23 女神ですが転生の仕事ですよ
#23
生殺与奪の権を握られる。後はいつでもどこでもお好きなように、奪われて汚されて殺される。海外ではよくある事案だ。
一般ピープルとは、お偉いさんの所有物のこと。人権は無い。お偉いさんとは、閉鎖住宅の門を出たら暗殺される生き物のこと。救いは無い。
文明国は存外に少なく、世界は野蛮に満ちている。
『【システム通知】:再びお目にかかれて光栄に存じます。こちらでのご挨拶は十二回目となります。【システム通知】でございます。女神様が呼び出すシステムメニューの管理を一任されております』
『……どちらさま?』
『【システム通知】:うるさいバグ修正されろ』
『うっわ、多重人格』
『【システム通知】:…………』
【女神】は今日の出来事を振り返る。
結局、抱き合って座り込んで動けなくなったオーレリア姉様と私は、数え切れないほどの騎士やら使用人やらに取り囲まれて保護されることとなった。
小さい頃に無断で外に遊びにいって、警察を巻き込んだ誘拐騒ぎにまで発展した時のことを思い出した。変な汗が出た。古代ギリシャっぽい白い一枚布を巻いているだけなので、つつーっと背中に汗が落ちて不快指数が急上昇した。
『【システム通知】:五分後に転生ターゲットを解凍します。フォーカスを準備してください』
【女神】は気を取り直して回想を続ける。
それから、メイドさんに婦人の塔へと連行された。容赦なく裸に剥かれ、全身を磨かれた。加減を知らないタオル攻撃が痛かった。髪の毛をぎゅうぎゅうに編み込み、結い上げられた。
純白の羽根も見られてしまったけれど、反応がなくて不気味だった。着替え担当のメイドさんには、事前になにか話が通っていたのかもしれない。
アリーさんだったか。一分の隙もないメイド服を身に纏ったぽっちゃり系の金髪美人。城内の誰よりも、ぶっちゃけ貴族っぽい上品なイメージのおばさま。NPCが多すぎていちいち名前を訊ねたりしていないのだけれど、アリーさんだけは衝撃的なエピソードのお陰で覚えてしまった。キレイな羽根を見たら毟る、トイレのトイレの……。
「結構でございます。どうぞ此方までお出でになって。両手は自然に下ろして。左様でございます。それでは、わたくしが八つ数える間に、二つの動作を心がけて下さいまし」
……ああ、喋り方まだ覚えてる。声が聞こえてくるようだ。
アリーさんの慇懃なマナー指導は厳しかった。ついでに髪の生え際と襟足がひっぱられて痛かった。お姉様はふつうに髪を肩に垂らしていたので、弄られないためのセミロングなのかもしれない。
『【システム通知】:三分後に転生ターゲットを解凍します。フォーカスを準備してください』
【女神】は緊張してきた。
人魚の泉で融合した“私”にとっては手馴れたお仕事なのだが、オーレリア嬢の妹君にとっては不慣れな肉体での初仕事なのだ。
「《整髪》!」
じんわり汗が出て気持ち悪かった頭がすっきりした。
髪の色は元キャラと同じプラチナブロンド。癖のない長い髪がお尻のあたりまでまっすぐ伸びている。これは椅子に座ったら不意打ちで引っ張られて痛いやつだ。この場には椅子もなにもないので、立っているしかないのだが。
『【システム通知】:二分後に転生ターゲットを解凍します。フォーカスを準備してください』
【女神】は自分の体を見下ろした。
キャラクリ失敗だ。メロンがふたつある。これ絶対バカにされるやつだ。子供キャラで調整したらごらんの有様だよ! 頭二個分の重量感……ケルベロスかな? 胸のスライダーが天元突破してる。
しかし、純白の翼が生えているのは幸いだった。羽根さえあれば生きていける。戦略目標の九割は達成された。お尻の上あたりの布地に穴があって、羽根はそこから通す構造のようだ。隙間の部分は、ウエストに巻いた帯の下に挟みこんで誤魔化している。引っ張ってズリ落ちたらヤバそうだなこれ。
『【システム通知】:一分後に転生ターゲットを解凍します。フォーカスを準備してください』
『【システム通知】:おい早くしろ』
『あ、はいはい。《賢者Ⅵ=クリエイション》』
世界憲章に記された【女神】の権限により、オブジェクト生成が命じられた。
霧のたちこめる床の上に、石の柱が生えた。
生えたばかりなのに苔むして、やけに年季が入っている。無骨な柱の先端には石の球体が乗っけてあり、過剰なエフェクトで電気ビリビリ。ビバ洋ゲーって感じである。
これはないんじゃないの? と眉をひそめたら、石の柱が消えて、聖なる泉が出現した。人魚さんの住処を小さくしたようなかわいい泉だ。水面にちょっと浮いて立つような感じで、動くたびに波紋がコポコポと広がる。かわいい。
『おー、いいかんじ』
『【システム通知】:余計なことをするなゴミ虫』
『【システム通知】:m.blu.0001.025042を解凍しました。ステータス詳細は霊子ヒステリシスを確認してください』
