19 女神ですが兎狩り日和ですわ
#19
私には懸案事項がある。
1、所持金が少ない。
2、角ウサギと戦ったことがない。
3、パーティを組んで戦ったことがない。
4、フレンドリスト名がいつの間にかノイシュ。New!
5、フレンドリストがオフライン表示。New!
……キャラ名勝手に変えちゃうとか、度し難いにも程がある。正直ありえない。そしてまた面白バグの発生。このゲームはテストプレイをちゃんとやっているのだろうか。ログアウトしたら運営にメールしよう。
『とりあえず、お手洗い行ってきます……』
NPC工房のトイレは汲み取り式のようだ。さすがにオズさんパワーでも水洗トイレは無理なのか。木製の椅子に蓋が付いていて、蓋を開けると暗い穴が開いている。
不自然に臭いがない。本当にここがトイレで合っているのだろうか。
そして、壁には白くて柔らかい紙が……。
「トイレット、ペーパー、だと……!?」
私は用事を済ますと、たたたたっと廊下を駆けた。
『ネコジンさん、ネコジンさん、あの紙は何処で買えるのですか……場合によっては命に関わります。あと手を洗える場所をですね……』
『あれね。トリマンが作ったの。女神ちゃんのところにはやっぱり無いの? 手は《洗濯》で洗ってね。一瞬濡れるのと、腕を捻られないように注意』
『あー……。なんか巨大綿棒みたいので、メイドさんに拭かれた記憶……うっ、頭が』
ネコジンさんは目をつぶり、薄紫色の腕を組んでうなずいた。
それから、大鍋をぐるーりぐるーりとかき混ぜる馬の獣人に声を掛ける。
「ベルン。最優先で【ポケットティッシュ】を作ってくれる?」
「ああ奥方。あの柔らかい懐紙であるか。心得た」
ベルンさんは、いくつかの《錬金スキル》を駆使して次々に物質変換を行った。
《錬金Ⅰ=久遠の想火》を使い、奇妙な形の炎を召喚。錬金結界【錬金術師の炉】。
《錬金Ⅴ=粘土の杯》を使い、真っ黒な土器を召喚。錬金器具【錬金術師の坩堝】。
土器の中に食塩水を入れて、魔力波を抜き出す。【風の分解】。
硫黄を加えて、魔力波を叩き込む。【火の結合】。
木材チップを加えて、魔力波を流し込む。【水の結合】。
《錬金Ⅵ=水晶の卵》を使い、球形の透明な容器を召喚。錬金器具【錬金術師の試験管】
残留物を透明な容器に移して、魔力波を高める。【色の相転移】。
【ポケットティッシュ】が出来上がった。
木材と塩と硫黄があれば紙を作れるらしい。食塩水はともかく、硫黄って何処で取れるんだろう?
「おおおお、すごい……」
「我輩の荒神様から製法を賜っておるからな。このぐらい造作も無い」
ベルンさんは、「ブヒヒヒーン!」と誇らしげにいなないた。
あなたが神か。
「ねえさま……。ネコジンさま、たちと、一緒に住みたい……」
「えっ? 嫌よ! 妹なのに、別れて住むなんて絶対に駄目よ!」
「え? シックスの、おうちに……」
「え? それなら構わないわ! 呼んで差し上げなさい!」
「いいの!?」
お姉様にそんな権限は無いような気もするが、外堀を埋めるのは大事である。
そして私はクレバーに《念話》で話を詰める。すべては快適さのために!
『あのあの……。本気でうちに来ませんか? ネルソン君のご実家にお世話になってるんだけど。【六時門】にあるおっきいお城。あとで大人に聞いてみます』
『ふぅん? いいわね。ドレス見放題ね。三人揃ったら話しておくから』
『らじゃー。ところでトイレの無臭のひみつも教えてくださぃ……』
『《掃除》と《脱臭》。この街の【ルーンショップ】でも売っていると良いのだけれど』
【ルーンショップ】!?
是非とも行ってみたいところだ。便利な技があったら揃えたい。
その場のノリで、角ウサギ狩りに行くことになった。オーレリア姉様は狩りに行ったことがあるらしく、狩る気満々だ。
ネコジンさんは、緩いチューブに肩紐が付いただけのシンプルなキャミから、肌がまったく見えないフード付きローブに着替えた。茶色のローブはまるで修道士のようだが、カウボーイ服みたいなフリンジ──短冊状の革のビラビラ──が微妙にオシャレ感を醸し出している。
ちなみにキャミはかわいいし乾きやすいので私も好きだ。
「最近食事が酷くて……。肉類は自分で調達して、調理までやっているの」
「ほほーー。行く行く、行っちゃう。つれて、いって!」
「武器を適当に選んでおいて。ゴールドも両替してあげる。途中で【ルーンショップ】に寄るから」
工房の壁際には、剣だの槍だの斧だのが転がっている。
新品に見えるわりに扱いが雑だ。
「ところで、この武器は、うりもの、なの?」
「なのかしらよノイシュ!」
「なのかしら? フーゴさま」
「いえ。ただの習作ですよノイシュ様。注文がないと腕が鈍ってしまいますから」
フーゴ君は猫の口から牙を見せてニコッとした。そして、自分の背丈ほどもある鍛冶ハンマーで金床を叩く作業に戻る。子供キャラの私より頭一つ小さいのに力持ちである。
「……触っても?」
「ええ、どうぞ」
「……うっ、おもったより、重っ」
しかし、昨日はスプーンすら持てなかったのに、今日は剣を持つまでに成長している。昨日までの私とは違うのだ。もうすぐキャラクター・レベル30だし。
