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白い翼のノイシュ  作者: ワルキューレ
『これはゲームではない』
21/32

25 女神ですが鋼鉄の戦士ですよ

#25


「むりむりむりむりのむりっしゅ!!」


「がんばってノイシュ!」


 悲鳴に近い声を上げる私を気遣い、お祈りポーズで見守るオーレリア姉様。両手を硬く握り締めている。

 縦にパックリ二つに割れた金属の甲冑が蝶番(ちょうつがい)で連結され、アジの開きのような感じでブラ~ンと吊られている。

 対角ウサギ用決戦兵器「黒猫メイル」とかいう代物らしい。全長1.8メートルの黒いプレートアーマーのような外形(がいけい)だ。

 私はソレに詰め込まれつつある哀れなテストパイロットである。


「ちょwww 痛! いたたたたた!」


 今の私は、カエルの標本みたいな格好だ。ボクシングのファイティングポーズを取って椅子に座り、手足を横に百八十度開いたら丁度そんな体勢になる。いや足は百五十度くらいか。最終的には百八十度まで広げるらしい。ちなみに今着ているのはドレスではなく、魔導ハーネスというネコジンさん謹製の黒い全身タイツ。このまま出歩くのはちょっと勇気がいりそうだが着心地はいい。巨大人型兵器のパイロットが着ていそうな、未来っぽいデザインのボディスーツである。こういうのって洗濯どうするんだろう。裏返して洗濯ネットか。

 ネコジンさんは、ドレスのリフォーム作業を続けながら、(あき)れ顔で鋼鉄の筐体を一瞥(いちべつ)した。


「……ちょっと、大丈夫なの?」


「ボクの設計に狂いナシ! 大丈夫ダヨ? ほら、あとちょっと。あと五センチ」


 オズさんはいい笑顔で、私の(ひざ)をギュウギュウと押さえつける。股関節が悲鳴を上げる。両手と左足は既にベルトで固定され、残すは右足のベルトのみ。


「ノイシュは身体が硬いのかしら」


 いやいやそんなことはありませんお姉様。ふつーです。


 オーレリア姉様が、オズさんの背後からひょっこり顔を覗かせる。小動物っぽく可愛らしい仕草である。ちなみに、瑠璃の髪に合った青いボディスーツを着ている。ネコジンさんに手渡されてすぐに着替え、それからはもう笑顔満面が止まらない感じだ。ネコジンさんへの尊敬というか敬愛というか、懸想(けそう)が激しい。


「腰の角度を変えてみたら?」


 ネコジンさんまで縫製の手を止めて近寄ってきた。

 言われてみればそうかもしれない。もう少し楽な角度があるのかも……。

 私は、蝶番(ちょうつがい)を覆う細いクッションに背骨のラインをピッタリつけて、お尻を浮かせたり腰を反らせたりしてみた。


「オズ様! ストレッチでしたら、学院で聞いたやり方がありますわ!」


「なになに? ちょっと試してくれるカナ?」


 オズさんは私の足を押さえたまま左に避けて、オーレリア姉様に場所を譲った。

 お姉様の手が、私の脇腹に伸びる。


「んふぅぅぅwwwwww」


 くすぐり攻撃で力が抜けた拍子に、ゴキッとにぶい音がした。HPがゴリッと減った。


 ギャー!! 痛い痛い痛い痛い痛い!!

 ……これアカン奴じゃないの!?!? 良い子はマネをしないで下さい。

 さっきお手洗いを済ませておいて良かったと関係ないことを思う私であった。


 つつがなくベルトを締め終えたオズさんは、手を合わせてパチンと拍手(かしわで)を打ち、甲冑に命を吹き込むキーワードを叫ぶ。


「いくよー? 黒猫メイル、起動!」


 「ヴゥゥゥン」と低周波音が響く。甲冑が閉じていく。私の両手両足もぴったり閉じる。……さっきの股裂きに何の意味が!? 設計がおかしいのではないだろうか。股関節がズキズキする。

 闇に閉ざされた視覚が回復し、ニマニマ笑っているオズさんが見えた。


「オー……ズー……さぁぁぁん!!」


「アッ嘘やめて? それ握力2500キロォォ!!」


 天井の(はり)から下がったロープがプチプチと外れ、黒猫メイルは野に解き放たれた。

 オズさんは隣の部屋へすっ飛んで逃げた。


「ああ、着替え終わったか。入るよ」


 トリマンさんが蹄をパカパカさせて寝室から出てきた。執事のエトじいと世間話をしながら暇潰ししていたようだ。


「よく入ったねぇそれ。オズの骨格に合わせて作ったはずだが」


 トリマンさんは褐色のたくましい腕を組み、首を傾げた。

 オズさんは目を(およ)がせた。


「オズさんとは一度話し合う必要がありそうですね……」


 私がオズさんと戦っている間、オーレリア姉様は目新しい服に大はしゃぎであった。


「エトじい! ノイシュとお揃いよ! 着心地いいのよ! 似合うかしら?」


「よくお似合いでございますお嬢様」


 執事さんは眉ひとつ動かさず、打てば響くように答えた。貫禄のある渋い声だ。

 しかし、ファンタジー世界にはちょっと厳しい格好である。子供に着せて保護者に見せるのは流石に不味かったのではないだろうか。もう遅いか。オズさんたちのNPC好感度が下がらないことを祈るばかりだ。手遅れだけど。




