010.トイレ
全扉の確認が終ったところで騒ぎが起こった。タクミが、食料庫の占有権を主張したのだ。
「この部屋は俺が最初に開けて見つけたから、俺の物にする。」
タクミがそう宣言すると、モーちゃんが反論した。
「扉はみんなで協議して開けようと決めたのだから、みんなの物だ!」
「モーちゃんは俺が扉を開けるのを反対しただけじゃないか。」
「俺はリスクがあることを伝えただけで、結局みんなで扉を開けようと決断したんだ。」
当然、クラスのみんながモーちゃんに同意するが、タクミは既に、仲のよい友達を仲間にしていた。タクミの仲間は、ウキ(宇木一也、うきかずや)、オオノ(大野駿介、おおのしゅんすけ)、ツカっちゃん(戸塚優斗、とつかゆうと)、モリヤ(守屋涼、もりやりょう)、の4人だ。タクミ達はタクミを含めた5人で食料庫の前を占拠した。タクミ達の主張は本来なら通るわけのないものだが、この主張の鍵を握っているのがモリヤだ。
「タクちゃんが見つけたんだからタクちゃんの物だろうがっ!!」
モリヤはそう言うとタクミの一歩前に出た。
モリヤは喧嘩っ早く、暴力的な男だ。タクミはモリヤの暴力をちらつかせているのだ。タクミ達はその後もモーちゃんの反論もみんなの非難の声も全く気にした様子が無かった。
「それなら僕はあの部屋を貰おうかな。僕は最初から扉を開ける派だったし、あの部屋は僕が最初に開けたからね。」
僕はそういうと、僕が最初に開けた扉を指差した。僕が最初に開けた扉は中に灰皿の様な物が設置された個室が並んでいた扉だ。
「ははっ、アローくん。あんな部屋何に使うんだ?この状況で最も価値があるのは食料だよ。」
タクミが馬鹿にしたように笑っだ。それに答える。
「タクミは気付いていないのか?多分僕以外にも気付いている人がいると思うけど、あの部屋はトイレだ。まだ使ってみていないけど、造りからしてそうだと思う。」
「トイレ?だからどうしたと言うのかな。食料の方が価値が高いことには変わりはないだろう?」
「タクミの言う通り、確かに食料は重要だ。だけどしばらくは我慢できる。最初に我慢できなくなるのはトイレだよ。だから僕はあの部屋を貰う。でも安心して。対価の品を貰えばトイレを使用させてあげるから。そうだな、1回につき1食分の食事で我慢するよ。」
アローがそう言うとモリヤが怒鳴った。
「ふざけるな!今、食料の価値は高いんだ!トイレ一回に1食分も出せるか!」
熱くなっても仕方ないので冷静に説明を始めた。
「そう思うならトイレを使わなければいいよ。僕が考えているのは、他のみんなもそれぞれで好きな部屋を貰ってお互いに対価を出し合って設備や物を物々交換することだ。例えばモーちゃんは扉を開けない派だったからこの大部屋を貰うといい。それで通行料でも取ればいいんじゃないかな。食料庫、衣裳部屋、トイレ、炊事場、シャワー室、広間、今開いているのは6つの部屋だ。36人を均等に分けるなら一部屋に6人。トイレの住人以外の30人が一人1日1回トイレを使うとするとトイレは30食分の収入が得られる。でも、広間の通行料で1食、寝具のレンタルで1食、炊事場の使用で1食、シャワー室の利用で1食、と、トイレの住民が一人につき4食を支払いに当てるだろう。6人掛ける4食で24食がトイレの住民の1日の支出だ。すると残りは6食。つまり、一人1日1食の計算だ。みんながトイレを1日1回で我慢するなら、僕は食事を1日1食で我慢しようと言っているんだ。それほど暴利ではないだろう。タクミもモリヤくんもトイレにそこまでの価値が無いと思うなら我慢すればいい。」
「アロー、てめぇ、」
僕の説明が終ると、モリヤがそう言いながら1歩踏み出した。だがそれをタクミが制止した。
「モリヤ、止めておこう。この計画は失敗だ。物々交換なんて面倒だから止めよう。食料庫も他の施設も全員でシェアしよう。アローくんもみんなもそれでいいだろう?」
タクミはそう言うと、食料庫の前から離れた。モリヤもタクミがそう言うならと引き下がった。
タクミはモリヤの暴力の使い方を十分に心得ている。屁理屈でもいいからタクミたちの正当性が主張できる状態で暴力をチラつかせことが効果的だ。反論し難くすることで屁理屈に力を持たせることができるのだ。主張できる正当性も無しにただ暴力を振るってしまっては全員からの反発は避けられない。
僕はタクミの主張を肯定し、その上でタクミと同じ理由でトイレらしき部屋の占有権を主張した。タクミはこれを認めるしかなかった。僕がタクミの主張を肯定したことでモリヤの力は使いどころがなくなり、その上でタクミにとって望ましくない案を出したのでタクミは折れるしかなくなったのだ。
姫「また何か揉めているようね。」
爺「はい。彼らはいささか気性に問題があるようですな。」
姫「そんなことは・・・。彼らの言葉は分かったのかしら?」
爺「外国語に詳しい者たちに確認させましたが、彼らの言葉は聞いたことがないそうですな。」
姫「そうですか・・・。」