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白い翼のノイシュ  作者: ワルキューレ
『これはゲームではない』
15/32

19 女神ですが兎狩り日和ですわ

#19


 私には懸案事項がある。


 1、所持金が少ない。

 2、角ウサギと戦ったことがない。

 3、パーティを組んで戦ったことがない。

 4、フレンドリスト名がいつの間にかノイシュ。New!

 5、フレンドリストがオフライン表示。New!


 ……キャラ名勝手に変えちゃうとか、度し難いにも程がある。正直ありえない。そしてまた面白バグの発生。このゲームはテストプレイをちゃんとやっているのだろうか。ログアウトしたら運営にメールしよう。


『とりあえず、お手洗い行ってきます……』


 NPC工房のトイレは汲み取り式のようだ。さすがにオズさんパワーでも水洗トイレは無理なのか。木製の椅子に蓋が付いていて、蓋を開けると暗い穴が開いている。

 不自然に臭いがない。本当にここがトイレで合っているのだろうか。

 そして、壁には白くて柔らかい紙が……。


「トイレット、ペーパー、だと……!?」


 私は用事を済ますと、たたたたっと廊下を駆けた。


『ネコジンさん、ネコジンさん、あの紙は何処で買えるのですか……場合によっては命に関わります。あと手を洗える場所をですね……』


『あれね。トリマンが作ったの。女神ちゃんのところにはやっぱり無いの? 手は《洗濯》で洗ってね。一瞬濡れるのと、腕を(ひね)られないように注意』


『あー……。なんか巨大綿棒みたいので、メイドさんに拭かれた記憶……うっ、頭が』


 ネコジンさんは目をつぶり、薄紫色の腕を組んでうなずいた。

 それから、大鍋をぐるーりぐるーりとかき混ぜる馬の獣人に声を掛ける。


「ベルン。最優先で【ポケットティッシュ】を作ってくれる?」


「ああ奥方。あの柔らかい懐紙(かいし)であるか。心得た」


 ベルンさんは、いくつかの《錬金スキル》を駆使して次々に物質変換を行った。

 《錬金Ⅰ=久遠の想火(アルケミア)》を使い、奇妙な形の炎を召喚。錬金結界【錬金術師の炉】。

 《錬金Ⅴ=粘土の杯(プネウマ)》を使い、真っ黒な土器を召喚。錬金器具【錬金術師の坩堝(るつぼ)】。

 土器の中に食塩水を入れて、魔力波(マナ)を抜き出す。【風の分解】。

 硫黄を加えて、魔力波(マナ)を叩き込む。【火の結合】。

 木材チップを加えて、魔力波(マナ)を流し込む。【水の結合】。

 《錬金Ⅵ=水晶の卵(クリスティア)》を使い、球形の透明な容器を召喚。錬金器具【錬金術師の試験管】

 残留物を透明な容器に移して、魔力波(マナ)を高める。【色の相転移】。


 【ポケットティッシュ】が出来上がった。

 木材と塩と硫黄があれば紙を作れるらしい。食塩水はともかく、硫黄って何処で取れるんだろう?


「おおおお、すごい……」


「我輩の荒神様から製法を賜っておるからな。このぐらい造作も無い」


 ベルンさんは、「ブヒヒヒーン!」と誇らしげにいなないた。

 あなたが神か。


「ねえさま……。ネコジンさま、たちと、一緒に住みたい……」


「えっ? 嫌よ! 妹なのに、別れて住むなんて絶対に駄目よ!」


「え? シックスの、おうちに……」


「え? それなら構わないわ! 呼んで差し上げなさい!」


「いいの!?」


 お姉様にそんな権限は無いような気もするが、外堀を埋めるのは大事である。

 そして私はクレバーに《念話》で話を詰める。すべては快適さのために!


『あのあの……。本気でうちに来ませんか? ネルソン君のご実家にお世話になってるんだけど。【六時門】にあるおっきいお城。あとで大人に聞いてみます』


『ふぅん? いいわね。ドレス見放題ね。三人揃ったら話しておくから』


『らじゃー。ところでトイレの無臭のひみつも教えてくださぃ……』


『《掃除》と《脱臭》。この街の【ルーンショップ】でも売っていると良いのだけれど』


 【ルーンショップ】!?

