053.前向き
「おはよう!」
一人目はサヤカだった。サヤカも早起きの常連組だ。常に5番目くらいまでには起きてくる。そしていつも朝から元気一杯で爽やかな挨拶をしてくれる。
「おはよう。おっ、アロー君も起きていたのか、流石だな。昨日は遅くまで騒いでしまったけど、今日からまた脱出に向けて頑張ろう!」
そう言って握手を求めてきたのはモーちゃんだった。普段なら朝はテンションが低い方なのだが、今日はアローが圧を感じるほどにやる気が漲っている。何故か朝から力強い握手を交わすことになった。
「アロー君、おはよう。私も頑張って協力するから、アイデアがあったらどんどん言ってね。特に天井の調査は放っておくと進まないからよろしくね。」
そう言ったもう一人はアユミだった。アユミも普段は朝を苦手としていた。それなのに今日は爽やかな笑顔で頑張ろうなんて言っている。
モーちゃんとアユミはそのままコイケに話しかけると、コイケの手伝いを始めた。二人は料理班なのだからコイケと一緒に朝食の準備をするのは当然のことだ。だが昨日までは、表立って文句は言わないが、誰よりも早く起きて準備をしているコイケの行動を「過剰なサービス」と揶揄していた。好ましい変化ではあるのだが、あまりの急変に何かあったのかと疑問に感じてしまう。
「あの二人、何かあったのかな?」
小声でサヤカに尋ねるとサヤカが答えてくれた。
「昨日のお祝いであの二人が良い雰囲気になっていたの、気付かなかった?多分そのせいだよ。少し前からそんな雰囲気が出ていたけど、昨日でぐっと近付いたみたい。」
「そんなことであんなに人が変わったみたいにやる気を漲らせるのか。」
「二人とも真面目だから付き合うとかそういうのは脱出してからって考えていると思うの。だから脱出に意欲が出てきたということじゃないかな。」
それを聞いてそんなものかと納得しているとサヤカが忠告してきた。
「アロー君は昨日のお祝いにちゃんと参加しないから気付かないんだよ。もっとイベントに積極的に参加しないと、また教室の頃みたいにみんなから浮いちゃうよ。」
教室内で浮いた存在だったことに自覚があるアローとしては、サヤカの指摘は胸に刺さるものがあった。だが昨日はみんなの前で歌ったりして以前よりはみんなの輪の中に入れていたと思うので少しばかり反論を試みる。
「歌を歌ったりとかしたけど。」
「私が誘わなかったらそれもしなかったでしょう?」
反論はいとも簡単に跳ね返された。ぐうの音も出ないとはこのことだろう。サヤカに誘われなかったら歌っていないのは間違いない。相談者が次々と現れて部屋の角で話し込んでいたこともあるが、それが終わってもきっと壁にもたれてみんなのことを眺めていたに違いない。あのタイミングでサヤカに誘われなかったらみんなの輪の中に自分から入ることはしなかっただろう。せっかくクラス内での発言力を高めてきたのに、クラスの中で浮いてしまうような行動をとってしまっては意味がない。昨日はある意味でサヤカに救われたということだろう。
「僕が浮かないように声を掛けてくれたのだね。ありがとう。」
「誘ったのは一緒に歌いたかっただけだけど。」
「そうなの?」
「そうなの。」
「そうなのかー。」
アローが間の伸びた返事をすると、サヤカがフフッと笑った。つられてアローも小さく笑うと、何故だか笑いが込み上げてきて二人で笑い続けた。モーちゃんたちが不思議そうに見ていたが気にせず笑った。なんだかすっきりした、気持ちのいい朝だった。