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白い翼のノイシュ  作者: ワルキューレ
『これはゲームではない』
14/32

18 女神ですが下着の調整ですの

#18


 じっと手を見る。

 絹のようにきめの細かい真っ白な皮膚が、血と肉を覆っている。ところどころ、うっすら紅を差したように赤い。爪の色は花珠(はなだま)真珠のような艶やかなピンク。

 これが実在の(リアルな)世界の色白だと、血管が目立つ呪いがついてくる。手のひらでさえ、お風呂に入ると青だの赤だの不気味な透かしが入る。目立たないように日焼けしようとすると、シミとそばかすの話で脅かされて太陽が怖くなる。満遍なく皮下脂肪でコーティングされた奇跡のような美白など、禁断の飽食地獄にしか存在し得ない。

 しかし、VRゲームの世界には奇跡の肌が存在するのだ。しかも、メンテナンスフリーのパーマネントもちもち肌。

 はーもちもちぷにぷに。


「次はきちんとご挨拶するのよノイシュ」


「はぃ……。ごきげんよう、ねえさま。ごきげんよう、ねえさま」


 ドレスと下着の仕立て直しが終わるまで、ただ寝室で待つはずだった。

 私はスリップ一枚でお辞儀の特訓を受けていた。

 なんでこうなったのか。今も透け透けスリップで上下運動をくりかえす私がいる。

 古い木造建築の八畳ほどの寝室────雑魚寝部屋だ。部屋の隅に積まれた干草の上に、クリーム色のシーツが敷いてある。格子の入った窓ガラスの向こうには青いビーチパラソルが見える。これから冬になれば、隙間風が寒いだろう。


「笑顔よノイシュ! そう! あごを引いて! かわいいわ!」


 同じ格好のオーレリア姉様は、腰に手を当て、肩幅の三倍くらいに足を踏ん張って立っている。妹分(いもうとぶん)へのレッスンは大満足らしい。自信満々のいい笑顔だ。小さい頃に顔見世の集まりでよく見た社長令嬢たちとおなじくらいキラキラしている。癖のない瑠璃色のセミロングが肩に当たり、ちょっと跳ねているところすら魅力的だ。


「ノイシュの髪は長いんですのね」


 自分の髪の毛をくるくる弄りながら、オーレリア嬢はつぶやいた。




「とりあえず完成したわよ。翼と干渉しないようにガーターベルトを改造。下はマチ幅を狭くしてクロッチもつけた。オーレリア様のもね」


 ネコジンさんが作業を終えてやってきた。下着売り場でよく見るような胴体だけの人形が二つ、ふよふよ宙に浮いて付き従っている。半裸の人形たちは、下着類で完全武装状態だ。


「まあきれい! どんな着心地なのかしら」


「感謝いたし、ます、ネコジンさま……」


「ねえここ、だいぶ盛ってる?」


 ネコジンさんは、人形のアンダーバストをピタピタと叩いた。


 ぎゃああああああああ! そこはーー!!


「そのトルソーって、もしかして……」


「《裁縫Ⅵ=見世物人形(マジカルマネキン)》」


 ネコジンさんは、私そっくりのマネキン人形を作って見せた。乳白色の肌。白金の髪。翡翠の瞳。見事な生き写しだ。それがスリップ一枚で、おばけに出くわした幼女のように恐怖で顔を歪めている。


「まあ! ノイシュの蝋人形かしら? まあ! やわらかいのね」


「【マジカルマネキン】って言うのよ」


「べつに……まっ平らだと、流石に、つまらない、というか、以前別ゲーで、控えめに、キャラクリしたら、キルカメラで、ことごとく、ぼいんぼいん、煽られまくって、とても、残念な気持ちに、しかも自分は、ぜんぜんまったく、揺れないし、なにこの屈辱感、ふつう、ちょっとでもあれば、揺れるでしょう、常識で考えて、その反動で、メロン二つ分、キャラ作ったら、重力がどうと、峰不○子がどうと、実物を、知らない、オヤジかと、バカにされて、その結果が、安全パイの、子供キャラ、手のひら一枚分、くらい、見なかった事に、してくだ……」


「わかった! わかったから! カップは直しておいたから!」


 分かっていただけた。決死の正面突破が功を奏した。

 変な汗が出た。


「ノイシュ?」


 不甲斐ない妹で申し訳ありませんお姉様。我が家は貧者の家系なのです。

 いや胴体の表と裏はちゃんと見分けがつく。突発的な貧者はもっとすごい人もいる。けれども、親子三代に渡って受け継がれる謎の貧しさには、何か思わずにはいられないのである。思春期の食事と運動と睡眠が完璧でこれかって。

