042.スパイス
「私は外で思いっきり走りたい。」
そう言ったのは料理班の一人、トリミだった。トリミは女子の中でもクラス一小柄だが、運動神経がずば抜けてよい少女だ。トリミの願いは彼女らしく運動を欲するものだった。
「でも外に出られないものは仕方ないわよね。だから私も穴掘り班のやっているダイヤモンドゲームに参加したいな。」
「ええっ!?そうなの!?」
トリミの言葉に驚きの声を上げたのはアユミだった。
「穴掘り班が遊んでいるのを止めさせたいって言っていたよね?」
「私は羨ましいって言っただけで、止めさせたいなんて思ってないよ。」
「そうなの?私はてっきり。」
アユミはそれだけ言うと黙ってしまった。
「何か行き違いがあったみたいだね。やっぱり思いを抱え込むのは良くないよ。言うだけですっきりすることもあるからね。アユミは何かないかな?」
「私は、急に言われても分からない。」
「それなら少し考えてみてくれ。アユミの悩みを聞きたいんだ。アユミが考えている間に他の人は何かないかな?コイケはどう?」
アローは他の人の話を聞きながらアユミの考えがまとまるのを待つことにした。もう今日はこれだけで終わりでいいという心積もりだった。
話を振られたコイケは呟く様に話していた。
「スパイスが足りない。あとはお米が無い。ナンみたいなものならできるかも。」
コイケの呟きに反応して周囲に囁き声が生まれた。
「(何?料理の話?)」
「(カレーの材料だよ。アローくんがカレーが食べたいって言ったから。)」
「(スパイスから作るつもりなの!?)」
「(愛ね、愛なのね!)」
その後も順番に不満や愚痴を言っていった。マッサンは穴掘りの作業の辛さを訴え、タクミは、「そう簡単には良いアイデアなんて思いつかない。」と天井班の仕事の愚痴を溢した。家族に会いたい、部活の仲間に会いたいといった声も多かった。そしてやっと、アユミが話し始めた。
「私は、料理なんてたいしてできないのに料理班のまとめをすることになって不安だったの。料理班にきてくれると思っていたサヤカさんたちは穴掘り班に行ってしまうし、上手くまとめられなくて困っていたの。サヤカさんたちがいればもっと上手くまとめられたと思う。私、知っているよ。サヤカさんがコイケちゃんに負けないくらい料理が上手だって。」
アユミがそこで言葉を切ってサヤカを見つめたため、自然とサヤカに注目が集まった。サヤカは居心地悪そうに身動ぎしながら答えた。
「多少はできるけど、スパイスからカレーを作ろうとする人には普通に負けるからね。」
比較対象があれ過ぎてサヤカに対する評価ができず、クラス全体に微妙な空気が流れた。
「コ、コイケちゃんに負けないというのは言い過ぎたわね。ごめんなさい。比較対象を間違えたわ。でも料理は得意でしょう?それに料理の腕とは関係なく、サヤカさんたちがいたら料理班ももっとまとまったと思うの。」
慌てて訂正するアユミ。だが完全に話の腰は折れてしまいなんとも勢いの無いものとなってしまっていた。
「うーん、そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。でももう大丈夫だよ。アユミの悩みは今聞いたから。きっと助けてくれるよ。」
サヤカはそう言うと、助けてあげてねとアローを見た。