038.非科学的
シローは今自分たちを取り囲んでいる現実が如何に非科学的かを説明していった。
まずは天井を覆う闇。これまでの調査でランタンを使って照らしても一定以上上は見えないことが分かっている。この現象を科学的に解釈するのであれば、可視光を完全に吸収するガスが上に溜まっているということになるが、上に溜まったまま拡散しないほど軽い上に光を吸収するガスなど聞いたことが無い。他にも、ガスコンロの様なものは着火の過程が見られず、スイッチを叩いた瞬間に全体が燃えているように見える。自然発火性ガスを燃料にしているかのようなその振る舞いも異常な物の一つだ。水道と思われる箱はタクミたちに協力してもらい持ち上げることができた。そう、持ち上げることができてしまい、箱には水道管が繋がっていないことが分かったのだ。そしてトイレだ。トイレとして使っているそれは、トイレなどという用途には相応しくない機能が備わっていた。排泄した後にスイッチを叩くとトイレの中が光り輝き、しばらくすると内容物が消えてなくなる。この現象を無理に科学的に解釈しようとするならば、何らかの高エネルギーにより物質を完全に分解してガス化し排気する装置ということになる。発光は分解の副産物という解釈になるが、その処理速度や装置の小ささ、発熱量(発光中はほのかに暖かい程度)などが科学的に説明できる代物ではなかった。当然ながら転移も非科学的な現象だ。
「ということで、今俺たちを取り囲む現実は俺たちの知っている科学では説明できない。無理に科学的に説明するのであれば一つの例として、俺たちが現実だと思っているここは実は仮想現実だった、という解釈がある。その場合は何処からが仮想現実かが問題で、俺たちが最初に体験した非科学的な現象である転移の時点では既に仮想現実の中だったという解釈になる。では何時からが仮想現実かというと、俺たちが転移をした日の朝、目が覚めた時には仮想現実の中だったと考えられる。寝ている間にクラス全員が拉致されて超高性能の仮想現実装置に入れられて、一旦は日常の生活を見せられて現実だと錯覚した後に転移という超常現象を見せられた。という解釈だ。
かなり無理がある解釈だと思う。見たことのない現象を全て、「異世界だから」で片付けるのか、「仮想現実だから」で片付けるかの違いしかない。だから開き直ってここは異世界だと認めてしまおうというのが俺たちの結論なんだ。」
シローの熱のこもった説明が終了した。これまでシローとアローで何度も同じ様な議論をしてきた。シローは考えることが好きで、その成果を話せること嬉しかった。だから真剣にこれまで考えてきたことを説明していた。
シローの説明が終わると、チナツは「ごめんなさい」と涙目で頭を下げて謝った。
「何で謝るんだ?」
シローはチナツの謝罪の意図が掴めずに問いかけた。
「途中からよく分かんなかったの。馬鹿が生意気に難しいことを聞いたりしてごめんなさい、調子に乗ってました。」
チナツは心底申し訳なさそうな表情で卑屈な回答をした。
「途中というとどの辺りから分からなかったのかな?」
シローは再び優しく問い掛けた。
「非現実的とか、非科学的とかって辺りから。」
それはシローの説明の途中というよりは最初というべき段階だった。シローは愕然とした表情でみんなを見た。
「俺の話、分かり難かったか?」
すると、サヤカが直ぐにフォローした。
「私はよく分かったし、分かりやすかったと思うの。ただちょっとチナツの苦手分野だったのかな。」
「チナツの苦手分野って?」
「考えること?」
「そっ、そうか。チナツ、苦手な話をしてしまってすまなかった。苦手なことは誰にでもあるから気にしないでくれ。」