017.クラス会議
タクミたちが広間に戻るとクラス会議が始まった。
口火を切ったのはモーちゃんだ。
「まずは俺たちが最優先で守らなければならない行動規範を決めよう。」
直ぐにタクミが反論した。
「いや、まずは全員共通の目的を決めるべきだろう。アローくんはどう思う?」
タクミが意見を求めてきた。僕は直ぐには応えず、考え始めた。モーちゃんの考えは、暴力禁止などの集団生活の秩序を守るためのルールを決めようということだろう。当面はここで生活していくことを覚悟したということだろうが、タクミとモリヤの暴走を抑え込みたいという意図も透けて見える。一方でタクミは、全体目標に「ここから脱出する」という目標を掲げたいのだろう。恐らく全体の賛成が得られる目標だ。全体の意識を今を何とか生き延びるという消極的なものから、「ここから脱出する」という積極的なものに変えることで壁を掘るという行為を正当化したいのだろう。どちらも掲げている意見は正当だが裏の思惑があるのだ。
「二人の提案はどちらも正しくて、行動規範も全体共通の目的も必要だ。それなのに対立が起きるのは、意思決定の方法に問題があると思う。だからまずは意思決定の方法について議論しよう。」
僕がそう言うと直ぐにモーちゃんが反論した。
「意思決定の方法は多数決でいいだろう。その前に何について採決するかもこうして吟味している。だから問題ないだろう。」
「最終的に多数決は仕方ないとしても、そこまでの過程が問題だ。例えばこの会議は何故始まったか。モーちゃんが言い出したからだ。つまり、会議開催を決定したのはモーちゃんの独断だ。会議の内容もモーちゃんが提案した。これもモーちゃんの独断だ。最終的に多数決で決めるとしても、そこまでの過程が独裁者と変わらない。だからタクミの様に反発する人がでてきたのだろう。」
「独裁者」のところでアユミが反応した。
「独裁者は駄目よ。独裁者は。アローくんはつまり、会議開催に至るルールと、議題提案のルールを決めようというのね。」
「後半はその通り。ただ、僕は独裁者が駄目とは思っていない。みんなが納得の上でなら独裁が効率的だと思う。例えば権限を限定して会議開催権限と議題提案権限だけならば一人に任せても問題ないと思う。」
独裁が悪だとは思っていない。むしろ真に優れた人物による独裁こそが最も効率が良く正しい判断ができるという話を聞いたことがあり、もっともだと思う。問題は真に優れた人物がなかなかいないことだ。
「みんなが納得する独裁者、つまりはリーダーを決めようということになるな。いいね。まずはリーダー決めからにしよう。」
僕の後を継いでタクミが発言した。するとモーちゃんが口を挟む。
「タクミは自分がリーダーになるつもりなのか?」
「いいや、俺はアローくんを推薦する。」
タクミが即答した。突然の指名に「えっ」と驚きが口から漏れてしまった。僕もタクミ自身がリーダーに立候補すると思っていたのだ。僕は普段ならリーダーになんてなりたくないが、今の状況では他の人間に任せるくらいなら自分がやってもよいと思った。
だがそこへアユミが口を挟んだ。
「やっぱり独裁者は駄目よ。私は反対。危険だわ。みんなもそう思うでしょう?」
アユミはそう言うとみんなを見回した。同意の声が呟かれる。
自分が推薦された直後に否定されたことで、自分が否定されたような気分になり軽く落ち込む。アユミの思想が偏り過ぎていてモーちゃんより厄介だ。独裁は危険というアユミの気持ちも分かるが、それなりの権限を持ったリーダーというものは大抵の組織に存在するものだ。日本にも総理大臣がいるじゃないか。リーダーの権限を会議開催権限と議題提案権限だけに限定してあれば問題ないだろう。と言いたかったが、アユミの独裁者に対する反発は理屈ではなく感情的なものだろう。理屈を述べても無駄でしかない。そこで少し工夫することにした。ようは独裁でなければいいのだ。
姫「なんだか話し合っているみたいね。」
爺「そのようですな。」
姫「理性的な方々ということよね。」
爺「話している内容によりますな。」
姫「爺のいじわる!」