051.コイケの彼氏
「その「ワースト5」で、アローが二人と付き合えば「ワースト6」になる。それにアローが前例となれば、他にも二股する奴が出てくるかもしれないと、「ワースト5」候補は戦々恐々としているらしい。二股疑惑はかなり危険な爆弾になりつつあるぞ。俺もくだらないとは思うが、くだらないで済ませられない。」
どうやらアローの知らない水面下で二股疑惑が深刻化しているようだった。疑惑を持たれる理由については自覚がある。この部屋で共同生活をするようになってからの二人のアローへの接し方は明らかに好意的だし、自分でも仲良くなったと思う。元々交遊の幅はひどく狭いが濃く付き合う方なので、一度懐に入れてしまった二人との関係は特別に見えることだろう。
「それで、その「ワースト5」とか言っているのは何人くらいいるの?」
「俺が把握しているのは5人だ。だが他にもいる可能性はある。」
「表立っては言わない人もいるかもしれないね。でも困ったな。実際、二股どころかどちらとも付き合っていないしね。コイケなんて彼氏がいるらしいからね。」
「えっ?そうなのか?聞いたこと無いぞ。でもコイケのアローに対する態度はなんだ?完全に好かれているだろう。」
「うーん。懐かれているという自覚はある。でも彼氏がいるって本人が話してくれたからね。その話しを聞いてからより懐かれた気がするけど。」
「懐かれたって、そんなものか?で、相手は誰だ?」
「他の高校に行っている幼馴染らしいよ。スポーツ推薦で遠くの高校に行って寮に入っているらしい。元々遠距離恋愛だからここに閉じ込められても案外平気だって言っていたね。料理は彼のために覚えたとか、スポーツ選手だから栄養学の勉強もしているとか、海外で活躍する時のために英会話も習っているとか、結構のろけられた。そういえば困ったらこの話しをしてもいいって言われたけど、コイケは誤解されると分かっていたのかもね。」
「他に彼氏がいるというのは意外だが、幼馴染なら説得力があるな。話してもいいというのもありがたい。これで二股疑惑は解決できるな。それならアローはサヤカと付き合うってことでいいな?」
「あー、サヤカさんも彼氏がいる気がする。確かめていないけど。」
「そうなのか?」
「多分ね。サヤカさんと話していて何というか、彼氏持ちの余裕的なものを感じることがある。多分、コイケと同じように日本に残してきた人がいると思うよ。」
「それだと不味いな。二股疑惑は解消されても、今度はアローがフリーになってしまう。」
「それの何処が不味いのかな?今まで通りだろう。」
「アローを狙う女子が騒ぎ出す。すると男子も騒ぎ出す。今のアローは目立つからな。アローのせいじゃなくてもアローのせいにされてしまう。」
「僕を狙う女子なんていないだろう?」
「そのあたりの認識が甘いな。お前は今、男女を問わずクラス全員から注目されている。当然、女子の中には異性として見ている人もいる。今まではサヤカとコイケが居たから動きが無かったが、それがなくなると熾烈な争いが起きそうだ。面倒だからサヤカと付き合っていることにしてくれよ。彼氏がいようと関係ない。奪って来い。」
「滅茶苦茶言っているな。それならコイケでも同じだろ。」
「コイケの事情を聞いた後だと奪って来いとは言い難い。サヤカの事情は知らないからな。何とでも言えるさ。」
「本当に無茶苦茶だな。でもまあ、帰れないと分かったらそうするつもりだよ。」
「おっ、ついに白状したな。本命はサヤカってことでいいな。それじゃあ、これからはコイケに許可をもらってコイケに彼氏がいることを広める。サヤカの方は何もしないで今まで通りにしておけば問題ないだろう。いいか?」
「シローに任せるよ。」
「アローはサヤカの心を奪うような情熱的な告白の言葉を考えて置けよ。」
「何だよそれ!」
「はははっ。ほら行こうぜ。ちょうどみんながアローの歌を聞きたいみたいだぞ。」
シローの指差す先では今まで話題にしていたサヤカを中心とした女子数名がアローに手招きをしていた。人前で、しかもほぼ演奏無しで歌を歌うなど嫌で仕方ないのだが、サヤカに呼ばれてしまっては仕方が無い。惚れた弱み、そう、どうやら自分はサヤカが好きなのだ。そう思い至ったアローは、嫌々ながらもどこか嬉しい気持ちを隠しつつ、みんなの輪の中に向かうのだった。