8 女神ですが新技を披露します
#8
私は疾走スキルと吐息スキルを習得した。ちょっとキモイ感じの蹄鉄の絵柄と、図案化された竜の絵柄の赤いアイコンだった。
《疾走=獅子奮迅》 [起][襲][打撃][貫]
障害物を壊して進むアシスト効果。防御を貫通する。アトリビュート・アイコン。
《吐息=我竜転生》 [起][変][結印][標]
竜に変身する。アトリビュート・アイコン。
『ねえねえ、オズさんオズさん。疾走スキルと吐息スキルって?』
人外の容貌をもつ二人に気圧されて、私はとりあえずオズさんに話を振ってみる。
しかし、オズさんはニヤニヤ笑いで私の周囲を歩き回り、それどころではない様子だ。
『ちょっとハネを広げて、「勇者よ! 死ぬがよい!」って言ってみてくれないかな?』
わけの分からないことを口走っている。
『《疾走=獅子奮迅》は、戦車部隊で使う種族技能ですねぇ。岩や壁を粉砕する様は圧巻です』
馬の人が、馬の顔で表情たっぷりに解説してくれた。
顔の大きさだけで子供キャラ一人分くらいある。小さな子供キャラの私としては、近くで動かれるだけでビクッとしてしまう。
フサフサのたてがみが風もないのにフサァっと逆立って、ド○えもんに出てくるイヤミキャラみたいな髪型だ。
『戦車部隊って、戦車があるのです? チャリオットの戦車?』
『いえいえ、パンツァーの戦車です』
このゲームには戦車があるらしい。
良く分からないが地形を破壊する能力のようだ。青色水晶を内部から壊せるかもしれない。
『《吐息=我竜転生》はそのままね。大きなドラゴンに変身するのだけれども……そうね、ウサギを潰すのには便利かしら』
トカゲ人間のネコジンさんが透き通るような美声で教えてくれた。ツンとすました表情のわりに、親切な人かもしれない。
この声ってトカゲ専用ボイスなのかな?
というか、美声すぎて話の内容が頭に入ってこないのです……
声に合わない乱暴なセリフだけど、話の内容も衝撃的だった。
大きなドラゴンに変身……?
普通に強そうな能力だ。変身すれば、青色水晶を壊せるかもしれない。
それはともかく、新しいスキルは、今は試せない。
アトリビュート・アイコン《魔眼=千里眼》を使ってここまで飛んできた私は、《疾走=獅子奮迅》《吐息=我竜転生》を使用できない状態だ。
単純に《魔眼=千里眼》を解除すればいいのだけれど、それでは千里眼投射体が消えてしまう。
今からみんなで飛行訓練って雰囲気だし、大神殿に戻って一人でしこしこスキル検証というのもキツイ。伝授しすぎた私も飛行スキルの特訓が必要だ。知り合いと一緒に夜空の散歩をするのも乙なものだろう。
馬の人とトカゲの人は、どんな羽を生やすのかな?
というわけで飛行スキルのお時間がやってきた。
『よーし! それじゃあ、ネコちゃんトリちゃん、飛んでみよっかー?』
オズさんが、パチンと拍手を打った。
『待って。今セットする』
ネコジンさんがほっそりした薄紫の指を空中に走らせる。スロットを弄っているようだ。
やがて薄紫の首の付け根に、白い翼の紋様がうっすら浮かび上がる。首? え、何これ!?
