049.抑止力
タクミが去った後にやってきたのはモーちゃんだった。モーちゃんは相談したいことがあると言うとアローの前に座った。
「アロー君はここが異世界だと思うか?」
モーちゃんは座り込むなり、そう尋ねてきた。
「率直に言えばここは異世界だろうと思っているよ。あっ、でも公式コメントとしては可能性は大いにあると感じています、と言っておこうかな。」
アローはふざけた口調でそう言ったが、モーちゃんは真顔で話を続けた。
「俺は不安なんだ。もしここが異世界だとしたら元の世界に帰ることは難しいだろう。今まではみんなでなんとなく日本のルールや常識を守ろうとしてきたが、それはいずれ帰ることを想定していたからだ。帰ることができないとなればルールを守る意味がなくなり暴走する奴が出てくるかもしれない。今までは話し合いで解決していたことを、暴力で何とかしようとする奴が出てくるかもしれない。武器庫なんて最悪だ。俺は到底お祝いする気分になれない。いや、この会自体は溜まっていたストレスを発散するいい機会だと思っているんだ。だが、武器庫から武器が取り出せたことは喜べないし、ここが異世界かもしれないなんて話しはみんなに隠しておきたいんだ。」
モーちゃんの真剣な態度と熱い口調からは本気で悩んでいることが伝わってきた。モーちゃんの言うことはもっともだと思うが、ここが異世界かどうかに関わらず時間が経てばもう帰ることができないと思う者は出てくる。既に何人かはそう考えているだろう。だからアローはそう答えることにした。
「モーちゃんの懸念は正しいと思う。だけど異世界の可能性をいくら否定しても駄目だと思う。異世界だと思う人は思うし、そうでなくとも帰ることができないと思う人はもう出てきていると思うよ。」
「武器はどうだ?無い方が安全だと思わないか?」
「武器の方も使い方次第だ。使い方を間違えればどんな道具だって凶器になり得る。逆に武器だって使い方次第では便利な道具になるさ。」
「内部統制はどう思う?自警団を組織したり、裁判制度を構築して暴力を抑止するんだ。」
「裁判制度については元となる法律がないと意味がないよ。日本の法律を適用しようにも法律を事細かに覚えている訳ではないし、そもそもそれを守らない奴を恐れているのだから意味が無いだろう。自警団の方も、暴力に対抗するために暴力組織を作るようなものだろう?それ自体が暴走する恐れがあるから慎重に考えた方がいい。」
「でもそれじゃあ!」
アローの返答はモーちゃんの考えをどれも否定するものだった。それを聞いてモーちゃんは声を荒げたが、それをアローは手で制する。
「落ち着いて考えてくれ。モーちゃんは、いったい誰から誰を守ろうとしているのかな?」
「それは!暴走する奴からクラス全員を守るんだ。」
「曖昧だね。もっと具体的に考えた方がいい。例えば僕にとって守るべき優先順位が高いのは親友であるシローとダイスケだ。だけどこの二人は暴力に屈するようなたまじゃない。暴走もしないと断言できる。二人とはしっかりコミュニケーションをとれているからね。それで、次に優先するのが穴掘り班の女子だ。次いで他の班の女子。女子は全般的に暴力には弱いだろうから暴力からは守ってあげないといけない。でもクラスの誰か一人が暴走したとしても僕とシローとダイスケが協力すれば十分抑えられる。モーちゃんだって協力してくれるだろう?だから怖いのは、さっき言った自警団の暴走みたいな集団による暴力だ。僕は上手く回っている内は下手な組織を作らずに、みんなの善意でやっていく方がいいと思っているよ。モーちゃんは誰から誰を守りたいのかな?」
モーちゃんは誰から誰を守りたいかという問いに対し、考えながら答え始めた。
「俺は、暴走するのは男、特に天井班の男が結託して暴走することを恐れている。守らなければならないのは、女子全員だ。」
「天井班の男子が結託したとしても、僕らが他の男子をまとめ上げれば打倒できると思わないかい?」
「みんなが協力してくれるなら大丈夫かもしれない。だが剣で武装されたら厳しい。」
「それなら、こちらも剣で武装したらどうだい?」
「それなら大丈夫かもしれない。」
「うん、じゃあ武器の管理方法については考えておく必要があるね。モーちゃんが考えてみてよ。それから、さっきタクミとは仲間割れしないことを約束したんだ。だから天井班全員が結託して暴走することは無いと思うよ。」
「そうか。アロー君ならタクミは抑えられるかも知れないな。武器の管理方法については考えてみる。ありがとう何だか落ち着いたよ。」
アローと話したことで落ち着きを取り戻したモーちゃんは祝いの輪の中に戻って行った。だがアローへの相談は終わらない。次にやってきたのはシローだった。