7 女神ですが魔法の色塗りです
#7
神殿前の噴水広場から離れて、広い芝生と洋館のある区画を抜けると、メルヘンな家が並ぶ目抜き通りに出る。
木骨支柱のすきまを白の塗壁でうめる古風な建築様式。寄木細工のようで可愛らしい。三角屋根の斜面には出窓があり、植木鉢からこぼれるように花が咲いている。
玄関には針金細工のような看板ある。並びはすべてお店のようだ。
人通りはなく、夜の闇に包まれている。
「あー。あー。久しぶりにしゃべった。みー。みー。この辺りなのです?」
不安になって訊ねてみるが――そうだった、言葉が通じないんだった。
ネルソン君は指を左右に振ってチッチッチッ、とかやっている。
背中のリュックサックが居心地悪そうにごそごそ動く。
私たちは、青色水晶を安全に壊す方法を求めて、オズさんが監禁されていたというNPC工房に向かっている。
……オズさんの生態を、この目で観察なのです!
好奇心で目的がズレつつあるが、水晶柱から解き放たれた私は、千里眼投射体となって夜の街へ繰り出したのであった。
【マイ・キャラクター】
◆アバター:千里眼投射体エリン
レベル:19
種族:ハネ族 職業:女神 年齢:8 性別:♀
HP:598/598
MP:883/980
身体:《筋力F》《耐久F》《感覚D》《反応AA》《知力F》《精神AAA》
技能:《祝福A》《飛行B》《風纏E》《魔眼F》
権能:《樹界語A》
生活:《念話》《収納術》《社交術》《擬宝術》《行商術》《伝授》
称号:〔星の祈り〕〔蒼穹の覇者〕
◆アイテム:66% 所持金:50J
装備:〈ハネ族の服〉
収納:〈ヤドリギの小枝〉〈宝石の袋〉
◆メインアーム:〈素手〉
アトリビュート1:《魔眼=千里眼》
コモンスロット2:《祝福=交通安全》
コモンスロット3:《祝福=無病息災》
コモンスロット4:《祝福=商売繁盛》
コモンスロット5:《風纏=行雲》
コモンスロット6:《飛行=螺旋回避》
服一枚のギリギリ飛行。アイテムの重さがヤバイ。小枝ちゃんに愛着が沸いてきた。
ちなみに、千里眼投射体――プレイヤーのために《魔眼=千里眼》がつくる仮初の肉体――は、霊媒物質で出来た透明人間みたいなものだ。
プレイヤー・キャラクターそっくりだけど、軽くて脆くて力が弱い。透明すぎて手も足も羽根も見えない。身体が軽くなる仕組みは飛行スキルとちょっと似ている。
『う~ら~め~し~や~』
「Тчισ,Ιрου!?」
ネルソン君が謎言語を口にする。相変わらず、何を言っているのか分からない。
こっちは透明人間なので念話のターゲットにはならないけれど、こちらの念話は通じるらしい。私の悪ふざけに対抗して格闘技か何かのポーズをしながら、あさっての方向に魔眼を光らせている。
ちなみに、手の届かない位置にいる私は無敵なのです。
「あまねし空の風たちよ! 鷹の羽衣翻り……《風纏=行雲》」
超ひさしぶりに風纏スキルを使ってみる。
この魔法は、進もうと思った方向に必ず追い風が吹くという、翼持つものにとっては特別な便利魔法だ。しかもモンスターから逃げ切るまで続く。非戦闘時に使ったら休憩するまでビュンビュン吹き続ける。
MPを一度に大量消費するし再使用時間が長いので、まだ数回しか使ったことがないけれど、この魔法で何度か命拾いしたことがある。
羽根の一枚一枚から魔力っぽいものが噴き出し、空気中を漂う光の粉と混ざり合う。飛行に適した風の場を形成する。そして静かに動き出す。透明の白い翼が気持ちいい風をつかむ。
久しぶりの飛行スキルは絶好調なのです。
私が求めていたのはこれなのです。かわいい羽根キャラで空を飛ぶためにゲームを始めたのです。あれ、癒しプレイは? まあ、それはともかく、決して水晶柱になるためではないのです。
ファンタジー系のゲームでよく見る小さな光の粉が、夜風に乗ってふわりふわりと通り過ぎていった。私の羽根を祝福するように。
【システム通知:瞳力の操作が上達し魔眼スキルⅡを習得しました!】
《魔眼=無常印》 [起][視][生贄][奪]
睨んだ相手を衰弱させる。HPを徐々に奪って自分のものにする。
石畳は平らにならされて、鏡のように月影を映す。夜の街並みが映る。亡霊が浮かび上がる。
月明かりに照らされた、白い騎士があらわれた!