『ところで、ハネはどうやって動かすんですかね?』
興味津々のウマさん。
私としては、馬の足をどうやって動かしているかの方が気になる。四本足に加えて二本の腕を持つ半人半馬の獣人に、さらに羽が生えたらどうなってしまうのか……
心配は杞憂だった。
ウマさんが馬の足を踏ん張ると、バランスよく四枚の翼が出現した。
馬の足首のあたりに生えた光の羽は、大きな馬身に見合う見事な羽だった。翼長が私の腕の長さくらいある。
『おおー! ウママンさん、すごーい! 四まいも……!』
『トリマンね』『トリマンだよ?』『すみません。トリマンです』
ウマさんだと思ったらトリさんだった。
すごい突っ込まれた。
――羽の動かし方について
私の翼は、腰骨のあたりに生えているせいか、わりと「脚」っぽい感覚である。平泳ぎで水を蹴るように空気を蹴る。しかし、矛盾するようだが、使い方は「手」に似ている。指に力を入れて空気を叩くように飛ぶ。
つまりお尻の上に余分の足が生えていて、その先端には手がついているという超感覚サイコホラーなのだけど、ゲーム中はまったく違和感がない。むしろ物質界で椅子に座ろうとしたら、羽がなくて転けるレベルですわりがよい。
一個でも飛行スキルをセットすれば空の環境に適応するので、飛べるなら何でもいいトリマンさん達にとっては簡単なのだけど……
だがしかし。
気流の受け方、渦の消し方、腰のひねり方、羽ばたき方ひとつでスピードが変わったりして、実は奥が深いスキルなのです!
『……ふーむ。なるほど。ここですか?』
トリマンさんは四枚の翼を確かめるように角度を変え、空気を叩き、そして機材が積まれた工房の中を滑るように舞った。トリマンさんの馬の足の動きに沿って、光の破片が振りまかれた。
エクセレント! ナイス羽根! と言わざるを得ない!
『こうかしら? きゃあ!?』
ネコジンさんは、トカゲの喉からピッ○ロ大魔王よろしくナニカを吐き出して、後ろ向きにぶっ飛んでいった。
ドップラー悲鳴がちょっと面白かった。
『おっと!』
壁に激突する前にトリマンさんが回りこみ、ヒトの腕で華麗にキャッチした。馬の顔の紳士が歯茎をむき出しにして微笑んだ。怖っ!
『手足を動かすって感じじゃないわね……。スキル上げは、千里眼で軽くなったほうが良いかしら』
身体のつくりが違う他種族のスキルは、取り扱いが難しそうだ。
ネコジンさんは牙だらけの口を手で押さえて、光の破片をバキンと噛み砕いた。
怒ってるのです。超怖いのです。
『みゃははははははは』
オズさんは部屋中に飛び散った光の羽毛を見て、大笑いしていた。
オズさんも他人事じゃないと思うのです……。私も頑張らないと。
【システム通知:瞳力の操作が上達し魔眼スキルⅢを習得しました!】
《魔眼=無我印》 [起][視][生贄][奪][悶]
睨んだ相手を朦朧とさせる。MPを徐々に奪って自分のものにする。
皆が飛行スキルⅡまで習得し、次は千里眼投射体を飛ばしてみようという話になった。
目指すは大神殿。私のキャラクター本体がいる白い建物。
トリマンさんが調査すれば、青色水晶の安全な破壊方法が見つかるかもしれない。
ちなみに千里眼投射体の状態で死んでも、キャラ本体に戻されるだけでペナルティのない親切設計だそうだ。
白騎士に襲われても安心なのです!
『ネル君移動するよー? どこかなー? おーい! ネル君いない?』
『ネル君はオフラインのようです』
『あら本当ね』
孤独な修行をしていたネルソン君が、居なくなっていた。
奥の部屋はもぬけの殻だった。
『あれれ? ネル君逃げた!? マジで! ネル君には刺激が強すぎたかー』
オズさんが小さな足で、床をフニフニと踏みまくる。
……どんな修行なのです?
