043.やる気ゲージ
みんなの前でサヤカに、「助けてあげてね。」と言われてアローは焦っていた。
「みんなで助け合っていこう。みんなでね。大事なことだからもう一度言うけど、みんなでね!」
「おいおいアロー、慌て過ぎだろう。別にアロー一人に全部押し付けたりしないよ。」
アローの慌てぶりにシローが突っ込むと自然と笑いが起こった。
その後はアユミも冷静さを取り戻し、個々人の抱えた不満を聞いていくことになった。その間アローはずっと聞き役となった。幾つかはすぐに実践できる生活環境の改善案も出てきた。アローの提案した寝る時にランタンを外すという案も、全てのランタンではないが一部を外し、光量を落とすという形で採用された。
翌日の朝、アローは珍しく寝坊した。アローは元々朝に強い。転移してからこれまでの朝は、クラスで5番目以内には入る早さで起きていた。そして、同じく早起きして朝食の準備を始めるコイケを手伝っていた。だが今日はなかなか寝袋から出ることができなかった。
「アローが遅いなんて珍しいな。どうかしたか?」
寝袋から出てこないアローを心配してシローが声を掛けてきた。アローは仕方なく寝袋から這い出た。すると心配そうにするシローとダイスケがいた。親友からの質問には真摯に応えなければならない。どうかしたか、と言われて自己分析を開始した。自己分析は得意な方だ。自分自身に何が起きているかを見つめて、最適な表現を考えて応えた。
「気力ゲージが底を尽いた。」
「気力ゲージ?ああ、昨日の会議か?」
アローは頷いた。本来のアローは人と接することが苦手だ。自分と接している相手がどう感じているかが気になってしまい、必要以上に気を遣い疲れてしまうからだ。シローやダイスケの様に気心が知れている相手であれば問題ない。一対一などの相手の様子がしっかり把握できる状況も平気だ。大勢を相手に演説をするような相手を意識しなくなるような状況も案外平気だったりする。苦手なのは気心が知れていない数人の集団の中で行動することだ。学校の休み時間に自然と生まれるコロニーの様な小集団は特に苦手で、休み時間は寝たフリをして過ごすことが多かった。
昨日の会議はアローが司会となり、クラス全員を前にして個々人の悩みを聞いていくという状態になった。全体を相手にしながら個人も相手にせねばならず、大勢の人の感情を意識してしまい、多大な気を払っていた。異世界転移という異常事態で張っていた気力も根こそぎ使い果たし、「気力ゲージが尽きた」のだった。
気力が尽きるとあらゆることに対して、自分がやらなくてもいいのではないかという気持ちになってきた。アユミのことも料理班の中で解決すればよかったのだ。巻き込まれたこちらはいい迷惑だ。
「シズカの件はどうする?」
シローが聞いてきた。
「あー、任せる。」
アローの返答にシローは上を見上げて首を振った。
「これは駄目だ。まずはアローの気力を回復しないと。」
そこでダイスケがぼそりと呟いた。
「癒し。」
「そうだな、気力回復には癒しが必要だよな。よし、癒しを連れてこよう。」
シローとダイスケはそれぞれ動き出した。二人は直ぐに一人ずつ女子を連れてきた。
「アローくん、元気が無いんだって?大丈夫?」
シローに連れてこられたサヤカがアローに声を掛けた。
「大丈夫。大丈夫。ちょっと気力が落ちただけで直ぐに回復するよ。」
アローはだらけていた姿勢を正すとサヤカに応えた。その横からダイスケが連れてきたコイケが小さな包みを差し出した。
「試作でクッキーを焼いた。食べて。」
手渡されたクッキーは温かく、焼き立てであることが分かった。一つ食べて感想を伝えた。
「とても甘くて美味しいよ。ありがとう。」
アローの感想を聞きコイケは満足そうに頷いた。その様子を横で見ていたシローが声を掛けた。
「どうだ?気力は回復したか?」
「うん?そうだな。やる気は出てきたよ。」
「それで、サヤカとコイケのどっちが効いたんだ?」
「どっちということは無いさ。どちらも同じようにやる気が出たよ。」
「本当か?やる気が出るには誰からの言葉かが重要だろう?」
「そんなことは無いさ。いいか、想像してみてくれ。場面はクラス対抗の球技大会。俺たちはバスケットボールに出場していたが、相手チームには現役バスケ部がいて大差で負けてやる気を無くしかけていた。そこにクラスの女子がやってきて頑張れと声援を送ってくれた。どうだ?誰か、は関係なくやる気が出ると思わないか?」
「出るな。」
シローとダイスケはアローの言う場面を想像し、深く頷き同意した。
「誰かはあまり関係なく、女子から応援されるとやる気が出る。男は単純なんだよ。ちなみに、男女を逆転して想像してみてくれ。いいか、応援されたのがコイケなら無視。アユミなら、「もう頑張ってます!無責任なこと言わないで!」と切れる。レイナなら、「うざい」の一言だ。」
「そ、想像できる・・・。」
「まあそれは余談だが、単純な男である俺たちは、女子に応援される誰かは関係なくやる気が出るものなんだ。」
「そうだったのか・・・。」
サヤカとコイケの励ましにより気力ゲージが回復したアローとは対照的に、なぜか元気を無くしたシローがそう呟いた。アローたちの下らないやり取りをサヤカは微笑ましく見ていた。一方コイケはボーっと無感動な様子で見ていた。