056.対峙
交渉の準備をしようと言ったばかりなのに、大扉の外からガチャガチャと音が聞こえてきた。準備をする間も無く交渉相手が来てしまったのだ。予定より早い?いや、そもそも予定なんて無い。何故このタイミングで?恐らくあちらはこちらを監視していたのだ。「翻訳の魔石」ができたタイミングで突っ込んできても不思議は無い。何も準備ができていない?どうせできる準備なんて無かった。アローは突然のことに混乱する頭を整理するために自問自答を繰り返した。そして落ち着きを取り戻してみんなに指示を出す。
「本当に交渉相手が来たみたいだ!男子は武器を持って前に!!」
アローの指示に従いみんなが動き出した。男子はそれぞれに剣やら槍やらを持ってきて大扉に向かって並んだ。女子も一部は武器を持ち、武器を持たない者も一緒に男子の後ろに回った。そして何とはなしに固まると、全員が緊張した面持ちでガチャガチャと音がする大扉を見つめた。そして、大扉がゆっくりと開いた。
開いた扉から突入してきたのは金属製の鎧を着て剣と盾を構えた騎士だった。フルフェイスの兜を被っていて男女の区別はつかない。重そうな鎧でも問題ないと言わんばかりの素早さで20人が2列で横に並び、アローたちと対峙する形となった。そしてその後ろから悠悠と入ってきたのは身形の良い老人だった。老人は威厳ある態度でゆっくりと歩き、騎士たちの中央で立ち止まった。
騎士たちは身動ぎもせず、老人も立ち止まったまま動かない。アローたちは武器を手にしたものの戦闘経験など皆無なので、下手に刺激してしまって目の前にいる騎士たちと切り合いにでもなれば大変だと動けずにいた。しばらく無言の硬直状態が続く。硬直状態を打ち破ったのはアローだった。騎士たちからクラスメートに向き直り、話しかけた。
「交渉は僕に任せて貰っていいかな?」
そして、タクミ、モーちゃん、アユミ、マッサン、レイナと順にリーダー達と視線を合わせていった。それぞれが無言で頷いた。それを見てからシローがアローに寄ってきて「翻訳の魔石」を手渡した。
「ありがとう。」
ついに目指していた交渉の場に着くことができるのだ。しかも交渉権をみんなから認めて貰えている。正直なところ思い描いた形ではないが、そんなことは構わない。転移して以降で色々と頑張ってきたのはこの場のためだと思えた。さあ、交渉だ!!