012.着替え
夕飯を食べ終えて一息ついた後は、順番にシャワーを浴びることになった。シャワー室の前室にあった固形石鹸や、衣裳部屋にあった体を拭くのによさそうな布を利用した。衣裳部屋には大量の服もあったため、各々好きなものを選び利用することにした。女子はシャンプーやドライヤーが無いことを嘆いていたが、贅沢を言っても仕方がない。
着替えの服は馴染みの薄い変わった形をした物が多かったが、サイズも色も形も様々な物が数多く用意されていた。女子は大いに騒ぎながら各自が思い思いの服を選んだ。
僕が選んだ服は紺色で幾何学模様の刺繡が入った上着と無地のズボンだ。上着は前部が2枚重ねになり肩と脇腹のところを紐で結び合わせる構造をしていた。ズボンもゴムは無く、紐で縛るタイプの物だった。服の中にゴムが使用されていると思われる物が無かったので未来説の可能性は低くなった。
「あっ!アローくんもそれにしたの?お揃いだね!」
座っていた体勢から見上げると、僕の選んだ服と同じ形状で色違いの赤い服を着たサヤカが立っていた。
「ほら、ズボンに履き替えたからもう大丈夫だよ。」
大丈夫とはパンツが見えないという意味だろう。
「本当だ。もう大丈夫だね。というか、ごめんなさい。」
僕は土下座の体勢になり謝った。
「うふふっ。冗談だよ。もう気にしてないから。それよりこの服どうかな?似合っている?」
「絶対気にしているじゃないか」と思ったが、それは飲み込み服の感想だけを言うことにした。
「うん。似合っていると思う。」
「そう?ありがとう。アローくんもなかなか似合っていると思うよ。」
「ありがとう。ところでサヤカさんは随分と落着いて見えるけど、平気なの?」
僕の見る限り、女子の半分と男子の大半は今のキャンプの様な状態にはしゃいでいたが、残りの人達は『転移』という異常事態に対応できずに不安そうにしていた。そんな中でサヤカは比較的元気そうに見えた。
「最初は不安だったし今も家に帰りたいとは思うけど、とりあえず必要な物が全て揃っているし、友達もいるから、それほど悲観する状況でもないのかなぁと思ったの。アローくんのお陰でもあるんだよ。アローくんが率先して設備を調べたりしているところを見ていて、前向きだなぁと思って、私も頑張ろうと思ったの。」
自分のお陰と言われて喜びと共に恥ずかしさを覚えた。僕は『転移』という理解不能な状況に生命の危機を感じて、自分が生き残るために必要な行動をとろうとしていた。表向きは冷静に振舞っていたが、それも自分が生き残るためにはみんなから協力を得る必要があり、そのためには冷静に振舞う必要があると思っていたからだ。内心はこれから何が起こるのかが不安で、恐くて、必死だった。サヤカの言葉は自分の行動を評価してくれたように感じて嬉しい。だが同時に、自分の心の中が前向きなんて言葉とはほど遠い、死にたくないという保身で一杯だったことに恥ずかしくなった。
サヤカはいつもと変わらぬ笑顔を見せている。僕は自分の心が不安に打ち勝とうと無理をしいて棘だらけになっていたような気がしていた。そしてサヤカの笑顔を見ただけで、その棘が取れていくような気がした。癒されるとはこういうことなのだろうと思う。自分のした行動より、サヤカのいつもと変わらぬ笑顔の方がどれだけみんなの助けになっていることだろうかと思った。
サヤカに何かを伝えたいと言葉を考えていたところで、別のところからサヤカに声が掛かった。
「サヤカーっ!寝袋ここでいいー!?」
声を掛けたのはサヤカの友人のチナツだった。チナツは自分の寝袋の隣にサヤカの寝袋を用意して、一緒に寝ようと声を掛けてきたのだ。夕食の準備やシャワーに思いの外時間が掛かり、時間は既に24時を回っていた。そのためみんなは寝る準備を開始していた。僕も既に自分用の寝袋や毛布を確保している。寝る場所は自然と男子と女子で別れた。女子が扉の無い左側の壁よりで、男子が食料庫などのある右側の壁よりだ。
「それじゃあ、アローくん。おやすみなさい。」
「おやすみ。」
サヤカと挨拶を交わすと、サヤカはそのままチナツの所へ歩いていった。
「なんとなくやる気が出たな。明日頑張ろう。」
サヤカを見送ってから寝袋に入った。
姫「彼らは眠るようですね。私も寝ます。言葉の問題ももしかすると解決するかもしれませんから。」
爺「神託ですかな?」
姫「ええ、女神様から新たな神託があるかもしれません。」
爺「そうですと良いですな。」