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白い翼のノイシュ  作者: ワルキューレ
『やっぱりゲームだったよ』
26/32

30 冒険者ですが騎士物語です

#30


 宮殿のような白い建物の前で、騎士たちが児童を整列させる。

 オーレリア姉様や、短杖を持った子供たちが列の先頭に立つ。

 騎士の背中に揺れるマントは、ローマ数字の「Ⅵ」に斧と鷲のシックス家紋章を始めとして、様々な図案の紋章が描かれている。鎧の質はまちまちだが、上に着る軍衣(サーコート)とマントで所属を識別しているようだ。

 こうしてよく見ると、騎士の皆さんはずいぶん薄い鎧を着ている。ペラペラの鉄板を全身の曲線に沿って貼り付けて、コスプレ服といった感じである。


 そんな鎧で大丈夫か。


 しかし、しばらく眺めていると、肉体の物量に圧倒されて意外と頑丈そうに見えてくるから不思議だ。ペラペラの水着で人前に出ると、最初は頼りなく感じるが、だんだんオーソライズされて皮膚に防御力がついてるように感じてしまうあの現象みたいなものか。

 紺色のドレスや外套(クローク)を着た小学生くらいの子供たちは、数百人いる割に随分と静かである。オーレリア姉様の学校だけあってエリート校のようだ。逆に保護者の皆さんは騒々しい。


『【システム通知】:イモスナさんからのフレンド申請を許可しますか?』


 ビクッ!

 明示盤が出た。


「スキル構成、回復特化だよね。ものゴッツイ数字が見えてビビッタ。あ、コッチは(いしゆみ)で狙撃キャラです。ヨロシク」


 庭園の芝生に座った【ハナ族】の女性が、ハスキーな声でしゃべりまくる。名乗る暇もなく、いきなりフレンド申請かつ戦闘能力の把握とは、訓練された脳筋である。

 犬みたいな脚で器用に胡坐をかいて、身体が柔らかそうだ。股関節どうなっているんだろう。ビキニの部分以外は毛皮フサフサで、骨格が分かりにくい。


「あはい、そんなとこです」


「おっし、ヒラさんゲットォ! 一緒に生き残ローネ! 詰んでキャラ消そうかと思ったンだが、コイツラがナァァ……」


「ええ?」


 明示盤に触れてフレンド登録を完了した私は、芝生の上で繰り広げられる狂態に目を丸くした。

 上腕二頭筋やら首の後ろの筋肉やらがものすごいマッチョの【ハナ族】が五人。プードルさん二号改めイモスナさんにまとわりついて、「アオンアオン」と哀れっぽい声を上げ始めた。

 イモスナさんは、「甘エンナァ!」と言って殴ったり、仰向けにひっくり返した男性のお腹を撫で回して可愛がったりしている。そして皆でゲラゲラ笑い始めた。なんだか酷い絵面(えづら)であるが、主人にじゃれつく大型犬と考えるとわんこかわいい。


 ……そうか、犬か。一歳か二歳かもしれない。


「モスナさんコイツァ駄目だぜ!」「クセェクセェ! ヒト族の臭いがプンプンするぜ!」「森の臭いもすンぞォ!」「ゲェ! マジカヨォ!」「姐さんに近付くんじゃネェ雑種野郎ォ!」


 まっすぐな気持ちで人種差別、本当にありがとうございました。

 喋る犬は、洒落にならない存在であった。

 お風呂入りたい。

 というか、ハネミミヒト族って雑種なのか。どういう雑種だ。


 そういえば、ハーフは容姿が整っている人が多い印象だが、何かと大変らしい。うちの家系は満州帰りのせいか、ロシア人の血が何分の一か入ってる親戚がいる。

 ちなみに私は、おばあさまの家に行くといつもドイツ製の食器にドイツ料理で、食後はドイツ絵本とかドイツ知育玩具とかだったので、小学生くらいまではリアルドイツ人かと思っていた。おばあさまは放送局のお仕事をしていて、性格がすっごくキツイので、あるとき気になって家系図を調べたら少なくとも四代前まで日本人で、本当にありがとうございました。


「手前ラァ、黙ってろッ! で、シックスさん? は、これからどーすンの?」


「犬! 口の利き方に気をつけなさい!」


 何かのスイッチが入ったオーレリア姉様は、目を三角にして柳眉(りゅうび)を逆立て、イモスナさんを睨み付けた。騎士の皆さんも殺気立っている。

 なんだろうこの面倒臭い状況……。

 話が進まないので、お姉様をなんとか(なだ)めながら、これからの行動方針を相談した。


 ワイバーン、処置なし。今のところ地平線まで姿が見えない。イモスナさんは、「(うるさ)い音だナァ」としか思っていなかったようだが。


 暴徒は鎮圧された。【ハナ族】に混じって【ヒト族】も何人か縛られている。イモスナさんたちは縛らなくていいのか。伯爵家の権力すごいな。


 火災。学院の小火(ぼや)は延焼前に鎮火したようだ。


 やはり、問題は火災だろうか。学院の敷地外、遠くの空に黒い煙がいくつも立ち上がっているのが見える。【ソレラの街】のそこかしこで火災が同時発生しているようだ。

 道路と庭に囲まれた学院は比較的安全そうである。しかし、関東大震災の時に、長さ三百メートル、幅二百五十メートルの三角形の空き地で、四万人の避難民を焼き殺した火災旋風は……。


「コイツラ、火ィつける、火ィつけるって(うるさ)くてサァ……。ムシャクシャしてやった。今は反省シている。そんデ、ワイバーン? ()っちゃウ? おジョーさま」


 おジョーさまは止めていただきたい。

 ジョーの部分だけ裏声で喋らないでっ!