『ねえねえ、白騎士がこっち見』
言いかけた途端、白すぎる影は敷石を蹴り、人間離れした速度で走ってきた。
うわ、怖っ! 絶対殺すマンか!
幸いネルソン君は飛行スキルをセットしていたらしく、屋根の上で命拾いをした。リュックサックの中のオズさんも無事だった。
月の光に照らされた白い殺人機械は、いつまでも私たちを見つめていた。怖っ!
屋根を伝って白騎士を撒いた私たちは、路地の突き当たりにある家の前までやってきた。
屋根の上には大きな煙突が立っている。
『ネルソン君? ここなのです?』
ネルソン君は振り返りもせず、ナイスな羽根を光らせて煙突の中に飛び込んだ。
あわてて追いかける。
「まってー」
煙突の内部は、十メートルも下りると急に狭くなってきた。
しゃがんでギリギリ通れる横穴――かまど?溶鉱炉?――から明かりが漏れている。
鋳口を潜って明るい部屋に出た私は、ピンク色の煙に襲われた。
「わぷっ!? うえっ、なんなのです!?」
なにかシンナーみたいな薬品臭がして目に染みる。
動物の鳴き声がする。
「ミャイ! ミギィ! ミォミォミォミォ!」「ブルルルンッ!」「クルルッ! ルルルーッ!」
そこにはネルソン君の他に、フードを被った猫の獣人と、半人半馬の獣人と、ヒト型爬虫類がいた。
……言葉が通じなかった。
しかし、唐突に念話が聞こえるようになった。
『来たね? 来たね? ……ついにここまで来たか女神よ! 我が帝国の科学力をみせてやろう! 椅子に座りて、くつろぐが良い!』
……そういえば、言葉が通じなくても念話は通じるんだっけ。
オズさんテンション高すぎなのです。
『オズさん! オズさん! オズさん!』
『なになになに?』
猫の獣人が、カクッとかわいらしく首を傾げた。
『オズさんって……猫さんだったのです??』
オズさんは黒猫のような獣人だったらしい。フードの中には黒い毛並みの顔が見える。鼻と口の形が猫っぽい。骨格は微妙に人間寄りなので、動いて喋るとちょっと不気味だ。
『黒は女を美しくするんだよ?』
『いやオズさんオス猫でしょ』
『……ボク黒猫好きだし? 多少はね?』
オズさんはネコミミフードを目深に被りなおした。
オズさんの性格は未だに掴めないが、なんだか良くわからない理由で照れているっぽい。
ふっふっふー。からかいネタとしてばっちり記憶なのです。忘れたころにズドンなのです。
それから改めて挨拶をして、二人とフレンド登録を済ませた。
やったあ! フレンドが増えたよ!
『噂の女神さんでしたか。どうもよろしく。馬なのにトリマンです』
馬の人はバーテンダーみたいなベストとネクタイを着けている。ウマ型の胴体は艶のある見事な栗毛だ。
ヒト型の上半身で、胸に手を当て深々とお辞儀をした。礼儀正しい人のようだ。ほぼ全裸だけど。
頭部がウマ型なので、知性のない邪悪なモンスターっぽい感じだけど……
『はじめまして。親しみを込めて、ネコジンって呼んでね』
トカゲの人は、高く澄んだ声を響かせて行儀よくお辞儀をした。
爬虫類なのに美声すぎて思わず二度見した。
ちなみに体型はほぼ人間そっくり。尻尾は無い。
やわらかそうな薄紫のウロコ肌に、ピンクのキャミソールと白いショートパンツを穿いている。初期装備とおなじくらい薄着で、見たことのないデザインだ。肩から後ろには透け透けのショールも羽織っている。
どことなくお洒落な人だけど、パッチリした大きすぎる瞳と、びっしり細長い牙の生えた口が怖い。
『というか、千里眼なのに念話が聞こえるのです』
誰ともなしに訊ねてみると、オズさんは得意げに喋り始めた。
『帝国は魔眼対策アイテムが豊富だからね? 効果はバツグンだ!』
ピンクの煙の正体は防犯グッズ――カラーボール?――だった。こんなのをぶつけられるとは一生の不覚!
鏡を見せてもらうと、ピンクに染まった頭頂部だけが空中に浮いていた。……カツラ妖怪!?
つまり、千里眼投射体に色を塗れば、ふつうに念話が届くらしい。科学的だか非科学的だか分からない。
『それよりさー? せっかくだから、全身の色塗ろうよ色!』
私のキャラを塗り絵に!?
