32 冒険者は速さこそパワー
#32
「なんか人魚さん、動き早くない?」
指パッチンを止め、殴り始めた人魚さんは速かった。
今も五匹のハゲタカに襲い掛かり、掠りもさせずに殴り倒している。スタミナのほぼ全てを攻撃に費やし痛打を浴びせ続ける。きわどい時には《殴Ⅰ=スウェー》ですり抜けているようだが。敵が一つの動作をする間に、三つか四つの動作を終わらせている感じである。
「攻撃は最大の防御だからな! 殴られる前に殴れば無敵だ」
「なる、ほど……」
私は思わず声を漏らす。
攻撃の初動を無造作に拳で打ち抜いたり、逃げ腰のハゲタカを目ヂカラでキープしてその隣のやつを殴ったり、二つの腕でこの場を完全に制している。
たまに居るのだ。こういう野獣みたいな人が。
魔物の頭上に「217」「235」「222」「223」みたいな数字が連続で踊って面白い。
ハゲタカ達は青い疾風に翻弄されたまま絶命した。
「うーん、持てるだけ持っていこっか? ネコちゃんお願い?」
「角ウサギで埋まってるから無理」
「あれ美味しいもんネー。……じゃあ、誰か持てるカナ?」
「ンじゃー、オレが持つか。ついでに銃も貸してクレー」
「ちょ待待待ッ、これ電撃スキルで暴発するんだヨ?」
オズさんとイモスナさんは、僅かな時間で打ち解けたらしい。
ハゲタカの死体は、イモスナさんの《収納術》に放り込まれた。
不味そうだし犬の餌でいいか。
ネルソン君と拳王さんを先頭に、色物パーティが通路を進む。
ランプが照らし出すレンガの壁は、天井が丸くアーチ状になっていて、カマボコで型取りしたような構造である。
空気の動きはあるが、野外でよく見る緑の光の粉末状生物は住んでいないようだ。
一本道の通路に小部屋が連なっている。小部屋からハゲタカが時折沸いて出て、瞬殺されていく。
「ねぇ……本の使い方、絶対違うと思うわよ」
「普通に中身読めばいいんじゃナイ? 魔法興味ないからよく知らないケド?」
ネコジンさんとオズさんにダブルで突っ込まれて、私は本を開いてみた。
「女神ちゃん、逆逆」
「え……読めるの!?」
「日本語だし。貸してみて。──世界とは鏡のようなもの。それを変えるには貴方を変えるしかない──」
私はちょっと高度を上げて、ネコジンさんが持つ革の装丁の本を覗き込む。
上質な厚い紙に、象形文字のような模様がびっしり縦向きに並んでいる。
「なんか、絵文字っぽい……」
私は挫けた。返却された本は《収納術》に投げ入れた。
ほかに、上げ頃なスキルはないものか。
【マイ・キャラクター】
◆アバター:シックス伯爵令嬢ノイシュ
レベル:150
種族:ハネミミヒト族 職業:女神/貴族/虜囚 年齢:8 性別:♀
HP:1519/1519
MP:5348/5348
身体:《筋力E》《耐久C》《感覚AAA》《反応SSS》《知力C》《精神SSS》
技能:《祝福XXI》《飛行XXI》《風纏Ⅸ》《聴覚Ⅲ》《森羅Ⅲ》《魔眼XXI》《疾走XVI》《吐息Ⅸ》《蹴Ⅶ》《水泳Ⅳ》《深淵Ⅳ》《殴Ⅵ》《軽装Ⅵ》《斧Ⅰ》《魔象形装Ⅱ》《鈴Ⅲ》《本Ⅱ》
生活:《整髪Ⅳ》《日焼止Ⅲ》
権能:《樹界語ⅩⅧ》《人界語Ⅷ》《賢者Ⅵ》
称号:【星の祈り】【蒼穹の覇者】【癒しの天使】【人界の斧聖】
◆アイテム:2% 所持金:27ジェイド
装備:〈桜の鈴〉〈王立学院ヘッドドレス〉〈王立学院ローブ〉〈王立学院セーター〉〈王立学院ブラウス〉〈王立学院スカート〉〈ローファー〉〈ハイソックス〉〈ブラ〉〈パンツ〉
収納:〈ヒレ族の服〉〈ヒレ族のビキニ〉〈鉄の戦斧〉〈革の本〉〈寝巻〉〈スリップ〉〈ポケットティッシュ〉〈宝石の詰まった袋〉
魔法鞄:魔杖オズバーン
◆メインアーム:〈桜の鈴〉〈キック〉
アトリビュート・スロット1《飛行Ⅰ=夢幻航路》
コモン・スロット2《飛行Ⅴ=螺旋回避》
コモン・スロット3《飛行Ⅵ=臨界推進》
コモン・スロット4《風纏Ⅱ=行雲》
コモン・スロット5《疾走Ⅱ=疾駆》
コモン・スロット6《吐息Ⅵ=魔神砲》
◆サブアーム:〈素手〉〈キック〉
アトリビュート・スロット1《祝福Ⅰ=武運長久》
