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白い翼のノイシュ  作者: ワルキューレ
『これはゲームではない』
17/32

21 女神ですが冒険の時間ですよ

#21


 【三時門検番】詰所の朝は早い。領民からの陳情書を分類し、事前調査が必要か否か協議し、調査報告書を作成し、領主の許可が下りたものについてはクエストとして発行する。パン屋が店を開ける頃には正面扉が開く。

 クエストを受けられるのは、三時門検番所属の【冒険者】だけである。精霊憑きが望んで所属することもあるが、冒険者の殆どは力自慢の荒くれ者だ。なんといっても、朝から酒が飲めるのはここだけなのだ。

 基本的に彼らは素行が悪い。朝から晩まで集団で騒ぎ、見つからなければ犯罪を犯す。自ら徒党を組んで暴れることが少ないのは、冒険者を続けたほうが楽だからである。街を追放されたら、化け物に食われて死ぬしかない。


 精霊憑きの冒険者は、独特の行動原理で動く。穏やかな性質の者が多いとはいえ、立派な狂人だ。大人が癇癪(かんしゃく)を起こし、子供が老獪(ろうかい)になる。時には命の危険を無視して、常識外れの珍事中夭(ちゅうよう)に遇う。好奇心を満たすために竜の尾を踏み、巻き込まれるのは一番近くにいる者たちだ。

 どこかの伯爵家の次期当主が発狂したという噂もある。関わらないように震えて祈るしかない。

 我らの敵を遠ざけ給え!


「怪獣討伐なんテ、本当に出すんですカ?」


「領主様の印があるもの。出すしかないわ」


 ハナ族の女給が尋ね、ヒト族の窓口係が答える。

 窓口係が眉間にシワを寄せながらアゴをしゃくると、犬顔の女給は尻尾を垂らして不安そうに耳を伏せ、羊皮紙の入った平たい箱を持ち上げた。


「同胞が死なないナら良いんですけどネ」


 ハナ族は二重構造のモコモコの毛皮に覆われた肉体を持つが、接客する女性は屈辱的に短く刈られることも多い。白銀の色味が抜けたアンダーファーは刃を防げず、白く柔らかで無防備だ。ビキニサイズが一つ変わってしまうし、雨に降られると直ぐにビショ濡れになる。

 女給は羊皮紙の入った箱を壁際まで運ぶと、一枚ずつコルクボードにピンで留めていく。絵馬のような五角形にカットされているため、文字を読めない者でも間違えずに貼ることができる。

 面倒な冒険者がいない時間帯は楽だ。朝から飲んだくれて動かないチンピラは昼まで手が掛からないし、頭のおかしい冒険者は決まって夜に来る。日勤と夜勤の二交代制である窓口係が羨ましい。


「こんにちわwww♪ おねーさんっ☆」


 女給の尻尾がピンと立ち、ブワッと膨らんだ。生理的現象なので仕方がない。気さくに【ハナ族】に声を掛けるのは、決まって頭のおかしい【冒険者】なのだ。


「いらっしゃいまうぇエエエエエエエ……」


「今日も整えてあげるねっ! 《整髪》《整髪》ぅ」


 長い髪を二つに分けて垂らした銀髪の少女は、女給が振り向く間も与えずに尻尾を握り締め、冒険者の技を使う。敏感な部位を無理やり整えられ、女給は悶絶してへたり込む。痛みやすいアンダーファーがツヤツヤの毛並みに復活するので、苛立たしくも嬉し恥ずかしい複雑な気分になる。

 精霊憑きの関わる事には、【ヒト族】の窓口係も口をはさまない。というより、まともな者は見て見ぬふりをする。


「ぬぅん? なんだぁ?」


 ヒト族のチンピラが赤ら顔で振り向き、銀髪の少女を見て顔を青くする。


「ミ、ミ、ミミガーサマ! 申し訳ゴザリ……ます。はい」


「う~ん? なんで謝ってるのかにゃあ~?」


 愛らしい顔を歪めてニタッと嗤う。ハナ族の女給はこれ幸いと、生贄を残して店の奥へ退避する。窓口係も準備中の札を立てて見ないふりだ。


「あそこ、ホレ……。おもしれぇクエスト、ありますぜ」




 怪獣討伐クエストが発生したのは、正午を回ってからの事だった。

 【三時門】を支配する伯爵閣下の騎士によって、詰所の裏口が開け放たれる。裏口を抜けると、伯爵の居城を仰ぎ見る中庭に出る。城の左側には四角いビルのような主塔がそびえ立ち、その白壁にはローマ数字の「Ⅲ」と、図案化された長杖と、角の生えた馬の頭を組み合わせた紋章が掲げられている。塔の下を潜れば、街の外へ通じる門扉(もんぴ)だ。


 大きな三角の旗を掲げ持った騎士が、巨大な門扉の前に立つ。

 集まったのは幼い子供ばかりだ。頭のおかしい【冒険者】だ。見かけによらず、比類なき力をもつが、狂人である。時折ふざけ合ってキャッキャと笑う度に、騎士の胃が痛む。設備が破壊される度に頭髪が薄くなる。


