034.救出と脱出
アローの演説を聴いてクラス全体はアローに賛同する方向に傾いた。そのことはモーちゃんも感じ取っていたが、納得できずに苦い表情をしていた。そして、これまでの強い口調ではなく、力のない口調でアローに問いかけた。
「アローくんは多数決が嫌いだと言っていたよね。俺も今、その気持ちが分かるよ。今多数決をしたらアローくんの意見が通るだろう。でも俺は納得していない。俺は武器なんて危険な物を持ち込んでまで脱出を目指すのが正しいとはどうしても思えない。アローくんみたいにはっきりとした根拠は分からないけどね。」
モーちゃんの力ない口調は何故か今までよりもアローの心に刺さる物があった。アローはモーちゃんが納得していないままで押し切ってはいけないと感じ、考え直すことにした。
「モーちゃん。ちょっと待ってくれ。僕は脱出を目指さない方が良いと思う理由については深く考えたことがなかった。一度考えてみる必要がある。今考える。」
そう言うとアローは脱出を目指さない理由を考え始めた。脱出を目指さない理由は、脱出しなくても何とかなると思うからだろう。確かにここは生活環境が整備されているので慌てて脱出する必要はないと思う。だが、いつまでもここに居たいかと言われればノーだろう。生活環境が整備されているだけでは脱出を目指さない理由にはならない。脱出しなくても元の家や学校に戻れる方法がない限りは脱出を目指さない理由にはならないだろう。脱出せずに戻る方法とは何か。そこでアローは、アロー自身はとっくに切り捨てた可能性を三つ思いついた。
「脱出を目指さない理由を三つ思いついた。モーちゃんはこのうちのどれかの可能性に引っかかっているのではないかな。一つ目は、この部屋の出来事が全て夢で、目が覚めたら元の場所に戻ることができる可能性。二つ目に、自分達を閉じ込めた相手がそのうち目的を達成して開放してくれる可能性。そして三つ目に、外部から救出される可能性だ。どれか捨てきれないモノがあるかな?」
モーちゃんはアローの問い掛けにゆっくりと考えながら答えていった。
「一つ目は、無いな。流石にこれは夢ではないと思うよ。二つ目は、アローくんが否定したことと同じだろう。アローくんの言った通り、俺たちを閉じ込めた奴を信じるくらいなら、ここに居るみんなを信じるよ。三つ目だな。外部から救出される可能性は捨てきれない。自力で脱出するより現実的だと思えるな。」
外部からの救出を期待するなら武器のような危険なものは遠ざけようという考えは理解で切る。だがアローは外部からの救出の可能性をとっくに切り捨てていた。外部からの救出を具体的に言えば、親や先生や警察が助けに来てくれるということだろう。ここは元の世界と地続きではない異世界だと考えているアローにとっては、親や先生や警察が助けに来てくれるなんてことはとっくに切り捨ててよい可能性だった。だがここが異世界ではなく元の世界の何らかの事件に巻き込まれたと考えているのであれば、助けがくる可能性に期待するのも無理は無い。まだ社会的に子供である自分達が足掻くよりも、大人や社会に任せた方が現実的に思えるだろう。つまりアローとモーちゃんの意見の食い違いは、ここを異世界と思うか元の世界と思うかの違いが源流となっているということだ。
アローの意見を納得させるには、「ここは異世界だから助けは来ない」と言うことになる。元の生活に戻りたいと思っている人の希望を全否定する様な言葉だ。口に出すことはできない。この問題は掘り下げるべきではなかったとアローは後悔した。そして思った。よし、モーちゃんには申し訳ないが、異世界云々には触れずにこのまま押し切ろう。
「結局のところ、外部からの救出を待つという消極策を採るか、自力脱出という積極策を採るかということだね。消極策を採るなら危険因子である武器なんて持ち込まない方がいい。モーちゃんの言う通りだ。反対に、積極策をとるなら武器を持ち込むべきだろう。積極的な目標を持っている方がみんなで協力する気持ちを持ちやすいし、武器を持ち込んでも問題は起き難いと思う。何より、穴を掘る速度が格段に上がるからね。論点は明確になったし、外部救出を待って武器庫は封印するか、自力脱出のために武器を取り出すか、で採決するということでいいかな?」
「分かった。俺は自力脱出よりも救出を待つ方が現実的だと思う。だから消極策だと言われようと武器庫の封印を推させてもらう。」
モーちゃんがそう言って採決に同意すると、そのまま全体で多数決を採る流れとなった。結果は21vs15で武器庫を開けることになった。3人が気が変わったら同票となる僅差と言えるだろう。賛成派には男子が多く、反対派は女子が多いことを考えると、男女比がそのまま反映されたとも考えられる。何にせよ、武器庫は開けることになった。直ぐ開くわけではなく、人が通れる大きさの穴を掘るまでにはまだ数日掛かるが、とにかく穴を掘る作業は継続することになったのだった。