002.夢じゃない
この場にいるのは全てクラスメートだった。人は元のまま、だが場所が違う。机も椅子も黒板も窓もロッカーも全て無くなり、見たことの無い部屋の中にいた。見たことのない壁に床。天井は、高くて見えない。さっきまで居た教室ではないことだけは分かるが、ここが何処なのか検討もつかない。僕たちがここにいる理由も移動した方法も分からなかった。みんなが混乱し、お互いに話したり、叫んだりしている。その場は騒然としていた。
サヤカに言われて周囲を見回した後、一人の男に目を向けた。このクラスの委員長であるモーちゃん(田中隼人、たなかはやと)だ。少し太めで大柄な体格と穏和そうな顔から皆からはモーちゃんと呼ばれている。実際には見た目と違い穏和な性格はしていないのだが。
モーちゃんも完全に混乱している様子で、キョロキョロと辺りを見回したかと思えば頭を抱え、またキョロキョロしだした。この時、僕には何故かモーちゃんの心の声が手に取るように分かった。
モーちゃんはキョロキョロ辺りを見回す(俺は教室にいたはずなのに。ここはどこなんだ?)。
モーちゃんの動きが止まる。そして何かに思い当たった様子を見せる(そうか、これは夢だ。夢に違いない。)。
モーちゃんが再び辺りを見回し不思議そうに頭を傾げる(でも夢にしてはリアル過ぎる)。
モーちゃんは近くに居たクラスメートのシズカ(仲山静、なかやましずか)の豊満な胸を凝視する(リアル過ぎる)。
モーちゃんはまたキョロキョロしだす(これは夢)。
モーちゃんは再びシズカの胸を凝視する(リアルだ)。
モーちゃんの表情が何かを決意した表情へと変わる(感触も、そう、感触もリアルか、確かめねばならないだろう)。
モーちゃんはシズカに向けて一歩踏み出した。
そこまで見て僕は行動に移った。モーちゃんに駆け寄り、彼の前に立ち塞がった。
「待て、モーちゃん。これは夢ではないかもしれない。早まるな。」
「アローくん、何を馬鹿なことを言っているんだ。これが夢ではなくて何だと言うのだい。俺にはやらなければならないことがあるんだ。そこをどいてくれ。」
「同じ男として気持ちは分かるけど、だからこそ止めさせてもらうよ。」
僕はそう告げると、モーちゃんの頬を抓った。それはベタな手法だが、ベタだからこそ意図が伝わり効果があるということもある。
「痛っ。痛い、アローくん。これは夢のはずなのに、痛いぞ。」
「僕の頬も抓ってくれ。これはモーちゃんの見ている夢ではなくて、僕の見ている夢かもしれない。」
「分かった。」
モーちゃんは僕の頬を摘まむと強く捻った。頬に確かな痛みを感じた。
「痛い。痛いよ、モーちゃん。僕の夢でもないようだ。何が起きたのかは分からないけど、これは現実なんだ。」
「夢、じゃない、のか。」
モーちゃんはガクッと肩を落とした。だが直ぐに気を取り直すと、ありがとうと告げて握手を交わした。モーちゃんとは普段は特に仲が良い訳ではない。むしろ普段はお互いに距離を置いていると言っても良いだろう。だが、今の瞬間だけ何故かモーちゃんの心の動きが手に取るように分かり、そして一歩踏み出してでも止めてあげなければいけないと思ったのだった。
気を取り直したモーちゃんはこの異常事態に対処すべく、普段仲が良い友達の所へと移動し相談を始めた。
爺「姫様。彼らはどうも大混乱しているようですな。」
姫「・・・そうね。」
爺「どうやら女神様は彼らに何の説明もしてくれていないようですな。」
姫「・・・そうね。」