『うはwwwこのへん臭っwww』『かぐわしいドブ臭』『馬糞の臭いがする』


 幼い冒険者たちは珍しく静かだ。可愛らしい鼻をつまんで、顔をしかめている。

 旗を持った騎士は、少しだけ機嫌を良くしてクエスト開始の宣言を行った。


「三時門検番、巨獣討伐隊! これより出発する! 開門!!」


 ジャリジャリ、ギリギリと金属の軋む音が鳴り響く。主塔の基部に鎮座するタルのような大きさの巻上機(ウインチ)が回転し、二本の鎖を巻き取っていく。鎖は金属板の地下部分に接続し、シーソーの片側を引き上げる。

 幅六メートル、高さ十メートルの継ぎ目のない金属板が、ゆっくりと向こう側へ倒れる。門扉がそのまま跳ね橋となる構造だ。


『みなぎってきたwww』『臭っ』『ヘドロォ』


 市壁の外側を囲うお堀は、ヘドロの詰まった十メートルの溝だ。暗緑色によどんだ水は殆ど枯れている。向こう岸の土手は、湿った黒い土がむき出しである。腐敗臭が漂い、落ちれば病気になりそうだ。

 跳ね橋を渡ると、まっすぐ街道が続いている。周囲には複雑に絡み合った茶色のツル植物が三メートルも積み重なり、ちょっとした弾みで街道を押し潰してしまいそうだ。天辺には青々と葉っぱが生い茂っているのが見える。

 五百メートルも歩くと、ツル植物の厚みがなくなる。前方には、見渡す限りの草原。草の匂いがする。


 草原の向こうに茶色のローブを着た人影が見える。その横には薄紅のドレスと、純白のドレスの幼女がいる。

 茶色のローブの人物は、棒切れをロープで縛って三脚のようにしたものを地面に立てている。それから、足を(くく)った角ウサギを吊るす。


「《鉈Ⅳ=ブラッドスティング》」


 王国共通語のつぶやきと共に、鉈の絵柄のアイコンが表示される。

 発動時間(キャストタイム)0.32秒。

 兎の喉から漫画のようにピューッと赤い血が出る。


『2ロリ発見。これより観察に移る』『お巡りさんコイツです』『NPCも狩りすんのねwww』『アーチ状の見事なぱっつん』『などと供述しており』『事案発生』『Noタッチ! Noダッチ!』


 薄紅のドレスを着た幼女は白磁のような白い肌と、ラピスラズリの輝く髪の対比が印象的だ。まゆの高さで揃えた前髪が一見お(しと)やかに見えるが、くりくりした愛らしい目元と、肩で切り揃えられたセミロングがお転婆娘にも見える。スカートの正面には豪華なフリルの段々があり、光沢のある薄紅色が重層的な煌きをまとわせている。スカートの側面は手の込んだ刺繍があり、様々な色彩が混ざり合っている。

 純白のドレスの幼女は、乳白色の肌にプラチナの髪。人形のように整った顔だ。翡翠の瞳が好奇心旺盛にキョロキョロしている。ドレスの色からして上から下まで真っ白な印象だ。雪の結晶を模したレースに沿って、癖のない白金の髪がゆるやかに流れ落ちている。チューリップを逆さまにしたような釣鐘型のスカートは、まるでウェディングドレスのようだ。


 集団が立ち止まった。

 幼い冒険者たちは、同じ年頃の貴族の幼女に興味津々のようだ。

 大きな三角の旗を掲げた騎士が、兜のバイザーを上げる。ガチャリと鉄の音が響く。


「我らは三時門検番所属の討伐隊である! 不明な獣を目撃しているならば、盟約に従い情報提供を要請する!」


「不明な獣?」


 フードを深く被ったまま、茶色ローブが前に出る。包丁が(そで)からのぞいていかにも怪しい風体だ。

 綺麗にワタを抜かれた角ウサギが風に揺れる。血の臭いがする。


「いかにも! 見上げるほどの巨獣である!」


『ふりふりロングドレス』『ぷにぷにですなぁ』『ウホッ天然モノwww』『おにくだー』『兎狩りとか芸が細かい』『斧ブンブンするよ』『斧ってどうなの』『杖の攻撃速度アップがヤバイよ』『スタミナが爆散する』『杖はMP管理がねぇ』


「……この一時間、兎しか見てないよ」


 茶色ローブは警戒しながら言葉を発した。


「情報提供に感謝を! ではさらば!」「まったねー」「バーイーバーイー」


 騎士はその返答に満足した。右手を握って心臓の位置に当て、敬礼する。

 頭のおかしい冒険者は意外と静かだった。

 騎士の悪夢は、その後に訪れた。

 すれ違いざまに、水色の髪をクルクル巻き髪にした少女が(ひざまず)き、こう述べたのだ。


「美しい金髪のお嬢さん。縦ロールに興味ありませんか?」


「え」


「アリア殿お止め下さい! 伯爵家のご令嬢ですぞ!」


 旗持ちの騎士が憔悴(しょうすい)しきった声で駆け戻る。

 水色の髪の少女をガッシリと掴み、肩を震わせている。


『うっはw』『おいバカやめろ』『さすが青髪、悪に落ちた』『銀髪は影が薄い』『黙れ淫乱』『伯爵様を敵に回したか』『許されざるよ』『手打ちアリア、始めます』『アリアのバカここに眠る』


