使わせなければ秘密が漏れることはない。「翻訳の魔石」を管理し、全体で動いている間は何とかなりそうだと考えていた。