 是非とも行ってみたいところだ。便利な技があったら揃えたい。




 その場のノリで、角ウサギ狩りに行くことになった。オーレリア姉様は狩りに行ったことがあるらしく、狩る気満々だ。

 ネコジンさんは、緩いチューブに肩紐が付いただけのシンプルなキャミから、肌がまったく見えないフード付きローブに着替えた。茶色のローブはまるで修道士のようだが、カウボーイ服みたいなフリンジ──短冊状の革のビラビラ──が微妙にオシャレ感を醸し出している。

 ちなみにキャミはかわいいし乾きやすいので私も好きだ。


「最近食事が酷くて……。肉類は自分で調達して、調理までやっているの」


「ほほーー。行く行く、行っちゃう。つれて、いって!」


「武器を適当に選んでおいて。ゴールドも両替してあげる。途中で【ルーンショップ】に寄るから」


 工房の壁際には、剣だの槍だの斧だのが転がっている。

 新品に見えるわりに扱いが雑だ。


「ところで、この武器は、うりもの、なの?」


「なのかしらよノイシュ!」


「なのかしら? フーゴさま」


「いえ。ただの習作ですよノイシュ様。注文がないと腕が鈍ってしまいますから」


 フーゴ君は猫の口から牙を見せてニコッとした。そして、自分の背丈ほどもある鍛冶ハンマーで金床を叩く作業に戻る。子供キャラの私より頭一つ小さいのに力持ちである。


「……触っても?」


「ええ、どうぞ」


「……うっ、おもったより、重っ」


 しかし、昨日はスプーンすら持てなかったのに、今日は剣を持つまでに成長している。昨日までの私とは違うのだ。もうすぐキャラクター・レベル30だし。

 脳筋系のスキルを取っていないのでHPは少ない。戦闘するならちょっとは鍛えるべきか。MPの二分の一くらいしかないし。頑張ろう私。


「斧よ! 斧になさい! ノイシュ!」


「ははい、ねえさま。……もて、ません」


 シックス家なら斧を使えとお姉様。

 不甲斐ない妹をお許しくださいお姉様。

 でも斧は脇役の武器ではないですかお姉様。


「お待たせ」


 出刃包丁を持った幽霊ローブが現れた。


 結局私は、柄の長い両刃の戦斧を持たされた。微細なレースの白ドレスに斧。杖か何かのほうが後衛職に見えてマシだったかもしれない。

 オーレリア姉様は、多重フリルの赤ドレスに斧。重厚な装飾に包まれ、斧を床に立てて足を踏ん張る姿は、意外と様になっている気がした。




 【ルーンショップ】の看板は玉をいっぱい並べたデザインだ。九曜の家紋とか、ポン・デ・ラ○オンみたいな図柄。

 魔法の光がついたり消えたり、電飾のようにくるくる明滅している。ファンタジーの雰囲気は台無しである。

 ちなみにお姉様の斧は、巾着袋(オーモニエール)に仕舞い込まれた。《収納術(アイテムボックス)》の亜種みたいなものらしい。


《整髪》 金貨五枚。

《加湿》 金貨五枚。

《美顔》 金貨五枚。

《髭剃》 金貨五枚。

《脱毛》 金貨五枚。

《足湯》 金貨五枚。

《按摩》 金貨五枚。

《歯磨》 金貨五枚。

《日焼止》 金貨五枚。

《体温計》 金貨五枚。

《体重計》 金貨五枚。

《血圧計》 金貨五枚。


 とりあえず、透明な【スキルクリスタル】のコーナーへ直行してみた。

 うーん。これは……。美容と健康しかない。

 煌々(こうこう)とした明かりの元、狭い店内にギッシリと並ぶ値札。どこぞの電化製品売り場みたいだ。

 脱毛やら日焼けやらという文字に気持ちが萎える。このゲームはどこを目指しているのだろう。


「《掃除》も《脱臭》もないわね……帝国では見たことないものばかり」