 イモスナさんは、右手でNPCの犬たちを可愛がりながら、左手を自分のアゴに当ててニヤリと悪い顔をした。

 今度私も、オズさんを使って真似してみよう。

 しかし、何だかんだで住民の安否が気になってしまう私である。


「火災旋風って、どう思います?」


「アー、知ッテル知ッテル。311で、ビルより高い火柱が目撃されたってナァ」


「ここ、火事だいじょうぶかな」


「このヘンは貴族の屋敷ばかりでスッカスカだし、大丈夫ッデショ。そんな事よりおジョーさま! オレにクロスボウを撃たせてクレェー! キャラ作って速攻監禁されて、まだ一回も使ったことないンダァー! 撃、タ、セ、ロ!」


「うわあ……それは」


 イモスナさんは、大きなベロを出して「ハッハッ」と息を荒げ、雪を初めて見た子犬のように落ち着きがない。

 期待感に尻尾をピンと立て、可愛く小刻みに振っている。尻尾の長さが私のキャラの腕くらいあるが。


「撃ちたい盛り、ですね。わかります」


「偉いわね、ノイシュ。けれど、今は散歩は駄目よ」


「ウゼェ……」


 イモスナさんと喋っていたら、いつの間にかお姉様が近くにいた。

 お姉様を(かば)いつつ、両手を振って剣呑な目つきのイモスナさんを(なだ)める。

 どうどう!

 筋肉質の【ハナ族】に殴られたら一発で死にそうで怖い。


「火事場泥棒の、見回りは必要かも……」




 イモスナさんは、意気揚々と《収納術(アイテムボックス)》からクロスボウを取り出す。太い棒の先に金属の弓が固定された、全体としては銃のような武器である。

 クロスボウを地面に垂直に立て、鉤爪のついた手と足で器用に引っ張り、「ジャコン!」と小気味良い音がするまで金属のパーツを動かす。

 太矢(ボルト)装填(そうてん)する。


「ジャ! 撃ッテキマース」


「おみやげ……」


 私の提案が採用されて、噴水広場の近くにあるというシックス伯爵家の別邸に、伝令を二騎走らせることになった。イモスナさんと【ハナ族】の皆さんも、徒歩でついていくらしい。

 私も一緒に行こうとしたが、(あらが)いがたいオーレリア姉様の視線に敗北した。


 やっぱりこのゲームはクソゲーである。


 短杖を持ったオーレリア姉様を先頭に、移動が始まった。

 学院の内部は、無駄に豪華な劇場か映画館といった雰囲気である。玄関ホールに入って直ぐ右と左に上り階段があり、湾曲しながら上っていって、二階部分で一つに繋がる。豪華だが意味不明の構造である。

 玄関ホールの正面には、何段か階段を下りて、まっすぐの廊下が見える。赤絨毯が敷き詰められ、金箔で縁取られた白い壁には肖像画が掛かっている。

 私たちは、下の廊下を無言で進んだ。華美な装飾はともかく、分厚い壁で覆われているので、ワイバーンが襲ってきても大丈夫かもしれない。

 廊下を曲がり、美術館の展示室のような教室に辿り着く。児童は迷わず席に着いた。保護者の皆さんは、別室に入っていった。

 そして、私はお姉様に手を引かれ、教壇に立った。すごく注目されている。

 教師はどこだ。


「わたくしは快癒(かいゆ)しました。もう大丈夫。皆には心配を掛けましたわね」


 五十名程の児童を見渡し、そう宣言するお姉様。堂に入った挨拶であった。

 そういえば病気でしたねお姉様。

 声援が上がる中、緊張した面持ちで白金の髪の男の子が席を立つ。ゆっくりと歩み出て、教壇の前で(ひざまず)く。


「お嬢様のお姿が目に飛び込んだその時に、永遠の斧槍(ハルバード)(わたくし)の胸へと突き刺さりました。誠の奉仕(ミンネ)を捧げずには、死ぬことも叶いません。不肖の身ながら姫君に、ご挨拶の許可を頂きたく」


 見られている。

 私は硬直した。

 再起動して、オーレリア姉様のほうを見ると、いい笑顔がそこにあった。


「良いでしょう。此方(こなた)の姫の前に(ひざまず)き名乗りなさい」


 このお姉様、ノリノリである。


「バレンティンの子エイリーク。未だ差し()かぬ身なれど、白金の君に誠の奉仕(ミンネ)を捧げることをお許し下さい」


 ものすごい情熱的なNPCである。何をどうすればいいのか分からない。

 助けて!

 困った私は、腰を少し落として、名前を告げる。


「……ごきげんよう。シックス伯爵の娘ノイシュ、と申します」


 あとは何と言えばいいんだろう?

 こんな時、いつも面白半分に変なクエストを投げてきていた【システム通知】の反応が無いな。とうとう死んだか。


 教室が黄色い嬌声で満たされる。押し殺した声で「ひゃぁぁぁ」とか叫んでいる女の子がいる。

 気が付いたら、騎士が貴婦人の手の甲にするアレをされていた。


 ひゃあああ?


「タダイマー!」


 イモスナさんのハスキーな声が響いた。

 早いですねイモスナさん。ちょっと聞いてくださいよイモスナさん。


 教室の出口を見ると、【ハナ族】の皆さんが十人に増えていた。



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