『羽根は白くしてあげるからさー?』
……断ろうと思ったら、オズさんの交換条件は魅力的だった。
馬の人がパカポコ足音をたてて、丸い金属タンクのついた機械をもってきた。
スイッチを入れると低周波音が床に響いてうるさい。電球みたいな部品がビカビカと放電している。
魔導コンプレッサー、という色を塗る機械らしい。よく見るとケーブルの先端にスプレーのような器具が付いている。
馬の人は、オズさんと同じく生産系の人なのか、慣れた手つきで肌色の塗料を吹き付けてきた。
トカゲの人が『服は黒ビスチェでいいかしら』と言い、馬の人が『うーん。裸はマズイですね』と言う。裸じゃないのです……
オズさんは楽しげに『はーいパンツ塗ろうねー? 動かない動かない!』とか言っている。
初期装備なので裸じゃないのです……。そんなことより羽根! はやくはやく!
『これより、戒める剣帯の黙想に入る……部屋を、借りるぞ……』
ネルソン君は途中で奥の部屋に入っていった。
闇のパワーを掌握するには孤独な時間をむさぼる必要――という脳内設定――があるらしい。
ネルソン君の手にはオズさん作の長いルーンの剣が握られていた。……一人カラオケ!?
十分後。
初期装備より布面積の少ないビスチェとパンツを塗装された私がいた。
肌は本来より日焼け気味に。白金の髪は銀色に。肝心の羽根も本来より銀色っぽくなっている。悪の2Pカラーみたいな感じだ。
『ブーツも黒がいいわね』『タイツになっちゃうよ?』『アームガードも黒にしますか』
『いっそのことさー? 肌は金色にしようよ?』『いや褐色の方が』『じゃあ服は白かしら』
まだやってるのです。
NPC工房で強制労働というわりに自由すぎるのです。
私は動力つきのSFっぽい椅子に座り、床に放置された機械群を眺める。
電気ドリルや回転ノコギリなど、中世ファンタジー世界には場違いなアイテムが目立つ。
輪切りにされた鎧はロボットのようにも見えるし、内部には歪な電球やパイプ、銅線を巻いた小箱などが詰まっていて、プラスチック部品がないのでブリキのおもちゃみたいな雰囲気だ。
『ボクらも国境越えで、捕まっちゃったんだよねー』
オズさんが肩をすくめる。ここで強制労働させられている理由についてである。
『ツメ族の機動力に、キバ族の殲滅力、メメ族の索敵力が合わされば無敵だと思っていた時期がありました』
馬の人が後を継いで語り出す。疾走スキルというもので大陸の東から突っ走ってきたらしい。飛行スキルで一直線の私に迫るスピードとは、なかなか凄いスキルだ。
『……最後の砦では多勢に無勢。機動力よりステルス性、ということでしょう』
馬の人はそう言って話を締めくくった。
『それで、二人にも伝授してくれないかな? 飛んだら逃げられそうなんだよねー。どんな羽が生えるか興味もあるし? ねえ? そうは思わないかな?』
オズさんがしなを作って媚び媚びのおねだりを始めたのです。
たしかに、あの白騎士から走って逃げるのはムリゲーなのです。
私は馬の人とトカゲの人に《伝授=飛行スキル》してあげた。
オズさんの羽根ロケットは宴会芸みたいで微妙だったけれど、二人にはナイスな羽が生えるかもしれないし。
《飛行=夢幻航路》 [常][隠][霊気][歪][印]
高速で天を翔け他者から認識されないようになる。アトリビュート・アイコン。
《飛行=上方旋回》 [起][旋][技巧]
斜め上に急旋回するアシスト効果。
《飛行=垂直反転》 [起][翔][技巧]
垂直機動から急旋回するアシスト効果。
《飛行=下方旋回》 [起][降][技巧]
斜め下に急旋回するアシスト効果。
《飛行=螺旋回避》 [反][動][闘気][疎]
直前の攻撃を無効化しながら飛ぶアシスト効果。
《飛行=臨界推進》 [起][翼][闘気][臨][願]
高速飛行の呪力を得る。
《飛行=夢幻航路》は、《飛行=急降下》が進化したものだ。
飛行スキルの限界突破まで習得していた六つの黄色いアイコンは、度重なる伝授で半分が使用不能になってしまった。
ちょっとしょんぼりなのです。
ちなみに私は、お返しということで吐息スキルと疾走スキルを貰った。
足のいっぱい生えた蹄鉄の絵柄と、竜の絵柄の赤いアイコンだった。
【システム通知:ネコジンさんから伝授を受け吐息スキルⅠを習得しました!】
【システム通知:トリマンさんから伝授を受け疾走スキルⅠを習得しました!】
《吐息=我竜転生》 [起][変][結印][標]
竜に変身する。アトリビュート・アイコン。
《疾走=獅子奮迅》 [起][襲][打撃][貫]
障害物を壊して進むアシスト効果。防御を貫通する。アトリビュート・アイコン。