4 女神ですが祝福を特訓します
#4
ネルソン君を処刑した白騎士たちは、剣を収めて戻っていった。神殿の中で捕まっても一回死んだら許されるアバウトなルールらしい。私もそろそろ許されていいのでは?
一方、死に戻ったネルソン君は、籐のバスケットを広げて、ハムとレタスがたっぷり詰まったサンドイッチを頬張っている。シャキシャキと食欲をそそる音が聞こえる。お腹すいたよね。
そんな様子を遠巻きに、NPCの皆さんが私の前までやってきて、跪いたり祈ったりしている。
状況が混沌なのです。
私はといえば、不思議な水晶に絶賛封印中。呼吸していないのに苦しくないし、ちょっと培養カプセルみたいで、やな感じなのです。
私は水晶の中からNPCを観察する。ちゃんと相手を見て精神集中すれば祝福の威力も上がるようで、もはや視界に入れば完全祝福状態。NPCはぴっかり光る。フルパワーで祝福すると、途切れ途切れのクラシック・オペラみたいな音がする。
ぷかぷか、『ララ――ッ♪』 ぷかぷか、『ホホ――ッ♪』
こんな感じなのです。
ちなみにネルソン君には聞こえないらしい。発光現象も見えない。どうやらNPCも、ド派手な祝福エフェクトが見えていないっぽい?
それはともかく、もうちょっとクドくないエフェクトにならないかな。清楚で、優雅に、あとちょっと可愛い感じの……
祝福を受けたNPCは、わざわざ私の近くまでやってくる。
NPCの喜び方には個性があって、にっこり笑うタイプとか、お風呂上りみたいな緩んだ顔をするタイプとか、大声で走り去っていくバカっぽいタイプとか色々な人がいる。
怪我人がプチプチ癒されていくのを見るのは、それなりに楽しい。
なんだろう。これが女神のおしごとか……
【システム通知:聖域の操作が上達し祝福スキルⅣを習得しました!】
スキル上げうまーッ!
ちなみに私が習得した祝福スキルのアイコンは以下のとおり。
《祝福=勝負必勝》 [常][聖][繁栄][復]
勝運が上がる。気力体力が徐々に回復する。アトリビュート・アイコン。
《祝福=交通安全》 [常][聖][繁栄][活]
移動効率が上がる。
《祝福=無病息災》 [常][聖][繁栄][癒]
病気が治る。
《祝福=商売繁盛》 [常][聖][繁栄][公]
生産性が上がる。
このゲームは、特殊な能力を秘めたアイコンを厳選して、デッキを作って遊ぶシステムだ。
能力はアイコンに宿っている。
技能は単なる入れ物であり、熟達していくとだんだん中身の宝珠が増えていく感じだ。
アイコンは、明示盤の六つの穴にセットして使う。
【マイ・キャラクター】
◆アバター:青色水晶エリン
レベル:14
種族:ハネ族 職業:女神 年齢:8 性別:♀
HP:580/580
MP:790/877
身体:《筋力F》《耐久F》《感覚D》《反応AA》《知力F》《精神AAA》
技能:《祝福C》《飛行AA》《風纏E》
権能:《樹界語A》
生活:《念話》《収納術》《社交術》《擬宝術》《行商術》
称号:〔星の祈り〕〔蒼穹の覇者〕
◆アイテム:44897% 所持金:50J
装備:〈青色水晶〉〈ハネ族の服〉
収納:〈ヤドリギの小枝〉〈宝石の袋〉
◆メインアーム:〈素手〉
アトリビュート1:《祝福=勝負必勝》
コモンスロット2:《祝福=交通安全》
コモンスロット3:《祝福=無病息災》
コモンスロット4:《祝福=商売繁盛》
コモンスロット5:《風纏=行雲》
コモンスロット6:《飛行=臨界推進》
中でもアトリビュートの能力は特別らしく、NPCを劇的に癒すのは《祝福=勝負必勝》の効果みたいだ。
祝福スキルの他のアイコンは、単独だといまいち効果が実感できない。
女神のお仕事――祝福クエスト――に飽きてきた私は、ネルソン君に念話を飛ばしてみる。
『ねえねえネルソン君。プレイヤー鍛冶ならもう鋼の剣が作れるんじゃないのです? オズさんとか徹夜でやってるでしょー』
オズさんは、私とネルソン君の共通の知り合い。生産の人だ。
ゲームの中の世界は物質界よりいろいろ自由で、シンプルにやりたいことをやる人が多い。オズさんの場合それはアイテムを作ること。そういう人のことを生産職と呼んだりする。モンスターと戦ったり新しいマップを開拓するより、ひたすらものづくりするのが楽しいタイプの人だ。
『いや……。オズもNPCに囚われた……』
ネルソン君は、タマゴサンドをパクつきながら念話を返してきた。
ほろほろの炒り卵とカラシ、バター、マヨネーズの混ざった黄色いラインが、パンの隙間からこぼれそうなほどはみ出ている。
このゲームって料理アイテム色々あるのね。食べたことないけど。
口が塞がっていても念話できるのは便利そうなのです。
そこまで頭をめぐらせて、私は思考が停止した。
『え?』
……オズさんまで水晶パック?