コモン・スロット2《祝福Ⅱ=交通安全》
コモン・スロット3《祝福Ⅲ=無病息災》
コモン・スロット4《祝福Ⅳ=商売繁盛》
コモン・スロット5《祝福Ⅴ=家庭円満》
コモン・スロット6《祝福Ⅵ=天壌無窮》
◆メインアーム:〈桜の鈴〉〈キック〉
アトリビュート・スロット1《祝福Ⅰ=武運長久》
コモン・スロット2《祝福Ⅱ=交通安全》
コモン・スロット3《祝福Ⅲ=無病息災》
コモン・スロット4《祝福Ⅳ=商売繁盛》
コモン・スロット5《祝福Ⅴ=家庭円満》
コモン・スロット6《祝福Ⅵ=天壌無窮》
◆サブアーム:〈素手〉〈キック〉
アトリビュート・スロット1《水泳Ⅰ=水中適応》
コモン・スロット2《水泳Ⅲ=蹴伸》
コモン・スロット3《深淵Ⅱ=銀明水》
コモン・スロット4《深淵Ⅲ=鉄砲水》
コモン・スロット5《深淵Ⅳ=間欠泉》
コモン・スロット6《蹴Ⅲ=サイドキック》
◆メインアーム:〈桜の鈴〉〈キック〉
アトリビュート・スロット1《鈴Ⅰ=リカバリー》
コモン・スロット2《鈴Ⅱ=キュアウェーブ》
コモン・スロット3《鈴Ⅲ=バリアブルフィールド》
コモン・スロット4《魔眼Ⅲ=無我印》
コモン・スロット5《軽装Ⅳ=メディテーション》
コモン・スロット6《軽装Ⅴ=アルケミースタンス》
◆サブアーム:〈素手〉〈キック〉
アトリビュート・スロット1《祝福Ⅰ=武運長久》
コモン・スロット2《祝福Ⅱ=交通安全》
コモン・スロット3《祝福Ⅲ=無病息災》
コモン・スロット4《祝福Ⅳ=商売繁盛》
コモン・スロット5《祝福Ⅴ=家庭円満》
コモン・スロット6《祝福Ⅵ=天壌無窮》
マイ・キャラクターの明示盤を表示させてみる。
職業に『虜囚』が増えていて、嫌な感じである。
いろいろあったせいで、私のキャラは楽しむ間もなくレベル150になり、最大MPが5000を超えた。今ならなにか凄い超魔法で世界を狙えるかもしれない。
そのあとすぐ強制解約で存在を消されそうだが。
強制解約といえば、昨日はいろいろあって女神のお仕事をサボるのに成功した。このままサボったら、運営会社の殺し屋がやってくるのだろうか。
というか、明示盤がバカみたいに大きくて前が見えない。
「《斧スキル》あげて、ねえさま喜ばそうかな……」
柄の長い両刃の戦斧を《収納術》から取り出す。オズさんのログアウト中に、NPCのフーゴ君から貰った斧だ。
「うっ、重っ」
脳筋の道は険しそうだ。
要塞の通路はまっすぐ続き、赤茶けた扉で行き止まりになった。
下手な鉄砲を撃ちまくった誰かさんのせいで穴だらけである。
「あんたッ! むちゃくちゃ速いじゃないか! 斧の打撃音も、良いなッ!」
「ステータス、だけ、です、ょ……はぁ……はぁ……」
素早さに定評のある人魚さんから、お褒めの言葉をいただいた。
しかし、全力疾走した後のように息が切れて、まともに喋れない。
私は斧の柄にもたれかかり、暗がりの中で猫の目のように輝く蛍光色の三つ目を睨みつける。
「ちょっとー、オーズーさぁぁぁん!」
「エッ嘘嘘ボクじゃないヨ?」
後ろから撃ちまくった悪い猫にはお仕置きが必要だ。
小さな人影は、頭を天井に擦るほど大柄な人影の後ろに隠れた。
天井の近くで、金色に輝く二つ目が瞬く。
「エ、オレ? オレじゃネェよ。コッチの小部屋に撃ッテたし」
イモスナさんは無罪を主張した。
私はオズさんを問い詰めた。
オズさんの手から、犯行に使われた黒鉄の短筒が見つかった。
「ちと、確認したいんだが……」
「……ん?」
私とオズさんが戦っていると、珍しく遠慮がちにネルソン君が話しかけてきた。
ネルソン君にまっすぐ向き直り、私は場の空気を繕う。
「その斧どうしたんだ。クエストは、クリア出来たのか……?」
あのときの“私”は、真祖キャラクターとの融合を果たしたと推測できる。
ならば、今の私は、どういう状態なのだろう。
「あ……うん。たぶん」
「そか」
私は、精一杯の答えをひねり出した。
心配をかけていたらしい。
「さて、気配は無いが、この部屋を調べて戻るか」
一本道の通路のどん詰まりの部屋である。
宝箱の一つでも当たりが欲しい。