 白いドレスの幼女は、ぷはっと息を吐いて後ずさり、薄紅ドレスの幼女の背中に隠れた。

 プルプル震えている。

 薄紅ドレスの幼女は瑠璃色の髪を乱し、キッと冒険者を睨んだ。




『一応注意。街の方から集団』


 作業中のネコジンさんから、内緒の《念話》が飛んできた。

 ……ん? 集団?

 ネコジンさんのつぶらな瞳に、緑の草原と青い空が写っている。確かに、人影が写っているようだ。


 まあ、それはさておき。

 棒切れをロープで縛って三脚のように地面に立てる。角ウサギの足を括って吊るす。

 私とオーレリア姉様は、服が汚れないように十歩離れて見学。


「《鉈Ⅳ=ブラッドスティング》」


 ネコジンさんの持つ包丁が幽かに光り、右手のあたりに鉈の絵柄のアイコンが表示される。

 包丁の切っ先が兎の喉に吸い込まれて戻る。ピューッと赤い血が出て、止まる。ポタリ、ポタリ。

 最近食糧事情の厳しいらしい、生産トリオの貴重なタンパク源である。シックス家の客人? お抱え職人? にすんなり成れたら良いのだけれど。


 そうしているうちに、キャッキャと騒ぐ子供の声が脳内に響いてきた。


『2ロリ発見。これより観察に移る』『お巡りさんコイツです』『NPCも狩りすんのねwww』『アーチ状の見事なぱっつん』『などと供述しており』『事案発生』『Noタッチ! Noダッチ!』


 集団が立ち止まった。

 ……これアカン奴や!

 大きな三角の旗を掲げた騎士が、兜のバイザーを上げる。ヒト族のおじさんだ。玉のような汗を額に浮かべ、大変お疲れのご様子。


「我らは三時門検番所属の討伐隊である! 不明な獣を目撃しているならば、盟約に従い情報提供を要請する!」


 騎士さんは討伐クエストNPCか何かのようだ。

 後ろの集団はプレイヤー。誰が誰だか分からないが、私のフレンドが混ざっているらしい。ネルソン君が奔走してくれたフレンド大作戦のときの名残か。


「不明な獣?」


 フードを深く被ったまま、ネコジンさんが前に出る。袖から包丁がはみ出ていかにも怪しい風体だが、大丈夫なのだろうか。

 綺麗にワタを抜かれた角ウサギが風に揺れる。


「いかにも! 見上げるほどの巨獣である!」


 あ、それって……。

 目の前です。お巡りさん。


『ふりふりロングドレス』『ぷにぷにですなぁ』『ウホッ天然モノwww』『おにくだー』『兎狩りとか芸が細かい』『斧ブンブンするよ』『斧ってどうなの』『杖の攻撃速度アップがヤバイよ』『スタミナが爆散する』『杖はMP管理がねぇ』


 《念話》が飛び交って集中できない。

 下手に反応すると空気が凍りそうなので、聞こえないふりをした。


「……この一時間、兎しか見てないよ」


 ネコジンさんが慎重に答える。

 思案顔だった騎士さんは、その返答に納得したようだ。右手を握って心臓の位置に当て敬礼する。


「情報提供に感謝を! ではさらば!」「まったねー」「バーイーバーイー」


 去り際に、水色の髪をくるくるさせた巻き髪ツインテールの少女が跪いた。


「美しい金髪のお嬢さん。縦ロールに興味ありませんか?」


「え」


「アリア殿お止め下さい! 伯爵家のご令嬢ですぞ!」


 旗持ち騎士さんの憔悴(しょうすい)しきった声に重なって、甲高い子供の声が脳内に響く。何がなんだか分からない。


『うっはw』『おいバカやめろ』『さすが青髪、悪に落ちた』『銀髪は影が薄い』『黙れ淫乱』『伯爵様を敵に回したか』『許されざるよ』『手打ちアリア、始めます』『アリアのバカここに眠る』


 私は後ずさってお姉様の背中に隠れた。

 この状況で爆笑したら、アホキャラで定着してしまう恐れがある。今更カミングアウトも気まずいし。

 プルプル震えていると、どうやら許されたようだ。


「誠に面目無い! これにて失礼する!」


 騎士さんはダラダラと汗を流し、なんだか死にそうな顔だ。

 安心させるために、にっこり笑って膝を折り、会釈した。


『ぐうかわ』『キマシタ』『ナイスロリ』『天然モノはやっぱ違うな』『可憐だ』『青髪はクールに去るぜ』『青髪の格差社会』『縦ロールって何処にいるんだw』『編み込みハーフアップなら許された』


 ……バカメ! それは養殖モノだ!

 あ、お姉様は天然です崇めてOK!



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