というか私もお腹すいたのです。サンドイッチ食べたい。
『オズがいるのは……、暑苦しい工房だ……。炉の熱に焼かれ……、ハンマーで鉄を叩く……、つらい仕事だ……』
『なにそれ怖い』
衝撃の事実が判明した。ここは修羅の国だった。
ヒャハー生産職だーっ! 女神もいるぞ、捕まえろーっ! ってノリかな? 翼が生えていたら女神とかで……仕方ないにゃあ……
『じゃあ、フレ登録も無理そう……?』
『へヴィだな……。俺の剣が、終わる世界に覚醒すれば、いける、か……?』
『そっかー』
うーん。このゲーム。なんかおかしい。NPCが暴走してるよね? プレイ初日に動けなくなるとかちょっと……
クソゲーすぎて、逆に面白くなってきた。
――他のプレイヤーはどうなっているんだろう?
私がそう思った途端、いきなり目の前に集団が現れた。水晶柱と教壇に挟まれた空間。すっごく目立つ奥舞台みたいなところに。
大人ひとりと、子供が四人。何も装備していないみたい。初期装備だけのすっぽんぽん。色とりどりの髪の毛がプレイヤーっぽい。
礼拝中だったらヤバかったかな? ネルソン君が死に戻ったときと同じ現象なのです。ここは心霊スポットだったのです。
「Ζυιд Мιηα!」「Сдωσ!?」
子供キャラが何やらプンプン怒っている。ぴょんぴょん跳ねたりして可愛らしい。
話の内容はさっぱり分からない。
「Υτωы.Πпαλ?」
ネルソン君が謎言語で受け答えしているけれど、サンドイッチを食べながらで行儀が悪い。
ヒト族の言葉かな? 巻き舌のうなり声にしか聞こえない。日本語とはぜんぜん違う。NPCもこんな感じで喋っていた気がする。
【フレンド申請を許可しますか?】と明示盤が表示された。五人のプレイヤーの名前が血判状のように列記されていた。
『こんにちは女神』『すごいねー! 女神なんだね!』『起きてますかー』『……大佐、聞こえるか。これよりロリータ結晶体に接触する』『らんらん来たよ』
私がフレンド登録を完了すると、賑やかな声がいっせいに脳内に響いてきた。アニメ声の女の子ばかりだ。誰が誰だか分かりにくい。念話の欠点かもしれない。
テンションの高すぎる念話に戸惑いながら、私は言葉を選んで反応してみる。
『え、はい。女神っていうか、なんかNPCに拉致られて……』
『うっは』『ブヒー』
可愛らしい銀髪幼女キャラで、ブヒーとか言わないでいただきたい。
そしてまた、女神への礼拝――祝福クエスト――が始まった。
見栄えのするローブを着たお爺さんNPCが教壇に立ち、不思議な水晶柱を背後にして、身振り手振りで講釈を垂れている。言葉が通じないので内容は不明。
椅子に座ったNPCの皆さんは、好き勝手にお喋りしていて意外と騒がしい。古美術的な布の服がとってもファンタジー。
隙間なく人の詰まった長椅子が何十列もずらっと並ぶ。後ろの方で立ち見している人までいる。大入り満員すぎて大神殿ヤバイ。
『こうやって、死んだ心臓をあたためなおす……ヴァルハラの流儀だ……』
ネルソン君はNPCの集団には目もくれず、色とりどりの幼女キャラに囲まれて何かやっている。