ネルソン君が鉄砲傷の残る扉を引くと、蝶番が軋んだ音をたてる。ネコジンさんの持つランプの明かりが、机や書棚の並んだ大部屋を照らし出す。潰れた会社の事務所のような部屋だ。
何もいないと思いきや、一呼吸置いて、散乱していた書物がフワリと浮かび上がった。
「くそ、人食いレーベルか。《戦技Ⅵ=降魔剣》!」
「《裁縫Ⅵ=見世物人形》!」
「はあああああああ!! 拳王、《深淵Ⅲ=鉄砲水》!!」
唐突に接近戦が始まった。
地味なフード付きローブを纏った【マジカルマネキン】が忽然と現れ、魔物の群れがそれに反応して集りまくる。
そこに、人魚さんがボディービルみたいなポーズで力を溜めて、種族魔法をぶっ放す。
水流攻撃に飲まれた本の群れは、部屋の奥に流されて視界から消える。
……本のモンスターとは、私への挑戦か。
私は斧を収納して、右手に本、左手に鈴を装備した。
「《鈴Ⅲ=バリアブルフィールド》!」
新しく覚えた《鈴スキル》のバリア魔法を使ってみる。
消費MPは、水流攻撃よりさらに重い。どんなものだろうか。
前衛で戦う仲間を見ると、足元に光の魔法陣が輝き始める。それから半透明の鈴が空中に浮かび上がり、守護する人物を囲むように立方体の頂点八つを示す位置で止まる。
『【システム通知】:
ネルソンの《戦技Ⅵ=降魔剣》! 色物パーティに、決戦前夜の魔法効果!
ノイシュの《鈴Ⅲ=バリアブルフィールド》! 色物パーティに、【万能緩衝盾】の魔法効果!』
【万能緩衝盾】……!
これは勝ったな!
「ウゲェ! 暗くて見ヅレェ!」
「えっへん。ボク暗視持ち」
飛び道具組の二人が、浮かび上がる書物をパンパン撃ち落とす。
実にいい笑顔である。
重ねて思うが、ファンタジー世界で銃刀法だいじょうぶなのか。
オズさんの銃はミニチュアの大砲みたいな構造らしく、銃のお尻の栓を外して、一発ごとに弾を込めて撃っている。栓を開けるときに蒸気の抜けるような音がして喧しい。
「《剣Ⅴ=スピードスター》」
ネルソン君は剣を掲げる。右手付近に剣のアイコンが輝き、足元から青白いオーラが炎のように吹き上がって全身を包む。
ネルソン君は、残像のように青白い稲妻を残して斬り込んでいく。
「うおおおおおおお!! 拳王、《蹴Ⅳ=スライディング》」
人魚さんも、すべりの良くなった水浸しの大部屋に飛び込んだ。
書物の魔物は、紙製品のくせに炎の魔法を撃ち返してくる。一直線に飛んでくるので動けば当たらないが、サッカーボールぐらいの火炎弾が暗がりを照らしながらカッ飛んでくるので無駄に怖い。髪の毛的な意味で。
本で殴るのはちょっと無理か。怪我人がいないので暇だ。
──世界とは鏡のようなもの。それを変えるには貴方を変えるしかない──
一歩動いて炎の魔法を避けながら、ネコジンさんが読んでくれた本の冒頭を思い出す。
あれはどういう意味だろう。
私が魔法を使えば、私の世界は面白くなる? ……違うか。
私が魔法を使えば、世界が私に応えてくれる? ……それっぽい。
「わたしが魔法を使えば、世界がわたしに魔法を使う……? 意味不明か」
『【システム通知】:魔導書の操作が上達し《本Ⅰ》を習得しました!』
《本Ⅰ=デス》 【任意】【対軍】【水雷】【即死】
消費MP10 闇と光の複合魔法で攻撃する。相手は死ぬ。【アトリビュート・アイコン】
なにか頭の良さげな思索をしたら、新規スキルの習得を告げる明示盤が出た。
本デスって駄洒落か。こんなのでいいのか。
しかし意味不明な謎掛けをするなら、『私が世界であり、世界が私なのだ』くらいぶっ飛べば中二病でカッコイイと思うのだが。
『【システム通知】:魔導書の操作が上達し《本Ⅱ》を習得しました!』
《本Ⅱ=ファンレッスン》 【反撃】【打者】【魔法】【痙攣】【放逐】
消費MP102 本で殴って吹き飛ばす。怯ませる。
はい。システムさんエスパーですか。調子こいてすみませんでした。
頭の中を読まれて、私は取り乱した。本を落っことしそうになり、慌てて両手で抱きかかえた。
私は【システム通知】さんを舐めていたようだ。
本で殴るので正解じゃないか!