 《脱臭》は大事。売ってないとは想定外。

 あやしいローブ姿のネコジンさんも、肩を落として残念そうだ。

 ネコジンさんには体毛も日焼けも関係なさそうだが……。鱗は皮膚の一部だから日焼けする可能性もあるかもしれない。ああ、羽根も日焼けするのかも…………。


「おみせの方。《整髪》の説明、して、くださいまし」


「へい、らっしゃい。髪が濡れたり、痛んだりした時に使うもんだすよ。下賎な【冒険者】のスキルと馬鹿にせんで、よっく見ていってくだせえ」


 髪の手入れは必要そうだし、ひょっとしてこれは神スキルなのでは……?


《剣スキル》 金貨三枚。

《槍スキル》 金貨二枚。

《斧スキル》 金貨二枚。

《槌スキル》 金貨二枚。

《鉈スキル》 金貨一枚。

《鋏スキル》 金貨一枚。

《弓スキル》 金貨三枚。

《弩スキル》 金貨三枚。

《銛スキル》 金貨二枚。

《殴スキル》 金貨二枚。

《蹴スキル》 金貨一枚。

《盾スキル》 金貨三枚。

《杖スキル》 金貨三枚。

《箒スキル》 金貨三枚。

《杯スキル》 金貨三枚。

《軽装スキル》 金貨四枚。

《中装スキル》 金貨四枚。

《重装スキル》 金貨四枚。

《礼装スキル》 金貨三百枚。

《騎装スキル》 金貨二百枚。

《弦鳴スキル》 金貨百枚。


 銀色の【スキルクリスタル】のコーナーにも行ってみた。

 武器系のスキルはちょっと安い。物価がいまいちよく分からないのだが。


『金貨一枚、1ゴールド。たぶん一万円くらいの感覚。所持金50スタートならジェイドも同じね』


『なるほど……【スキルクリスタル】の高さにお茶吹いた』


 しかし新キャラが最初から持ってる所持金って五十万円なのか! なんという太っ腹……。


「まあ! 斧がありますわよノイシュ! きれいな石ね!」


 オーレリア姉様のテンションはここに来て振り切れたようだ。


「ねえさま、《斧スキル》、得意なのですか?」


「触ったのは初めてよ。でもわたくし、自信がありますの」


「ですよね」


 ……これは、お姉様にプレゼントする流れか。


 《整髪》と《日焼止》を二セット購入。《斧スキル》と《蹴スキル》を一つずつ購入した。ダブりと《斧スキル》はプレゼント用だ。

 私の所持金は27ジェイドになった。




「じゃあ全体マップで【三時門】圏外へ飛ぶわね。《飛行スキル》で城壁の外側まで追いかけてきて」


 光の粉を残して、ネコジンさんの姿が掻き消えた。

 なにこれ? ワープとか出来たんだ?


「ネコジン様ってすごいのね。お兄様のような英雄なのかしら?」


「ねえさま、また首に、抱きついて」


 シックス姉妹は再び空を飛んだ。

 【四番通(4th St.)】の商業区から東へ、【三番通(3th St.)】に沿って飛ぶ。過疎地区を越えて【三時門】を目指す。

 雲のない青空だ。朝方は肌寒かった風も、少し温かくなってきた。


「ねえさま、ねえさま、一度おりて、《日焼止》の石、飲みます」


「ネコジン様をお待たせしてはいけないわ! このまま、行きますわよ!」


 わかりましたお姉様。


 《飛行Ⅵ=臨界推進バーチカルキューピッド》で高速飛行。一分で余裕の到着。

 子供の足で歩けば一時間はかかる。やっぱり《飛行スキル》が最高なのは確定的に明らかだったのだ。


「あれは何かしら?」


 オーレリア姉様が地上を指差した。

 生い茂るツル植物……その向こうの草原……。


 ドラゴンが兎を蹴散らしていた。



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