水面の遥か下には、宇宙が見える。星が見える。
星のひとつがものすごいスピードで近付き、水面を越える。
光が溢れた。
「あなたは死にました。まずはお悔やみ申し上げます」
「……はい?」
裾が裂けてボロボロのローブを着た男のひとが、困惑した表情を浮かべている。
私も困ってしまう。
中年というには早い、細身のインテリっぽい人だ。頭良さそう。
『《賢者Ⅰ=ステータス》』
『【システム通知】:
◆アバター:フィリップ
レベル:15
種族:ヒト族 職業:オーブン職人 年齢:28 性別:♂
HP:-90/894 死因:戦死・外傷性ショック
MP:820/850
身体:《筋力C》《耐久D》《感覚B》《反応E》《知力AA》《精神D》
技能:《大工Ⅲ》《槌Ⅱ》《錬金Ⅱ》《戦技Ⅰ》《星気Ⅰ》
権能:《人界語Ⅵ》《魔界語Ⅵ》《樹界語Ⅱ》
称号:【勇気の匠】【愛の鉄槌】【希望の錬金術】【語学博士】
◆アイテム:0% 所持金:なし
装備:〈幽霊ローブ〉
◆メインアーム:〈素手〉
アトリビュート・スロット1《槌Ⅰ=デトネーション》
コモン・スロット2《槌Ⅱ=ワイルドブロウ》
コモン・スロット3《大工Ⅱ=構造計算》
コモン・スロット4《大工Ⅲ=修理》
コモン・スロット5《錬金Ⅱ=物質の理》
コモン・スロット6
◆エンティティ:m.blu.0001.025042
過去:《大工》 現在:《槌》 未来:《錬金》
ST:126/382
筋力: 9 攻撃:229 攻撃力:244
耐久: 6 防御:201 防御力:196
感覚:12 命中:258 貫通力: 32
反応: 5 回避:191 緩衝力: 34
知力:23 魔法:356 魔法力:310
精神: 8 神霊:220 神霊力:205
要求性能をクリアしています』
職人というのは予想外だが、見たまんまだった。頭いいな……。
隠しステータスとかあったのね。数字がどれくらいなのかわかんないけど。
『ちょっと試しに、《賢者Ⅰ=ステータス》』
『【システム通知】:
◆アバター:シックス伯爵令嬢ノイシュ
レベル:100
種族:ハネミミヒト族 職業:女神/貴族 年齢:8 性別:♀
HP:1106/1106
MP:3390/3390
身体:《筋力E》《耐久D》《感覚A》《反応S》《知力D》《精神SSS》
技能:《祝福XIV》《飛行XIV》《風纏Ⅵ》《聴覚Ⅱ》《森羅Ⅱ》《魔眼XIV》《疾走XI》《吐息Ⅵ》《蹴Ⅶ》《水泳Ⅳ》《深淵Ⅲ》《殴Ⅵ》《軽装Ⅵ》《斧Ⅰ》
生活:《整髪Ⅱ》《日焼止Ⅰ》
権能:《樹界語XII》《人界語Ⅳ》《賢者Ⅵ》
称号:【■■■■】【■■■■■】【癒しの天使】【人界の斧聖】
◆アイテム:2% 所持金:27ジェイド
装備:〈白鳥の羽衣〉
収納:〈魔導ハーネス〉〈ヒレ族の服〉〈ヒレ族のビキニ〉〈鉄の戦斧〉〈寝巻〉〈スリップ〉〈ブラ〉〈パンツ〉〈ポケットティッシュ〉〈宝石の詰まった袋〉
◆メインアーム:〈素手〉〈キック〉
アトリビュート・スロット1《祝福Ⅰ=武運長久》
コモン・スロット2《祝福Ⅱ=交通安全》
コモン・スロット3《祝福Ⅲ=無病息災》
コモン・スロット4《祝福Ⅳ=商売繁盛》
コモン・スロット5《祝福Ⅴ=家庭円満》
コモン・スロット6《祝福Ⅵ=天壌無窮》
◆サブアーム:〈素手〉〈キック〉
アトリビュート・スロット1《水泳Ⅰ=水中適応》
コモン・スロット2《水泳Ⅲ=蹴伸》
コモン・スロット3《深淵Ⅱ=銀明水》
コモン・スロット4《深淵Ⅲ=鉄砲水》
コモン・スロット5《殴Ⅴ=ベアナックル》
コモン・スロット6《蹴Ⅲ=サイドキック》
◆メインアーム:〈素手〉〈キック〉
アトリビュート・スロット1《魔眼Ⅰ=行逢神》
コモン・スロット2《疾走Ⅱ=疾駆》
コモン・スロット3《吐息Ⅱ=風神砲》
コモン・スロット4《吐息Ⅵ=魔神砲》
コモン・スロット5《蹴Ⅱ=ステップキック》
コモン・スロット6《飛行Ⅵ=臨界推進》
◆サブアーム:〈素手〉〈キック〉
アトリビュート・スロット1《祝福Ⅰ=武運長久》
コモン・スロット2《祝福Ⅱ=交通安全》
コモン・スロット3《祝福Ⅲ=無病息災》
コモン・スロット4《祝福Ⅳ=商売繁盛》
コモン・スロット5《祝福Ⅴ=家庭円満》
コモン・スロット6《祝福Ⅵ=天壌無窮》
◆エンティティ:m.blu.0001.079103
過去:《祝福》 現在:《祝福》 未来:《祝福》
ST:1378/1378
筋力: 3 攻撃:251+323 攻撃力:362+323
耐久: 6 防御:292+143 防御力:534+143
感覚:19 命中:473 貫通力: 40
反応:43 回避:700 緩衝力: 34
知力: 7 魔法:306+114 魔法力:390+114
精神:66 神霊:860+399 神霊力:780+399
要求性能を満たしていません』
……なんだこりゃ? 微妙に参考にならない。レベル100ってどういうこと?
