5 女神ですが友達が宅配されま
#5
『逢はむと言ふは、誰れなるか――』
ゲーム世界に戻ったら、誰も居なかった。
いや、白騎士はいる。左右の壁際に張りついてまさに不動の構えだ。ひょっとすると自動人形の類かもしれない。
大広間は薄暗い。
バラ窓と呼ばれる円形のステンドグラスが、うっすら青と紫に光って、闇の中に浮かんでいる。
深い水の底のような静寂……
誰も、何も、動かない。
暑くもなく、寒くもなく、ただ動けない。
音もなく並ぶ椅子の群れに奇妙な圧力を感じる。背もたれに塗られた茶褐色のニスの模様が、人間の顔のように見えてくる。
……正直暇なのです。
ネルソン君と合流しようと思ったら時刻同期ミスった?
そして何もしないのにお腹は減る。ゲームにログインする前に食べたばかりなのに。
『ウルトラ切ないのです……』
私は相変わらず青色水晶に封印中である。
大神殿の扉がギイッと砂を噛んだ音をたてて開いた。
白い騎士の目が光る。
可聴域ギリギリの高周波音が聞こえてくる。キュィィィィン!
……ああ、やっぱりあれ人間じゃなかったよ!
白騎士たちは、両足を開いたカッコイイポーズで侵入者を出迎えた。
進入してきた人影は、月明の噴水広場を背景に、マントをバサッとひるがえす。
『おはよう……。夜の秩序が……この街を、塗りつぶすのを、見た……』
侵入者はネルソン君だった。意味の分からないことを上機嫌で語り始めた。
ネルソン君は、高貴な赤絨毯をガチャガチャと踏み散らして、大広間の真ん中を歩いてくる。
……おお勇者ネルソン君よ。白騎士を無視して押し通るとは。
というかなんで行儀のいい私が殴られて、ネルソン君は許されるのです??
絶妙な間合いで取り囲む二体の白騎士たちは、完全に無視されて緊張感が台無しだった。
『ハローハローこんばんは。マントは新装備なのです?』
『うむ。……いい知らせと、悪い知らせが、ある……』
私が念話を返すと、ネルソン君は王者のように格好をつけて、一番前の長椅子に陣取った。慣れないマントで座りにくそうだ。
『じゃあ、いい知らせ~』
ネルソン君は、よっこらせ、とリュックサックを床に下ろした。
『オズが、鋼の剣を……作り上げたぞ……』
NPC工房に囚われていると噂のオズさんは、鍛冶を頑張っているらしい。
『おー……ぉぉ?』
私が生産職に思いを馳せていると、足元のリュックサックがひとりでに起き上がった。
暗くてよく見えないけれど、猫の目のような蛍光色の輝きがこちらを見ている。
【システム通知:オズさんからのフレンド申請を許可しますか?】
【→許可する / 断る】
明示盤にオズさんの名前が――!?
速攻でフレンドを許可すると、楽しげな子供の声が脳内に聞こえてきた。
『やあ! ボク悪いメメ族じゃないよ?』
そうして私は、オズさんとフレンド登録することが叶った。
ありがとうネルソン君!
『オズさん! オズさん! オズさん! オズさん!?!?』
『なに? なに? なに? なに!?』
『この青色水晶、どう思う?』
『おっきいねー? 青いねー? なんでこんな事に? あ、ハネは白いんだね?』
『羽いいでしょー! えっへん! そして街についたと思ったら超スピードでこうなったのです』
私の適当な説明に、オズさんも適当に相槌を打つ。
『へぇ~マジでー?』
リュックサックがジタバタ動いてオズさんが這い出てきた。
どんなキャラかと見ていたら、フードですっぽり覆われていた。
マトリョーシカ人形か!
