022.異世界デビュー
天井の謎についてのタクミたちとの検証の後にシローが話し掛けてきた。
「あの見えなくなるやつはどんな原理だと思う?」
「おたまは何にもぶつからないけど見えなくなったということは、物は通れるけど光は通さない何かがあるということになるよな。可視光を吸収する気体が充満しているとかかな。そんな気体は聞いたことがないけど。『転移』なんて現象の後だと、異世界の超常現象だと思った方がスッキリするかな。」
「うーん、異世界の超常現象ならお手上げとして、気体かぁ。気体なら容器に捕集して調べられるかもしれないな。」
「なるほど、それは面白いね。タクミにお願いして試してもらおうか。」
「ああ、自分で頼んでみるよ。」
シローは直ぐにタクミに話に言った。タクミに考えを話すとタクミも乗り気で試してみてくれることになった。とは言っても手頃な容器が無いため、容器探しから始めることになる。それら全てをタクミに任せて進展があったら教えてもらうことになった。
「後はタクミに任せよう。でも幾ら真面目に考えても、異世界の超常現象だとしたら無駄に終るのか。」
シローは独り言のように呟いた。シローは『転移』を含めたこの部屋の中での現象を真剣に考えてきた。真面目に物理的な解釈をしようとしてきたという自負があり、だからこそ、物理的な解釈ができないことが幾つもあることに気付いていた。シローはここが異世界であるということを受け入れつつあった。それは何事も真面目に考えるシローにとって苦痛でもあり、真面目に考えても無駄だという開き直りが解放的でもあった。そしてシローは僕に問いかけてきた。
「ここが異世界なら、俺たちは一体これからどうすればいいのだと思う?」
「当たり前だけど、僕は異世界だろうと何だろうと生きていたい。だから少しでも長く生き抜くための努力をする。日本では生きるだけなら大した努力は要らなかったけど、異世界では多分必要だろう。どうすればいいかという問いに対しては、まずは生き抜くための努力をしなければならないと答えるよ。」
「なるほど。それがアローが異世界デビューした理由か。」
「何だよ、異世界デビューって。」
「なかなか上手いことを言うだろう。教室では休み時間になると何時も寝たフリをしてみんなと関ろうとしていなかったアローが、異世界に来たとたんに積極的に話してリーダーになったりしているのだから、異世界デビューでぴったりだろう。」
「僕は生きるために必死でやっているだけだ。高校デビューみたいに言うなよ。」
「でも実際に異世界デビューに成功しているぞ。間違いなく女子からの注目度は急上昇しているからな。」
「マジか!?って、違う!そういうことではなく、シローも生きていくために本気出せってことだよ。」
「分かっているよ。ダイスケにも言っておく。アローに負けずに俺たちも異世界デビューするぞってな。」
「だから違うって。」
周りから「異世界デビュー」と思われていると思うと恥ずかしくてたまらなかった。だがここで頑張らないわけにはいかない。頑張らないと死んでしまう気がする。死にたくないのだ。これまで人付き合いに対して頑張ってこなかったツケが回ってきたのだ。恥ずかしくても我慢してツケは返そうではないか。僕は改めて頑張ることを決意した。
姫「私たちがここにいることに気付いているのではないかしら?」
爺「いえいえ、こちらは見えなくなっておりますので心配ありませんな。」