011.夕食
その後、僕がトイレだと思うといった小部屋の調査をしたところ、予想通りにトイレとして使えることが分かった。だが僕達に馴染みのある水洗トイレでは無い。穴の中に汚物を出した後に円筒の側面にある黒いボタンを叩くと、穴の中が光り輝き、しばらくすると光が消え、汚物は無くなる。どの様な原理かさっぱり分からなかったが、何にせよトイレとして使えることは間違いなかった。トイレットペーパーは置かれていなかったが、8つある個室のうち1つが大量の布切れが詰め込まれた倉庫になっており、それがトイレットペーパーの代りだろうと考えられた。水洗トイレでは布切れを流したら確実に詰まってしまうが、この謎の方式のトイレでは問題なく処理された。布なので洗って再利用することも考えたが、大量にあるため当面は使い捨てにしてよいだろうということになった。
トイレ以外の設備についても調査したが、どの設備も見たことのない物だった。
例えば水道と思われるものは箱から筒が飛び出しており、箱の上部の黒いボタンを叩くと筒から水がちょぼちょぼと出てきた。ボタンを叩いて操作する水道はあまり見かけない物であった。
ガスコンロもあったが見かけない形をしていた。ガスコンロも近くにある黒いボタンを叩くと火が出たり止まったりした。そこまでは良いのだが、ガスが出てきて火花が飛び着火するという過程が無く、ボタンを叩くと即時に火が現れ、もう一度叩くと即時に火が消えるという動作をした。ガスの噴出し口も見当たらず、燃焼物が無いのに火だけが存在するように見えた。
食料庫の冷凍室と乾燥室は驚きの性能だった。乾燥室はシャワー室でびしょ濡れになったマサアキの服を乾くかと入れて置いたのだが、1時間後にはカラカラに乾いていた。脱水機が無いので手で絞っただけだったブレザーが1時間で乾くというのは驚異的な乾燥能力だ。人が閉じ込められたら短時間でミイラになるかもしれない。冷凍室も炊事場にあったコップに水を汲んで中に入れてみたところ、1時間後には完全に氷っていた。こちらの冷凍能力もかなり高いことが分かった。ここの設備はどれも見慣れぬ物ばかりなうえに性能も高いため、『異世界転生』ではなく未来にタイムスリップしたのではないかという意見も出てきた。
『異世界転生』なのか、『タイムスリップ』なのか、はたまた『宇宙人による拉致』なのかは分からないが、とにかく僕達はここで生き延びなければならない。生きていくために大切な物と言えば食事だ。幸い食料庫には大量の食品が保管されていた。冷凍品と乾燥品だけだが、炊事場に水道もガスコンロもあるので調理することもできる。設備の確認に思いの外時間が掛かったので、その後はみんなで協力して夕食を作ろうということになった。
食料があるので何とかなると思っていたが、いざ料理しようと思うと見慣れない食料ばかりな上に調味料の種類も限られており、どうしたら良いのか分からずに途方に暮れることになった。醤油やソースの類が無いことが致命的だった。とにかく火を通して後から味を付けるということができない。使えそうな食料を出してきてみたはいいが、そこで全員が止まってしまった。そこで僕はある提案をした。
「塩味のスープ的な物を作ろう。適当に使えそうな具材を切って煮込めば食べられるよ。味付けが問題だけど、初の料理だし失敗しても仕方ない。誰か料理が得意な人が適当に指揮してみてくれないかな?」
僕の発案によりスープを作ることになった。味付けは女子の中から推薦されたコイケ(中村恵子、なかむらけいこ)が担当することになった。僕が想像していた料理の手順は、水、塩、具材を鍋に入れて火に掛けるという大雑把な物だったが、コイケの指示はもっと細かく、乾物を水で戻したり、具材を先に炒めたり、煮干らしき物(赤・青・黄色とカラフルな小魚の干物)で出汁をとったり、砂糖や唐辛子も使用したりと、料理らしいものだった。そして僕の想定より格段に美味しいスープが出来上がった。みんなもコイケを褒め称えた。
姫「彼らも食事はとるようですね。」
爺「そうですな。」
姫「彼らも私たちと同じ人間と言うことです。きっと話せば分かってくれます。」
爺「その、「話す」が出来ないのですがな。」
姫「うぅ。」