『そういえば、今回はログアウトでキャラ残ってないのです?』
私がネルソン君のキャラクターの心配をしていると、馬の耳がピクリと反応した。
『……おや? ログアウトすると、キャラが残るのですか?』
トリマンさんは初耳のようだ。
どうでもいいけど、馬の耳が動きまくりでかわいい。
『そうみたいなのです。なんかネルソン君、落ちた後にキャラが荒ぶってたらしいのです』
私はちょっと訳知り顔で、トリマンさんの疑問に答える。
『そうそう! ログインしたら森の中でね? 木こりで斧スキル上がってたらしいよ?』
詳しく説明しようと思ったら、オズさんに全部言われてしまった。
『……ふーむ。我々はログインしっぱなしですが、落ちる時は気をつけましょうか』
『……え? ボク一回寝落ちたよね?』
『……え?』
オズさんの知り合いだけあって、めちゃくちゃゲームにハマっているみたいだ。
私たちはネルソン君のことをサラッと忘れて、四人で飛行訓練することにした。ちょっと薄情かもしれないけれど……
ネットゲームのプレイヤーというものは、ほんとうは別々の時間を生きていて、この場所で触れ合うのは、ある種の奇跡なのかもしれない。
『それじゃあ、ピンクボールいっくよー? って聞こえないかな?』
NPC工房は出口が封鎖されているので、私とオズさんは煙突から屋根の上に出た。ネコジンさんとトリマンさんは別の脱出方法をとるらしい。
オズさんが何かを投げるような仕草をすると、石畳にピンク色の煙が炸裂した。
オズさんはすかさず煙突の中に飛び込んで戻っていった。
……あれれ? オズさん?
『マーキング完了です』『聞こえていないんじゃない?』
NPC工房入口のちょっと石段になったところに、ピンクの蹄と、ピンクの指先があらわれた。
千里眼投射体にピンクの塗料を塗って、お互いに念話を通す手はずのようだ。妙に手馴れている。
『うひょー! ギリギリ間に合ったかな? ここの窓高すぎだよね?』
少し待って、ピンクの手袋があらわれた。
地面に漂っていたピンクの煙は、薄くなって消えた。
『というか、指先だけで大丈夫なのです? 私の全身塗装って……』
『かっこいいでしょ?』
それは否定できないのです。
子供キャラの手首や足首を黒くペイントすると、折れそうなほど細く見える。我ながら超かよわい。
銀色のグラデーションが入った重厚な翼とのギャップが凄い。
全身ペイントのせいか空気が重たく感じる。
夜空に映える銀色の羽根は、衣装の色も相まってなかなか格好いい。純白のほうが好きだけど。
千里眼投射体になったトリマンさんが飛行スキルを使うと、何もない空間を蝶々のように光の翼が舞い踊る。透明ウマ人間だしね。
オズさんとネコジンさんが飛ぶと、打ち上げ花火みたいな光が飛んだり落ちたりして面白い。
私が飛行スキルを使っても特に光ったりしないのに、他の種族だと光るらしい。せわしなく舞い散る光の粉が、風の衣のようにうっすらと全身を覆って、透明なはずの千里眼投射体のシルエットも見えるような気がする。
『ほにゃーーーー!?』
ネズミ花火のような光が屋根をごろごろ落ちていった。
オズさんが墜ちたようだ。
『わ、落ちる! きゃー!?』
もう一つの花火も可憐な悲鳴とともに墜落していった。
ネコジンさんは口から噴射しているせいか、喋ろうとすると上手く飛べないみたいだ。オズさんより残念な羽かもしれない……
『だいじょーぶー? 手、持つです?』
私が申し出ると、両手を握る感触が返ってきた。
右手にはネコジンさんの大人の手。すべすべウロコ。
左手にはオズさんの子供の手。革の手袋。
透明な手でも握手できるらしい。言ったあとで気が付いた。余裕で慣熟飛行しているトリマンさんが手助けしないということは、どっちも透明だとダメなのかもしれない。
『私も手に塗るべきでしたねぇ』
推測は正しかったようで、トリマンさんは手をピンクにしなかったことを悔やんでいた。
……ピンクの指先ばっかり浮いていたら、誰が誰だか分からないのです。
ちなみにオズさんとネコジンさんの飛行訓練は、屋根と屋根を飛び石のように大ジャンプする方法をとった。
まず目標までの距離を測って、後ろ向きに噴射して、放物線を描いて飛ぶ。そして着地するまえに振り向いて逆噴射する。
慣れてきたら距離を伸ばして、数十メートルの大ジャンプを行う。千里眼投射体はふわふわ軽いからね。
途中からは補助がいらなくなったので、私も逆さまに飛んだりして飛行スキルの特訓をした。
月と星に見守られ、夜の空を飛ぶ。
空の上のほうに強い気流があるらしく、星の光に混ざって、緑の光の粉がキラキラと流されていくのが見える。
何百メートルも、何千メートルも、風が吹いている。
千里眼投射体を着色したせいかすこし風が重たいけれど、飛ぶのは楽しい。
『そろそろ大神殿いこっか? トリちゃんが錬金スキルでチェックすれば、何か分かっちゃうかも?』
『そうですねぇ。データは貰いましたが、実際に見てみないことにはなんとも』
さすが生産の人。解析とかできちゃうのかな?