死に戻ったプレイヤーの皆さんに奇妙なレクチャーをしているらしい。死んだら一定時間ペナルティがあるとか、休憩すれば早く治るとかなんとかいって、女の子たちに片膝をついて胸に手を当てるポーズをさせている。
片膝ポーズで休憩することに意味があるのかは謎だ。
『デスペナが発生した! 休息を開始する!』『すっごーい、ほんとだー』『なるほどです』
生あたたかい視線に見守られて、どちらかというとネルソン君が弄られキャラと化している気がする。
あ、口にサンドイッチの食べかす付いてるし……
【システム通知:聖域の操作が上達し祝福スキルⅤを習得しました!】
《祝福=家庭円満》 [常][聖][繁栄][癒][公]
出生率が増える。
スキル上げ効率だけは美味しいな。またひとつアイコンが増えた。
アリーナ最前列みたいな場所は、ネルソン君と五人の女の子たちが座り込んで占拠している。
NPCの皆さんは、それを見なかったことにして礼拝を続けるつもりらしい。
――プレイヤーが増えたらどうするんだろう?
私がそう思った途端、目の前にプレイヤー集団が現れた。
うわーっ!? これはアカンやつなのです。
NPCの皆さんは、なんともいえない静寂に包まれた。
ローブのお爺さんは、壇上に踏みとどまって講釈を続けた。後ろ頭の毛が薄くなってるな。
プレイヤーの人達は、床にひっくり返ってジタバタしたり、謎言語でわめき散らしたり。子供キャラだけでなく大人キャラまで騒いでいる。
大神殿と思ったらここは動物園だった。小さなフレンズと大きなフレンズの大混乱で大神殿ヤバイ。
あれ、もしかして、すごい死に方をしたのかな?
ちょっと気の毒になって、私は巨大水晶の中でぷかぷかしながら、プレイヤーの皆さんを目いっぱい祝福しておいた。
NPCほど劇的じゃないけれど、それなりに効果はあるようだ。
よく考えたら私のほうがよっぽど気の毒だったのです……
その後なぜかプレイヤーの間で、【女神】に手と手を合わせてフレ登録する遊びが流行った。
『レベル上がった!』『スキル上がってる!』『デスペナ消えた!』『私はこれで彼女ができました!』『おまえ女キャラだろ!』『誰かゴールドください!』『角ウサギ狩っとけ!』
少し悪ふざけの入った念話がいっぱい届いた。
私はネットゲーム特有のお祭り騒ぎを楽しんだ。
プレイヤーの遊びに対抗するように、NPC聖歌隊の合唱が始まった。
ボボーッとパイプオルガンが鳴り響く。
思いがけない重低音に、私を包む水晶柱がビリビリ震えた。私のお腹までビリビリしてきた。
『もうやだ。お腹すいたのです』
身もだえしていると、暫くして礼拝が終わった。
NPCの皆さんは晴れやかな笑顔で帰っていき、衰弱が消えたプレイヤーの皆さんも遺留品回収へと旅立った。
【システム通知:「祝福スキルで10000人癒す」クエストクリア!】
【→報酬を受け取る 経験値:0 獲得金額:0】
……あれ? もう一万人なのです?
【システム通知:聖域の操作が上達し祝福スキルⅥを習得しました! 祝福グランドマスターを達成しました!】
《祝福=天壌無窮》 [常][聖][繁栄][浄][公]
あめつちと一つになる。寿命が延びる。
気がつくと、祝福スキルが凄いことになっていた。
戦闘にはあまり関係なさそうな能力だけど、寿命が延びるらしい。やったね!