フードの中はまっくらで顔が見えない。輝く三つ目だけが見える。一見するとオバケみたいだけど、ネコミミ付きのフードが微妙にかわいい。
メメ族ってやつかな? というかメメ族ってどれだっけ。
私のキャラよりちっちゃい。最小サイズの子供キャラか。
真新しい革エプロンと、作業用の耐熱手袋をつけていて、これで溶接マスクを装備したら金環日食を楽しむ子供みたいな感じである。
オズさんは、おっかなびっくり白騎士の動きを気にしながら、小さな足でトコトコ私の前までやってきた。そして圧力計のような丸いメーターをいくつも床に並べて、タコ足ケーブルでお互いに接続した。
猫の目がニヤリと笑う。
オズさんの右手には赤い電極ケーブル。左手には黒い電極ケーブル。
『ちょっと調べるね? うーんと、ここかな? ……じっけんプッチン!』
『んあ!? ちょ! やめめっ! へんなとこ……あはははははは!』
『あれれ? 感覚あるんだ? はーい触りまーす!』
オズさんが青色水晶を調査し始めた。
『うーん。《刻印=解読》に反応なし? ってことは錬金かな? これほんとに壊しちゃうの? 魔導カウンター振り切れてるし、破壊したら大爆発かな? 死亡確率はたぶん50%くらい? 死んだらやっぱり最初の街から再スタートだよね?』
一通り調べ終えたオズさんは、ぺちぺちと水晶に猫パンチしながらそんなことを言い出した。
……それって多分絶対100%死ぬパターンなのです。
『あ、そういえば。ねえねえネルソン君。悪い知らせの方って?』
私が話を振ると、ネルソン君は芝居がかった仕草で両手を掲げた。
『俺は……、剣を、裏切った……』
『は?』
ネルソン君は手をクロスさせて顔を隠し、片目だけ出して私のほうを睨む。
『闇に落ちた剣士に……、剣の輝きは、見えない……』
ネルソン君は闇落ちしたらしい。
『なになに? どういうこと?』
オズさんが、カクッとかわいらしく首を傾げた。私を辱めた器具類を両手に抱えて、小さいのに意外と力持ちのようだ。
そして、闇に落ちたというネルソン君は、驚愕の事実を語り始めた。
『ログインしたら……木こりだった……』
『え』
『斧スキルが……伐採スキルも……上がってた……』
『なんで!?』
意味不明のネルソン君は、いつもより面白かった。
『というかネルソン君、さっき何処いってたのです? 活動限界って言ったあと』
いきなり無言で居なくなるのは、ネルソン君のキャラに合わない気がして胸につかえていたのです。
さあキリキリ吐くのじゃ。
ネルソン君は、なにか困ったように、動きが止まった。
『いや……? ここで落ちたぞ。……INしたら、森の中だったが……』
『夢遊病!?』
アカウントのハッキングなら刑事事件である。
そうでないなら、キャラクターが勝手に動いたとか……?
犯罪かバグか、どっちにしても大問題だ。勝手に動くのはお菊人形みたいでちょっと怖い。
ネルソン君は収納術で虚空に開けた穴から、伐採用の斧を取り出してみせた。
どうやら木こりショックで落ち込んでいる間にモンスターに絡まれて、その小さな手斧で撃退したら、剣より強かったことがダブルショックだったらしい。
なんの変哲もない斧みたいだけど……?
チラッとオズさんの反応を見る。
オズさんは口元に手を当てた後、猫のように顔を撫でながらうんうん唸っている。
『ボクも寝てる間に鍛冶スキル上がりまくりなんだよね。これって睡眠学習?』
『いつの時代の人ですか』
『いやハイその話はやめよう……。これボクの斧じゃないよね? NPCアイテムかな?』
『ネルソン君のログアウト中に、ネルソン君のキャラが勝手に買ってきちゃったのかも?』
『ネル君のために、斧を買ってきたのねん!』
『おい……所持金チェック、してないぞ……』
『へぇ~? それってつまり? ログアウトしたネル君はお財布投げ捨てるマン?』
『きゃーこわい! けど私の財布は減りそうにないのです。物理的に』
『うらぎりものぉ! ボクも減ってないけど!』
『おいコラ……』
いつもの調子でワイワイやっているうちに、なんだか楽しくなってきた。
不正アクセスだとしたら、わざわざ木こりなんてしないかな?
オズさんはネルソン君を宥めにかかる。
『まあまあ、ネル君。水晶を砕く剣って注文だったから、全力全開で鋼の剣を打ったらさー、十本に九本はポロポロ欠けちゃったんだよね。ボク鍛冶屋に向いてないのかな?』
『えー』
そうは言っても、さすが生産一筋のプレイヤーって感じだ。オズさんは私のブーイングに構わずに、収納術を大きく開いて見せた。
……ワゴンセールのワゴンかな? 整理整頓した方がいいと思うのです。肝心なときにアイテムが見つからなそう……
ちなみに収納術というのは、ド○えもんの四次元ポ○ットみたいに使えるアイテム入れである。ゲームでよくあるアイテム名一覧じゃなくって、次元の裂け目にアイテムがそのまま浮いているタイプだ。
オズさんは収納術の異空間から剣をいくつも取り出した。
ライフルの照準マークみたいな印が入ったもの――三本。
剣の身にいかにもなルーン文字が彫られたもの――一本。
オズさんは笑み崩れたニヤニヤ顔で、床に並べた剣をひとつひとつ指差していく。
オズさんの作品発表会が、はっじまるよー!
『これが【勝利の呼紋】で、【幸運の呼紋】、【復讐の呼紋】ね。それから長ったらしく刻んであるのは【鋭刃の詠歌】かな? MPとキーワードとモーションで発動するんだけど、けっこうシビアなんだよね。長いのはヤバイよ? ネル君カラオケ得意?』
『…………』
ネルソン君は剣を見つめて沈黙した。
『まぁ、大丈夫大丈夫。ボクがレクチャーしてあげるからね?』
オズさんは、三つある目のうち二つでウインクした。