「ちわ。オズ居るか」


 NPC工房の玄関がガチャリと開いた。扉の向こうに、鋼の鎧を装備した筋肉質の戦士が現れた。


「やあ、ネル君。オズは奥にいるよ」


「そか」


 ネルソン君がやってきた。トリマンさんが馬の足でパカパカ歩いて、ネルソン君を歓迎している。

 オズさんが真面目に仕事をやり始めた。武器の修理を約束していたらしい。


「お兄様! 今日は此方(こちら)にいらしたのですね!」


「げっ……あ、うむ」


「あっ、ネルソンくーん! 今朝ぶりー♪」


 ガション! ガション! ガション!


 なんだか久しぶりにネルソン君を見た気分だ。ちょっと嬉しくなって、玄関に駆け寄った。重い金属の足音が響いた。

 ネルソン君とオーレリア姉様は、ギョッとした顔で振り返った。


「ホイ修理できたよ? あ、黒猫メイルの六十分連続稼動もデキてるね? ボクのMPじゃあんまり保たなくってサァ。【魔石】のストックも少ないし、MP回復も面倒だし助かったヨ?」


 ハンマーでカンカンやっていたオズさんが戻ってきた。両手で抱えて持ってきたのは、角ばったシンプルなデザインの鋼の剣である。


「黒猫メイル、停止!」


「いぎぃぃぃぃぃ」「きゃあ!」


 いきなりバカッと黒猫メイルが開いて、私は再びカエルの標本になった。ゴリッと嫌な音がした。

 オズさんは肉球の手を器用に使い、私の手足を固定するベルトを外していった。


「あうっ! う、うう、くっ、……オーズーさぁぁぁん!」「ノイシュ? だいじょうぶ?」


 ……もうやだこれ。

 リアルなら致命傷だった。股関節が破壊されたら何も出来ないよ!? 首やら腰やらも同じだけど!


「いやほら……、ボク身体柔らかいし?」


 ガニマタの見事な猫立ちで、足を百八十度に広げている。


「すまんが、落ちる」


 涙目でオズさんを責めていたら、ネルソン君がにげだした。

 ジュリアス君があらわれた。

 ジュリアス君は、床にペタンと座る私を気構えなく抱き上げた。


「これは我が家のお姫様方。お揃いの珍しい装束(しょうぞく)で、どうしたんだい?」


「お兄様! 聞いてくださいませ! この戦衣(いくさごろも)は、ネコジン様が手ずから編まれた特別な鎧下(よろいした)ですのよ! とっても着心地がいいの! この度は、我が家の食客(しょっかく)として、皆様をお招きすることになったの!」


 ジュリアス君とエトじいは、一瞬のアイコンタクトで状況を確認したようだ。腕に抱いた私の顔もチラリと窺い、それから生産トリオの方を向き直った。


「そうか。であれば僕も手伝おう。シックス家の者として皆さんを歓迎します」




 オズさん達の引越しは無事に終わった。たしか敵国の捕虜だか奴隷だかの扱いだったはずだが、こんなに緩くていいのだろうか? まあなるようになるか。

 ちなみにトリマンさんは、サラブレッドとポニーの中間くらいの体格で、体重が三百キロはあるので馬車には乗れなかった。麻袋を被って自走した。人間部分を隠せば、首が長くて不気味な馬に見えないこともない。

 お城のNPCの好感度については、メイドのアリーさんの服をネコジンさんがちょっと弄ったらイチコロであった。


 シックス伯爵のお城には、八年前まで職人の家があった。市街地側の城壁内部にある部屋で、3LDKマンションの壁をぶち抜いたくらいの広さがある。作業部屋は天井が高く、二階まで吹き抜け。旧式の炉が埃を被っている。天井付近に明かり取り用の小さな鉄格子はあるが、城壁内部なので窓が極端に少ない。他に十畳間くらいの広さの雑魚寝部屋もあり、その二階部分はロフトとして使えそうだ。倉庫だったようだが今はガランとしている。