『了解。屋根を行くのよね……』『はーい』
訓練に飽きたらしいオズさんの一声で、私たちは大神殿へ向かった。
【システム通知:羽翼の操作が上達し飛行スキルⅣを再習得しました。】
《飛行=下方旋回》 [起][降][技巧]
斜め下に急旋回するアシスト効果。
大神殿の正面にある大きな扉は、オズさんがぶっ飛んだ時のまま開け放たれている。
千里眼投射体は非力なので、扉が閉まっていたらヤバかった。隠密行動はしやすい身体なんだけど。
大神殿の最奥に赤黒い光が見えたので、私はあわてて《魔眼=千里眼》を解除した。
赤と黒に汚染された羽根を見られたら、またドン引きされるのです……
【擬宝術=疾走=獅子奮迅】
【マイ・キャラクター】
◆メインアーム:〈素手〉
アトリビュート1:《疾走=獅子奮迅》
コモンスロット2:《祝福=交通安全》
コモンスロット3:《祝福=無病息災》
コモンスロット4:《祝福=商売繁盛》
コモンスロット5:《風纏=行雲》
コモンスロット6:《飛行=垂直反転》
青色水晶に囚われの身に戻った私は、さっそく疾走スキルを試してみた。
『いっくよーっ! 《疾走=獅子奮迅》なのです! とう!』
羽根の一枚一枚が伸びて、床を叩くような感触があった。
『うわっ……またグロッ!』
オズさんが何か言っているのです。
手応えは感じるのに、能力が発動しない。翼と太ももの筋肉がプルプルするまでりきんでも発動しない。
疲労感はあまりない。全力で走ったり体育会系の能力を使ったりすると、スタミナ的なエネルギーがギュンギュン抜けていくはず。
消費MPの表記もないので、もちろんMPも減っていない。
『つかえないっぽいです?』
『……ふーむ。事前発動で停止しているようです。走って体当たりする技ですから、今の状態では使えないのかもしれません。……ああ、疾走スキルⅡまではそのままスキル上げ可能ですよ』
トリマンさんの解説が入った。
疾走スキルはその名の通り、走っている状態で使うものらしい。つまり水晶を壊すためには、走りながら能力を使う必要がある。
ムリゲーなのです!
【擬宝術=吐息=我竜転生】
【マイ・キャラクター】
◆メインアーム:〈素手〉
アトリビュート1:《吐息=我竜転生》
コモンスロット2:《祝福=交通安全》
コモンスロット3:《祝福=無病息災》
コモンスロット4:《祝福=商売繁盛》
コモンスロット5:《風纏=行雲》
コモンスロット6:《飛行=垂直反転》
『今度こそなのです! 《吐息=我竜転生》!』
今度は吐息スキルを試す。
腰の翼がトクントクンと熱を持ち、お腹の奥が熱くなる。
シッポが生え、肩幅を超えてクビが太く長く膨張し、内臓がグリグリ動かされる。下腹からぷっくり膨らんで、ビヤ樽のような体型になっていく。
私は、お姫様をさらっていきそうな、悪いドラゴンに変身した。
『肌色ドラゴン! 肌色ドラゴンがあらわれた! みゃはははは』
オズさんにめちゃくちゃ笑われた。
『…………』
『……おや、水晶は、壊れませんか。これだけ体積が増えているのに』
トリマンさんは青色水晶を調べているようだ。ネコジンさんは無言を貫いている。
二人とも、なにか凄くいたたまれない雰囲気だ。
『塗ってない人形かな? みゃははははははは』
オズさんはまだ笑っていた。
失礼なのです。私のキャラは透き通る白い肌だし、ギリギリホワイトドラゴンなのです。