私は知らない内に、このスキルを極めてしまったかもしれない。こんなのでいいのか。アーメン。
【マイ・キャラクター】
◆アバター:青色水晶エリン
レベル:18
種族:ハネ族 職業:女神 年齢:8 性別:♀
HP:595/595
MP:773/960
身体:《筋力F》《耐久F》《感覚D》《反応AA》《知力F》《精神AAA》
技能:《祝福A》《飛行AA》《風纏E》
権能:《樹界語A》
生活:《念話》《収納術》《社交術》《擬宝術》《行商術》
称号:〔星の祈り〕〔蒼穹の覇者〕
◆アイテム:40539% 所持金:50J
装備:〈青色水晶〉〈ハネ族の服〉
収納:〈ヤドリギの小枝〉〈宝石の袋〉
◆メインアーム:〈素手〉
アトリビュート1:《祝福=勝負必勝》
コモンスロット2:《祝福=交通安全》
コモンスロット3:《祝福=無病息災》
コモンスロット4:《祝福=商売繁盛》
コモンスロット5:《祝福=家庭円満》
コモンスロット6:《祝福=天壌無窮》
レベル18。祝福アイコンが勢ぞろいなのです。
祝福アイコンをドローすると、一つにつきMP一割持っていかれるっぽい。二つで二割。MP回復って大変なのに……ぐぬぬ。
でも《祝福=勝負必勝》をセットすれば安心なのです。10秒でMP5回復! えっへん。
祝福はAだから、まだまだもう一段くらい上があるっぽい。
あと、さりげなくアイテムが4000%ほど減ってる。というかこれ重量制限だよね。40000%って…………
このままレベル上がって、パーセントが減り続けたら、水晶柱ごと動けるようになるのかな……?
マイ・キャラクターの明示盤をチェックしていると、ネルソン君から念話が飛んできた。
『活動限界だ……。闇が満ちる頃に、また……くる……』
ネルソン君は今からログアウトして休憩するらしい。徹夜コースかな?
『うん、おつかれ~』
私は人ごみの中から最初のフレンドの姿――紺色の髪、紺色の瞳――を探す。
長椅子にはまだ人がいて、百人くらい残っている。こっちをガン見している。なにこれ? なにこれ?
これ全部NPCだよね。怖い。
ネルソン君は、目を閉じて座っていた。
……と思ったら、目を開けた。
ネルソン君は立ち上がり、人ごみをかき分けて通路に出た。そしてぐるりと背を向け、カチャリカチャリと鉄の装備を鳴らしながら出口へ向かった。
『あれ? どっか行くの? ねえ、おーい! ネルソン君!』
ネルソン君は一度だけ振り返り、そのまま去っていった。
どうしちゃったんだろう。何か怒らせたかな?
『私もご飯たべよう……離脱!』
『帰投します』
久しぶりの脳内アナウンスを合図に私は目覚めた。ずーっとゲーム世界だったので、初ログアウトだ。
VRゲーム推奨ベッドが投影する同調計をチェック――問題なし。行動不能とか色々バグっぽい感じだったけれど、問題なく離脱できたようだ。
私はベッドからのろのろと起き上がる。
身体が重い。
両腰の至宝が消えて切ない。
私は少し悩んだ後、あるコマンドを口ずさんだ。
「告げる。FEM概念制御、CAD結合、因子 DE BELLIS――――」
特殊な図形イメージをキーに演算結果を召喚。意識の深いところに意味が繋がる。
【デ・ベリス・アエテルニターティス・オンライン】
ゲームデータを結合。空中に浮かんだアイコン・キューブをキュッと捻る。
『――精神伝達系を更新します。――課金が発生します』
「処理実行」
『――決済します。結合を完了しました』
至高のキャラクリを自家用アバターに反映した。仮想の身体が小学生くらいのサイズに縮んで、両腰に翼が生えた。
私は両翼と両手を突っ張って、ベッドから飛び起きた。
うん、すごい身体が軽いのです。これはすごいのです。ナイス羽根なのです。