脳筋系のスキルを取っていないのでHPは少ない。戦闘するならちょっとは鍛えるべきか。MPの二分の一くらいしかないし。頑張ろう私。
「斧よ! 斧になさい! ノイシュ!」
「ははい、ねえさま。……もて、ません」
シックス家なら斧を使えとお姉様。
不甲斐ない妹をお許しくださいお姉様。
でも斧は脇役の武器ではないですかお姉様。
「お待たせ」
出刃包丁を持った幽霊ローブが現れた。
結局私は、柄の長い両刃の戦斧を持たされた。微細なレースの白ドレスに斧。杖か何かのほうが後衛職に見えてマシだったかもしれない。
オーレリア姉様は、多重フリルの赤ドレスに斧。重厚な装飾に包まれ、斧を床に立てて足を踏ん張る姿は、意外と様になっている気がした。
【ルーンショップ】の看板は玉をいっぱい並べたデザインだ。九曜の家紋とか、ポン・デ・ラ○オンみたいな図柄。
魔法の光がついたり消えたり、電飾のようにくるくる明滅している。ファンタジーの雰囲気は台無しである。
ちなみにお姉様の斧は、巾着袋に仕舞い込まれた。《収納術》の亜種みたいなものらしい。
《整髪》 金貨五枚。
《加湿》 金貨五枚。
《美顔》 金貨五枚。
《髭剃》 金貨五枚。
《脱毛》 金貨五枚。
《足湯》 金貨五枚。
《按摩》 金貨五枚。
《歯磨》 金貨五枚。
《日焼止》 金貨五枚。
《体温計》 金貨五枚。
《体重計》 金貨五枚。
《血圧計》 金貨五枚。
とりあえず、透明な【スキルクリスタル】のコーナーへ直行してみた。
うーん。これは……。美容と健康しかない。
煌々とした明かりの元、狭い店内にギッシリと並ぶ値札。どこぞの電化製品売り場みたいだ。
脱毛やら日焼けやらという文字に気持ちが萎える。このゲームはどこを目指しているのだろう。
「《掃除》も《脱臭》もないわね……帝国では見たことないものばかり」
《脱臭》は大事。売ってないとは想定外。
あやしいローブ姿のネコジンさんも、肩を落として残念そうだ。
ネコジンさんには体毛も日焼けも関係なさそうだが……。鱗は皮膚の一部だから日焼けする可能性もあるかもしれない。ああ、羽根も日焼けするのかも…………。
「おみせの方。《整髪》の説明、して、くださいまし」
「へい、らっしゃい。髪が濡れたり、痛んだりした時に使うもんだすよ。下賎な【冒険者】のスキルと馬鹿にせんで、よっく見ていってくだせえ」
髪の手入れは必要そうだし、ひょっとしてこれは神スキルなのでは……?
《剣スキル》 金貨三枚。
《槍スキル》 金貨二枚。
《斧スキル》 金貨二枚。
《槌スキル》 金貨二枚。
《鉈スキル》 金貨一枚。
《鋏スキル》 金貨一枚。
《弓スキル》 金貨三枚。
《弩スキル》 金貨三枚。
《銛スキル》 金貨二枚。
《殴スキル》 金貨二枚。
《蹴スキル》 金貨一枚。
《盾スキル》 金貨三枚。
《杖スキル》 金貨三枚。
《箒スキル》 金貨三枚。
《杯スキル》 金貨三枚。
《軽装スキル》 金貨四枚。
《中装スキル》 金貨四枚。
《重装スキル》 金貨四枚。
《礼装スキル》 金貨三百枚。
《騎装スキル》 金貨二百枚。
《弦鳴スキル》 金貨百枚。
銀色の【スキルクリスタル】のコーナーにも行ってみた。
武器系のスキルはちょっと安い。物価がいまいちよく分からないのだが。
『金貨一枚、1ゴールド。たぶん一万円くらいの感覚。所持金50スタートならジェイドも同じね』
『なるほど……【スキルクリスタル】の高さにお茶吹いた』
しかし新キャラが最初から持ってる所持金って五十万円なのか! なんという太っ腹……。
「まあ! 斧がありますわよノイシュ! きれいな石ね!」
オーレリア姉様のテンションはここに来て振り切れたようだ。
「ねえさま、《斧スキル》、得意なのですか?」
「触ったのは初めてよ。でもわたくし、自信がありますの」
「ですよね」
……これは、お姉様にプレゼントする流れか。
《整髪》と《日焼止》を二セット購入。《斧スキル》と《蹴スキル》を一つずつ購入した。ダブりと《斧スキル》はプレゼント用だ。
私の所持金は27ジェイドになった。
「じゃあ全体マップで【三時門】圏外へ飛ぶわね。《飛行スキル》で城壁の外側まで追いかけてきて」
光の粉を残して、ネコジンさんの姿が掻き消えた。
なにこれ? ワープとか出来たんだ?
「ネコジン様ってすごいのね。お兄様のような英雄なのかしら?」
「ねえさま、また首に、抱きついて」
シックス姉妹は再び空を飛んだ。
【四番通】の商業区から東へ、【三番通】に沿って飛ぶ。過疎地区を越えて【三時門】を目指す。
雲のない青空だ。朝方は肌寒かった風も、少し温かくなってきた。
「ねえさま、ねえさま、一度おりて、《日焼止》の石、飲みます」
「ネコジン様をお待たせしてはいけないわ! このまま、行きますわよ!」
わかりましたお姉様。
《飛行Ⅵ=臨界推進》で高速飛行。一分で余裕の到着。
子供の足で歩けば一時間はかかる。やっぱり《飛行スキル》が最高なのは確定的に明らかだったのだ。
「あれは何かしら?」
オーレリア姉様が地上を指差した。
生い茂るツル植物……その向こうの草原……。
ドラゴンが兎を蹴散らしていた。




