036.夢
時間を止めた状態で動けるかは別にして、召喚者が特別な力を持っている可能性は高い。テルの言うような召喚者と接触した人がクラスの中にいる可能性はあるだろう。もし本当にいるならば、そいつはなぜみんなに言わないのかが分からない。テルはチートは秘密にするのが常識だと言っていたが、なんの説明にもなっていない。
情報が足りな過ぎて分からないことを考えても時間の無駄だ。情報が足りないなら集めればいい。そこで身近な人から順に聞き込みを開始した。
シロー、ダイスケの二人に話したが収穫はなかった。次にサヤカ、シズカ、チナツ、イトウチャンの4人に話し掛けた。
「僕たちをここに呼び寄せた召喚者には特別な力があって、誰にも気付かれずに誰かに接触している可能性があるって、テルから言われたんだ。もしそれらしい怪しい人がいたら僕に教えて欲しい。」
駄目元で何か情報があればいいなという程度のつもりで話したところで、思わぬ反応があった。
「・・・実は、相談したいことがあるの。」
アローの話を聞いたあと、シズカがそう切り出したのだ。
「他の人は知っている話かな?」
シズカの今にも泣き出しそうな表情を見て、アローは極力優しい声を意識しながら問い掛けた。するとシズカは小さく首を横に振って否定した。
「衣装部屋を借りて先ずは僕だけで話を聞こう。サヤカさんとチナツとイトウチャンは誰にも何も言わずに待っていてくれるかな?」
「うん。分かった。」
サヤカが代表して答えたのを聞くと、アローはシズカを連れて二人で衣装部屋に入った。ヨウコの一件以来、他の人に聞かれたくない相談には衣装部屋を使うようになっていた。
「それで、相談というのは何かな?」
「馬鹿にしないで聞いてくれる?」
「もちろんだよ。僕がシズカさんを馬鹿にするはずないよ。」
「それじゃあ・・・」
シズカは悩み事を順を追って説明した。事の起こりは転移した日の夜だった。シズカはその夜、夢を見た。その夢には美しい女性が現れて、自分の事を神だと名乗った。朝目覚めてもその夢のことははっきり覚えていたが、その時は変な夢を見た程度にしか思わなかった。だが、それから毎日その女神の夢を見るようになった。どうもおかしい、本当に女神が夢に出てきているのかもしれないと思ったが、誰かに相談しようにも初日に女神だ姫だと騒いだテルはそのことで馬鹿にされている。そんななかでは言い出し難く悩んでいた。そこへきて僕が召喚者と会っている人がいないかと聞いてきたものだから、いよいよ黙っていては不味いと思い打ち明けることにしたのだった。
「聞く限りではそれは本当に女神なのかもしれないね。」
「えっ?信じるの?」
「信じるさ。シズカさんが僕にそんな嘘をつく理由がない。」
「そうじゃなくて、アローくんは女神とか信じないイメージが有ったから。」
「あぁ、確かに神とかあまり信じないね。でも今重要なのは神を信じるかではないよ。神を名乗る者が神かどうかは別にして、シズカさんに話し掛けてきている者がいるということが重要だ。」
「神を名乗る者って、神様じゃあないのかな?」
「分からない。だから疑うことは忘れずにいるけど、とりあえずは女神ということにしておこう。それで、女神は何か言ってきているのかな?」
「うん。模様を覚えなさいって言うの。マセキという名前の物にそれを彫って、ホンヤクのマセキにしなさいって言ってた。」
「翻訳の魔石ね。なるほど。それで、その魔石は何処にあるのかな?」
「分からないの。一方的に話されるだけで質問とかに答えてくれなくて。」
アローはそれを聞いてウーンと唸りながら考え始めた。シズカは不安になり恐る恐るといった様子でアローに尋ねた。
「あの、私、どうしたらいいのかな?」
「考えながらになるからまとまりの無い話になるけどいいかな。まず、この話はクラス全員にとって重大な話だ。だから秘密にするべきではない。でもみんながどんな反応をするか分からない。最悪のケースとして、ここに連れて来られたのをシズカさんのせいにされる可能性がある。シズカさんだけが女神に話し掛けられているのだから、シズカさんだけを連れて来たかったのではないか。他の人はそれに巻き込まれたのではないか。シズカさんがいなくなれば帰れるのではないか。おっとごめん。今のは最悪のケースで、ほぼ無いから気にしないでね。」
シズカはアローの言葉を聞いて今にも泣きそうになっている。自分のせいでみんながここに来た可能性があると言われたらそれだけで生きた心地がしない。その上シズカがいなくなれば、アローは明言しなかったがシズカを死ねば、帰れるかもしれないなんて聞かされたらもはや冷静でいられるはずもない。シズカの顔色の変化を見てとったアローは、自分の失態に気付きフォローを始めた。
「今のはもしかしたら誰かがそう考えるかもしれない最悪のケースを話しただけで、まずあり得ないことだからね。実際に僕は違うふうに考えているから。と言っても僕一人では不安だよね。だから先ずは信頼できる仲間にだけ打ち明けてみるのはどうかな?」