057.個別交渉
交渉の始まりはキャッチボールから始まった。言葉のではない。「翻訳の魔石」の片割れを明らかに偉そうな老人に向けて投げると、老人はそれをキャッチした。そしてアローが魔石を使って話しかける。
「使い方は分かりますか?」
老人は無言で頷いた後に魔石を軽く叩くと、魔石を使って話しかけてきた。
「君がそちらの代表でよいですかな?」
「今は僕が代表して話します。」
「結構。では君と二人だけで話しをしたいのだが良いですかな?場所は、あそこではどうですかな?」
老人はそう言うと衣裳部屋を指差した。そこはアローたちが個別の相談があるときに使っていた部屋だ。今までのお前たちの行動は見ていたぞということだろう。
「個別の交渉はお断りします。」
「なに、交渉と言うほどのことはないですな。個人的に確認したいことがあるだけですな。」
「この場で確認は?」
「みなに聞かれるのは恥ずかしい。」
「それはどうしても必要なことなのでしょうか?」
「うむ。どうしても必要ですな。」
「どうしてもですか?」
「どうしてもですな。」
「・・・少しお待ちください。」
アローはクラスのみんなの方に振り返ると、魔石の翻訳を止めて話し始めた。
「聞いての通り、僕と二人だけで話がしたいと言われているのだけど、どうかな?」
するとモリヤが剣を掲げて尋ねた。
「護衛が必要ってことか?」
アローは首を横に振る。
「違うよ。僕は個別交渉を禁止すべきだと思っているからだ。僕ら全員が助かるためには、僕らは結束して団体で交渉しないといけないだろう。個別交渉は相手にこちらを切り崩す隙を与えてしまう。抜駆けや裏切りの元になる。だから個別交渉は禁止したのだけれども、初手から要求されて引く気が無いという状況で困ったなあと思ってね。」
「それなら問題ない。」
タクミはそう言うと全員を見回すようにして言った。
「みんながこの場をアロー君に任せたのはアロー君を信頼してのことだよな。抜駆けや裏切りをしそうな奴に任せたりはしていない。信頼できるからこそアロー君に任せた。そうだろう?」
タクミの呼び掛けに応えて「そうだ」とみんなが口々に同意を示した。アローは信頼という言葉の重みを感じながらも頷いた。
「ありがとう。みんなの信頼に応えるためにしっかり交渉してくるよ。任せてくれ。」
アローは再び老人の方へ向き直ると、二人だけで話しをすることを承諾した。そして衣裳部屋に向かう前に近くに居たシローに耳打ちをする。
「僕が洗脳されたりしているようだったら止めてくれ。」
催眠術や人を洗脳してしまうような魔法の存在を考えてのことだった。一人だけと話したいというのも、全員まとめては難しいが一人なら操れるということかもしれないのだ。ここが異世界と判断したからにはそういった可能性も考えておかねばならないのだ。シローなら仔細を伝えなくとも理解してくれているだろう。