【マイ・キャラクター】
◆メインアーム:〈素手〉
アトリビュート・スロット1《本Ⅰ=デス》
コモン・スロット2《本Ⅱ=ファンレッスン》
コモン・スロット3《鈴Ⅲ=バリアブルフィールド》
コモン・スロット4《魔眼Ⅲ=無我印》
コモン・スロット5《軽装Ⅳ=メディテーション》
コモン・スロット6《軽装Ⅴ=アルケミースタンス》
《鈴スキル》の一番とニ二番を外して、《本スキル》を二つセットする。
適当にバリアを張っておけば、回復無しでも大丈夫だろう。
現に今も怪我人ゼロである。
「はい、おためし《本Ⅰ=デス》よー」
存在感の薄い白と黒の煌きが、二重螺旋を描いてスウッと魔物に吸い込まれる。
魔物の頭上に、「44」と数字が踊る。
何事もなく、炎の魔法を撃ち返してくる。
……死なないじゃん!
私は姿勢を低くして炎のドッジボールを避けると、移動系スキルを駆使して間合いを詰める。書物の魔物の腹を狙い、背表紙の角の部分で打つ。
「《本Ⅱ=ファンレッスン》!」
ボグッ!
くぐもった音をさせて、魔物が吹き飛んでいった。仲間の魔物をビリヤードのように巻き込んで、頭上に「36」と数字が出たりしていた。
ネルソン君がジトっとした目でこっちを見た。「何やってるんだ」って顔である。
いや、この技は使えるでしょう?
しばし目と目で語り合っていると、横から魔物がやってきた。
ネルソン君は、「ボグッ!」という音をさせて横向きに吹き飛んでいった。
ネコジンさんの【マジカルマネキン】と、拳王《深淵Ⅲ=鉄砲水》をもう一セット使って戦闘が終わった。
「貴重な【魔石】がザックザク~。ネコちゃんお願いネ?」
「大漁ね……」
ネコジンさんが包丁で書物を分解し始めた。結構硬くて大変そうだ。
手のひらサイズの焦げ茶色の物体を回収するのが目的らしい。円形で平べったくて、お高いショップのディスクチョコみたいな外見である。
「【魔石】って、これ?」
「そうそう。取り出さないと重いからネ?」
「わたし《収納術》ぜんぜん空いてるけど」
「女神ちゃんお願いできる? トリマンがいたら《荷役スキル》で余裕なのだけれど」
「これって、どれくらい持てるのかな?」
「私のキャラは六百キロ強。その魔物が二十キロあるとすると、三十一匹でいっぱいね」
「なるほどー」
私は、部屋に散らばる書物を《収納術》に回収した。
濡れた書物は意外と重く、お米の袋を運んでいるような気分だった。
「それはそうと、戦闘の最中にMPが回復しよるのだが。なんじゃこれ」
「えっへん。わたしの《祝福スキル》」
「これが《祝福スキル》か。便利なもんだな」
「敵が中々死ナネェのはソレかよオジョーさま! イヤ別に良いンだが」
「ボスが出たら、祝福なしで」
「はぃ…………」
私は腰を九十度折って深く謝罪した。
書物の魔物の死体は、二十八匹ほど回収したら持てなくなった。ハゲタカの死体は脳筋軍団の《収納術》に収まった。
破壊された家具の散らばる大部屋でお宝を探していた私たちは、要塞全体が震えるような巨獣の咆哮を聞いた。
「ボスが出たらしいぞ! 走るか! トランスフォーム!」
拳王さんは《収納術》から車輪のついたサーフボードを取り出し、腹ばいで飛び乗った。
またギャグか。
色物パーティは、身軽な私を先頭にモンスターの枯れた通路を走った。
分岐点まで戻ると、ちょうど反対側の通路を探索していたパーティの皆さんが出てきた。
「ごきげんよう女神ちゃん! 圧縮ラブPT参上!」
「さっきぶりー」
「女神ちゃん六時門に入り込んだんだっけ? ウチら三時門で離れ離れにゃー」
「《杖スキル》の魔砲はロマンだしな」
「というか早く行きましょう」
「首を洗って待ってろボスゥ」
「え」
圧縮ラブパーティは、要塞の奥へ進む通路になだれ込んだ。
色物パーティもそれに続く。
酷いパーティ名だ。
通路を走っていると、銀色の髪をツインテールにした女の子が話しかけてきた。
「女神たん、大神殿のアレなぁに?」
残像だ!!




