014.コイケ
目が覚めると直ぐに枕元に置いてある腕時計で時間を確認した。朝6時だった。いつも通りの起床時間だ。僕は目覚ましが無くとも毎日同じ時間に目が覚める。だが、いつも通りではないのが目覚めた場所だ。目が覚めたら自宅のベッドの中、などという甘い話は無く、あの部屋だった。サヤカと同じ屋根の下に寝たと考えるとある意味甘いか。いや、天井が見えないし、屋根があるかも分からないな。というか昨日のことがあったせいか、サヤカのことを随分と意識してしまっている。これが恋かな。パンツから始まる恋か、無いな。そんなことを考えているうちに完全に覚醒した。
まだみんなは寝ているので音を立てないように静かに行動する。トイレで用をたしてから水を飲もうと炊事場に入ると、コイケがいた。
「おはよう。」
「おはよう。」
朝の挨拶をするとコイケも返してくれた。コイケの声は女性の中では低めの声だ。それを聞いた瞬間に驚いた。同じクラスなのでコイケの声を聞くのは初めてではないが、これまでまともに会話をしたことがないことに、声を聞いた瞬間に気が付いたのだ。僕は焦りながらも当初の目的を思い出して水を飲むことにした。眠そうなフリをして「話しかけないのは眠いせいだよ」アピールをしつつ、コップを用意し、水を汲みながらも、コイケのことを考える。
コイケは黒いローブのような服の上に白いエプロンを付けて料理をしていた。みんなの朝食を作っているのだろう。昨日の夜もみんなのために料理に奮闘してくれたが、今日も朝早くから一人で準備をしてくれていたようだ。ここは手伝うべきだろう。どうやって声を掛けたら良いだろうか。彼女のことをなんと呼べばいいか。コイケというのは彼女の渾名だ。彼女の名前である恵子を逆さに読むコイケという渾名が浸透しており、みんなからそう呼ばれている。僕の頭の中でもコイケで定着している。だが由来から考えるともしかしたら本人はあまり気に入っていない可能性もある。初会話からいきなり渾名で呼ぶのは失礼だろう。まずは名前を呼ばずに声を掛ける。そしてさりげなく、今後なんと呼べばいいかを聞きだす。これでいこう。
水を飲み終わるとコイケに話しかけた。
「朝食を作っているの?手伝うよ。といっても何をしたらいいか分からないから指示をくれないかな。」
「大丈夫。一人でできる。」
「それは、僕の分は無いって意味かな?」
「ある。」
「それならやっぱり手伝うよ。いや、一緒にやらせて下さい。何なら師匠と呼ばせて下さい。」
「それじゃあ、それを洗って切って欲しい。」
コイケはホウレン草の様な緑色の草の山を指差した。昨日の時点では紙に包まれて冷凍されていた物だが、解凍してある。冷凍物の定めとして萎びれているが色は鮮やかな緑色だった。
「分かりました、師匠。」
そういうと炊事場にあったナイフを取り出した。コイケは困ったような顔で僕を見つめている。
「あれ、師匠、ナイフじゃ駄目ですか?」
「ナイフでいいけど、師匠は止めて欲しい。」
「それでは何とお呼びすれば?」
「コイケでいい。みんなそう呼ぶ。敬語も止めて。」
「分かりました!師匠!」
コイケが頬を膨らませて怒った顔をした。その顔が可愛いのでつい噴出してしまった。
「ははっ、ごめん、ごめん。コイケって呼ばせてもらうね。でも、本当に師匠と呼びたくなるくらい料理が上手いよね。これからも色々頼ることになると思うけどいいかな?」
「昨日、みんなに褒められて嬉しかった。だから頑張る。」
それからはコイケの指示に従って二人で朝食の準備をした。気付いていなかったが、コイケは昨夜のうちから使う食材を炊事場に運び込むなどの下準備をしていたそうだ。コイケの料理に対するやる気をみて、あることをお願いしようと考え始めた。
是非やって欲しいことがあると、考えていることをコイケに話した。
爺「おお、ルンケイオス。来てくれたか。」
ルンケイオス「わしに何かようかな。」
爺「彼らの言葉を調べて欲しいと思ってな。」
ルンケイオス「わしは語学は専門では無いが・・・。まあ、よい。見るだけ見てみよう。」