 お手洗いは、歩いて三十秒のところにある共同トイレ。人目の多い中庭を通らなければ行けない点が微妙である。馬の世話をする見習い騎士や、小間使いなどがよく歩いている。

 お風呂は無さそうだ。前の工房では、外から見えない小さな庭に《収納術(アイテムボックス)》の異空間から浴槽を出して、《給湯》でお湯を張っていたらしい。《給湯》って万能すぎではないだろうか。排水溝さえ何とかすれば、どこでもお風呂に入れちゃう。人魚のマーシャちゃんと一緒に《深淵Ⅳ=間欠泉(ゲイザー)》を目指して頑張っている最中だけど、私も《給湯》欲しい。




「ねえさま……」


 天井を飾る小鳥と星の刺繍に見守られ、私はオーレリア姉様を見守る。月明かりに照らされた寝顔は、一日前とは別人のように穏やかに見える。この子には不思議な親しみを感じる。

 病気が治ってよかったね!

 眉毛の高さで綺麗にそろった前髪を上げ、おでこにキスをした。

 激動の一日だった。


 婦人の塔から脱出するのは困難である。四階の侍女部屋は廊下を通るだけだが、三階の炊事場と二階の小間使いの大部屋には人が居るかもしれない。渡り廊下で婦人の館まで行けば、女騎士の個室が並ぶ廊下は余裕そうだが、本館に繋がる唯一の扉は二人の女騎士が不寝番(ふしんばん)で二十四時間詰めている。

 子供部屋の出窓は嵌め殺しのガラス窓。他の窓はだいたい鉄格子。何か使えるスキルはないか。朝まで待つべきか。しかし一晩たっぷり寝たら、白い空間に一ヶ月くらい拘束されそうで怖い。そんな記憶がある。超ブラックですわ!

 ……とりあえず、水を飲む名目で炊事場に行こう。


「みずー。みみずー」


 炊事場には誰も居なかった。窓には鉄格子が嵌っている。ぐりぐりねじって回しても取れそうにない。

 私のキャラは鳥目で夜目が効かないと思っていたけれど、何だか見えるようになってきた。壁や床は見え難いが、生き物はよく見える。ハネミミヒト族とかいう頭の悪そうな種族名が影響しているのかもしれない。キャラクター・レベルに付随して種族能力も上がっているのかも。

 明かりは、地下水路探検のときにネコジンさんが使っていた《吐息Ⅵ=魔神砲(ガイスト)》という技を一応セットしてある。何でも燃やせるレーザーブレスみたいな技だが、羽根から拡散レーザーのように噴出するので、怖くてあまり使えない。射程を短く加減しても羽根が燃えそう。


「鉄格子を焼き切るか。でも壊しちゃうのはねー……」


 私の腕ほどもある頑丈そうな鉄の棒が、縦と横に一本ずつ嵌っている。捻って回すことは出来るが、外壁にガッチリはめ込まれていて、外せるほど立て付けは悪くない。

 何か使えるアイテムでもないかと《収納術(アイテムボックス)》で虚空に穴を開けて覗き込む。

 いきなり手が滑って落っこちた。窓を見上げると、鉄格子が一本消えていた。


 ……バグ? またバグ? 仕様? まあいっか。


 《収納術(アイテムボックス)》の異空間に鉄の棒を仕舞って、窓を抜けて、鉄の棒を戻す。うん、完璧。

 とりあえず、夜の空を舞い上がって、婦人の塔の屋根に下りた。

 雲ひとつない月夜である。夜の風は肌寒い。実在世界(リアル・ワールド)では蝉がミンミン鳴いているのに。

 私の格好は、ネコジンさんから貰った黒いボディスーツ。寝る前にメイドさんからドレスを剥ぎ取られて、着替えは何処にしまってあるのか分からない。透け透けのネグリジェで出歩くよりはマシだろう。

 東側の出窓をちょっと覗いて、私は塔を飛び立った。


 月夜の空を飛行する。スキルの影響か、飛んでいる間は風の冷たさを感じない。

 目的地は大神殿、最奥(さいおう)。サンクチュアリ。

 戦術目標は【青色水晶(セルリアナイト)】の真祖キャラクターへの融合。最悪でも伝言。

 戦略目標は奴隷解放。




 【ソレラの街】の真ん中には、白い石畳の噴水広場がある。西側には白亜の城を乗せた丘。東側には東西に長く白い荘厳な建物。

 大神殿の正面(ファサード)には、バラ窓と呼ばれるステンドグラスが時計塔の文字盤のように刻まれている。バラ窓の下にあるのは、アーチを描く正面玄関。


「おはよう」


 大神殿の扉は開いていた。


「やっぱり、来たか」


 ネルソン君と、警備の白騎士があらわれた。



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