045.違和感
タクミが拷問などと物騒なことを言い出したことでアローの腹は決まった。シズカに対する尋問も拷問もさせはしない。だがタクミにただシズカを信じろと言っても今までと同じだ。そもそもタクミの言い分には何か違和感がある。アローがそれが何かを考えている間に、モーちゃんが先に発言した。
「拷問は行き過ぎだろう。非常識だぞ。」
タクミが直ぐに反論する。
「非常識と言うが、今は異世界に転移したかもしれないという非常事態だ。常識に囚われて上品にやっていて大丈夫だと言えるのか!?シズカに洗い浚い吐かせれば、ここが何処なのか分かるかもしれないぞ。この非常事態に、それを解決する糸口があるなら拷問でもなんでもするべきだろ!」
「シズカさんも私たちと一緒にここに連れてこられた仲間なのよ!拷問なんてしたら可哀想じゃない!」
今度はアユミが反論する。
「可哀想って、お前は俺たちを閉じ込めた奴にも同じことが言えるのか!もしかしたらシズカがその仲間かもしれないだろ!」
不味い流れだ。最悪のケースに近付いている。これ以上感情的に話しをさせてはいけない。そう思いアローは話に割って入った。
「タクミに確認したいのだけど、シズカさんが見た夢の話しや女神の存在は信じたのかな?」
アローが努めて冷静な口調で話しかけたことで、興奮気味だったタクミもトーンを落として答えた。
「この非常事態でなければ鼻で笑ってしまうような話だけど、今のこの状況においては信じられる話しだと思ったよ。この状況で見たとなると、単なる夢で片付けられる話ではないだろうな。」
「それはつまり、シズカの言うことを信じたということだろう?それなのにシズカの何が信じられなくて拷問なんてしようということになるんだ?タクミの言っていることは矛盾していると思うよ。」
アローの言葉にタクミが声を詰まらせた。
「あーしもそう思う。」
そこで口を開いたのは今まで一言も発していなかったレイナだった。
「シズカが変な夢見たってだけだし。何騒いでいるか分からないけど、夢くらい誰でも見るし、放っておけばいいし。」
「でも、女神が出てきたって話だろう。女神が本物なら俺たちの転移に関わっているだろ。それに翻訳の魔石を作れって話も放っておくわけにはいかないだろ。」
タクミはそう言うがレイナは全く取り合わない。
「夢の中の女神が本物かなんて考えるだけ無駄だし。魔石が無いのに魔石作れとか笑わせるし。騒いだって何もできないし。」
レイナの言葉を聞いてタクミはしばらく黙って考えていた。その場に居る全員がタクミの次の言葉を待っていた。
「レイナの言う通りだな。現状では何もできることはない。魔石も無いし、夢の中にしか現れない女神が本物かなんて分かるわけがない。今考えるだけ無駄か。この話しは今は保留で。シズカには新しい情報があったら速やかに報告するように伝えてくれ。みんなもそれで良いか?」
タクミがまとめた考えに全員が賛同し、この件は一旦保留となった。最悪のケースを回避できたことにアローは安堵した。レイナはシズカの話しを単なる夢だと思っている様子だったが、今回はそのレイナに救われた形だ。レイナの言う通り、シズカが変な夢を見たというだけの話しであり、女神の存在を指し示す物的証拠は今のところ存在しない。魔石が見つかった時が次のアクションポイントだ。
そしてその時は直ぐにやってくるのだった。