というか、私の知力低すぎぃ!?
それはともかく、人魚の泉で生活していた“私”は、頭の出来がずいぶん違ってたような気がする。どうして差がついたのか……。経験。危機感。環境の違い。
「フィリップさん。あなたは強大な能力を与えられ、異世界に転生することが出来ます。また、記憶を消去されて【人界】に生まれ直す選択もあります」
「ちょっと待ってください! どういうことですか? 貴方は……?」
「ここは転生空間。安らかな魂が訪れる場所。私はここを司る女神です」
まだ混乱しているようだ。乱暴な人じゃなくてよかった。
「すると……私は、死んだのですか? 助けて下さい! 妻と幼い娘が待っているのにあんまりだ!」
「それは……」
無理でしょう。無理じゃない? 助かるなら助けたい。やりがいの無い仕事だ。……鬱だ氏のぅ。
暫く言いよどんでいると、決意を固めたフィリップさんは意を示した。
「……わかりました。それでも僕は、家族が暮らす【人界】に生きたい……」
『【システム通知】:m.blu.0001.025042を【人界】に転生させますか?』
明示盤に選択肢──【はい/いいえ】──がある。
苦渋の選択である。
……仕方がない。気は進まないが、【はい】を押そうと手を伸ばす。
すると、手が触れる前に、明示盤が消え失せた。
「……あれ?」
「うああああぁぁ────!?」
『【システム通知】:おいウジ虫。今何をやりやがった?』
フィリップさんは、足を踏み外して、水の中に落っこちていった。
水面にプクプク小さな泡が浮かんで消えた。
『【システム通知】:m.blu.0001.025042の反応をロスト。全方位走査を行ってください』
『【システム通知】:《賢者Ⅱ=ワイドサーチ》だ早くしろ。権限よこせコラ』
『じぶんでやりますよ。《賢者Ⅱ=ワイドサーチ》!』
目の前の景色が嘘っぽいワイヤーフレームに置き換わり、光に満ちた宇宙空間のようなものが三百六十度、全天全地に展開、表示された。所々に明示盤らしきものが見える。いや、認識した光の点には全て明示盤が付いている。
この景色は、原初の海と呼ばれるものらしい。私を示す星のまわりを【システム通知】が衛星のように回っている。星の表面には、もう一匹の【システム通知】がペタンコになって張り付いている。シャボン玉のように膨れた【システム通知】の内側に私が入っているイメージが近いか。
なかなか綺麗な光景だ。
『なーんだ。フィリップさんは【人界】に居るじゃないですか』
『【システム通知】:なにも見えない。おまえも見えない。消えてしまえ』
口の悪いのがシャボン玉【システム通知】ちゃんのようだ。となると、人間味の薄いのが衛星の方か。
この世界の住人は、もれなく奴隷である。目的に合った仮想の肉体を与えられ、十分に育てば出荷される。よくもまあ日本国内に作ったものだ。奴隷牧場でゲームプレイとはクレイジーすぎる。
二百人くらい転生チェックを行い、殆どは要求性能とやらを満たさなかった。休憩時間十五分を含めて一人あたり二十分の簡単なお仕事である。細切れの休憩を挟んで、ぶっ続けで三日間。これは酷いブラック企業デスネ。
なんでも、融合前の“私”の記憶によると、【女神】の仕事をサボったら存在を消去されるらしい。奴隷か。奴隷女神か。私ピンチ。
ちなみに、一人を除いたほぼ全員が、同じように泉の下に落ちていった。没収用BGMが鳴りそうな感じだった。
唯一、人魚さん三十九歳(マッチョ☆ダンディ)が、水の中を進む馬車の御者? に転生していった。即決即断のナイスガイだった。与えられた強大な能力は、人類を滅亡させられる神の火。詳細は不明。
お昼寝の時間が終わり、私は起こされた。私はノイシュ。奴隷女神は夢の中。
お昼に食べたはずのジャガイモの冷製スープの味がぜんぜん思い出せない。
先に起きていたお姉様は硬い表情。なにも喋らない。……こんなに暗い性格だったっけ?




