005.シローとダイスケ
僕が上を見上げていると、近付いてくる人がいた。シロー(天草隆行、あまくさたかゆき)とダイスケ(本木大祐、もときだいすけ)だ。シローとダイスケは僕にとってこのクラスでもっとも仲の良い友人だった。ゲームやスポーツなど共通の話題も多く、休み時間などに一緒に話す事も多かった。だが、シローもダイスケもそれぞれに交友関係が広く、常に僕と共にいる訳ではない。僕は付き合いの浅い人間との会話を好まず、二人もそれを承知しているため、二人が他のクラスメートと交遊している時には二人は無理に僕を誘う事はなかった。そういった時には僕は一人で過ごしていたが、二人との関係性は僕にとって居心地の良いものであった。
「何見てる?」
ダイスケが声を掛けてきた。ダイスケの言葉はいつも短い。ダイスケはいつも数単語だけの簡潔な言葉で会話をする。その代わりに表情や身振りなどで意思を表すのだ。ダイスケに応えた。
「天井。と言っても天井は見えないけどな。天井が見えないことに違和感があって、見ていたんだ。」
上を見つめたまま呟く様に応えた。二人も上を見上げた。
「ランタンから上が見えないな。逆光だからか、天井がかなり高いのかもしれない。ところで、アローはテルの言っていた事をどう思った?俺は『異世界転生』だとか女神だとか姫だとか、馬鹿らしいと思っているけど、頭から否定する気にもなれなくて悩んでいるんだ。」
シローはテルの話をありえないと思いつつも、完全には否定できずにいた。シローは思考に耽ることが好きだが、自分だけでは考えがまとまらない時には度々僕に相談にくる。そんな時いつもシローの考えを整理する手助けをするのだ。
「まずは事実を確認しよう。僕たちは突然違う場所に移動した。これは俺たちの主観では、という条件付だが、俺たちは『転移』したんだ。」
シローに向き直り自分の考えを話し始めた。事実確認にシローが頷いたことを確認すると、続きを話しだした。
「この時点で僕たちの知っている物理科学的な知識や常識に反しているよね。事実が僕たちの知識や常識と反しているのだから、非常識な考えを非常識だといって否定することができない。シローはそこで悩んでいたのだろう。まずは事実を事実として受け入れよう。僕たちは非常識な『転移』をした。」
「『転移』は僕たちの知識ではありえない事象だ。それが起きたということは、テルが言うようにここが『異世界』である可能性を否定できない。むしろ、僕たちの世界では起こりえない事象が起きたのはここが『異世界』だから、と言えば一応の説明がつく。もちろんここには論理の飛躍がある。それに、テルが言ったのは『転移』ではなく『転生』だ。『転生』は定義が分からないので何とも言えない。だが、僕はここが『異世界』の可能性は否定できないし、『転移』したのは事実だ。だからこれが『異世界転移』である可能性はあると思っている。」
そこで一端話を区切り、シローの顔を見た。シローはそこまでの話を頭の中で整理している。そして自分なりの咀嚼を終えると、続きを話すように促がしてきた。
姫「あっ!今あの者と目が有ったわ!」
爺「姫様、向こうからはこちらが見えないようにしてあります。なかなか勘の良い若者のようですが、目が有ったというのは気のせいですな。」
姫「そう、かしら?」