 この話はやめよう。


「ノイシュ……ちゃんは、あの水着まだ持ってる?」


「あ、まだ洗濯、してないけど……」


「ああ、それね。ちょっと出してみて?」


 亜麻色の人魚服を《収納術(アイテムボックス)》の異空間から取り出す。

 光の加減によって白から薄茶まで変化する生地は、真珠で織られた魔法のドレスのようだ。水に濡れたらまた違う不思議な色合いが出る。人魚の特殊な髪の毛の効果なのかもしれない。伸び縮みするしなやかな生地は、濡れた状態でもなかなかの着心地だった。


「あら。ノイシュが最初に着ていた服かしら?」


「あはい、そうですわ、ねえさま」


「《洗濯》! それで、これの型紙を取らせてもらってもいい? ……アメリカン・スリーブ、というより競泳水着かしら。腰の部分が随分下までカットされて、女神ちゃん仕様ね」


「ちょ、ちょ、おまちに、なって。《洗濯》ってなに!?!?」


「帝国の店で買ったの。トリマンが要らないって言うものだから、一つ余っているのだけれど」


「なにその超技術! ほしい! ほしいです! ……いただけ、ないかしら。所持金50ジェイド、しかないけど」


「ジェイドって、連邦の初期のままじゃない。別にいいわよ。その代わり、水着を試着させてくれる? キバ族で型紙とれば、ヒト族とミミ族、ツノ族も行けると思う」


「オッケー。ありがとう、ネコジンさま」


 ネコジンさんは、後ろを向いてくねくねしながら、ピンクのキャミソールを脱ぎだした。スレンダーなトカゲ型宇宙人なのに、妙に色気のある人である。

 私は《洗濯》の【スキルクリスタル】を手に入れた。直径四センチの水晶玉だ。


「これ、飲めばいいんでしたっけ」


「そうね」


「綺麗ねノイシュ。これはなあに?」


 お姉様は宝石がお好きなようだ。透明な水晶玉を興味深そうに覗き込んでいる。


「【スキルクリスタル】。とくべつな石、なのです。ふつうの石は、飲まないで、くださいね、ねえさま」


「ふうん? わかったわ」


「うごっ! ゴフッ! ケホッ! ……無駄に、おっきい」


『【システム通知】:【スキルクリスタル】を吸収し《洗濯》を習得しました!』


 わあーい! やったあ!

 なんだか最近よくお世話になる、明示盤が出た。

 喉がヒリヒリする。手を当ててグリグリするが違和感は消えない。

 お姉様が背中をさすってくれて癒される。


「はいお水」


 人魚服から再びピンクキャミに着替えたネコジンさんが、木製の杯に水を満たして持ってきてくれた。クリスタルを飲むのはもう少し待てばよかった。


「そろそろパンツ穿く?」


「はい……」


 今日はいろいろやらかし過ぎた。久しぶりに自由に飛べて、テンション上がっていたのかもしれない。


「ノイシュのハネみたいにやわらかいのね! なにも着ていないようだわ!」


 ネコジンさんの助けで着終えたお姉様は、お気に召したようだ。下着姿ではしゃいでいる。

 確かに、これでずいぶん生活が快適になるだろう。


「下着はまっすぐの布じゃ駄目なの。カットは曲線。エッジ縫いは丁寧に」


 ネコジンさんが珍しく得意げに講釈している。

 ゴムがあれば現代的な下着も作れそうだが、ゴムはたぶん大陸の南方にしかない。金属ホックを研究中とのこと。それまでは蝶々結びに紐ブラ紐パンツで乗り切るしかないのだ。




 着心地のいいドレスに身を包んだシックス家の姉妹は、ネコジンさんの仕事場に案内された。学校の教室ほどの作業部屋だ。煙突が天井をぶち抜いていたり、巨大な丸太がそのまんま置いてあったりで意外と手狭である。

 オズさんは惜しげもなく猫顔を晒し、修理の終わったバレッタを点検してニコニコしている。トリマンさんは何か邪悪な臭いのする鍋に紫の液体を注いでいる。


「それで、仕立て直しにドレスの型紙を取らせてもらったから、報酬はそれを頂戴するわ。フーゴちゃんの報酬は本人に聞いて」


「先ほどはどうも。ネコジン奥様には世話になっているので、今回はいいですよ。外れた宝石を取り付けて、爪を補強しただけですから」


 フーゴちゃんというのは、オズさんの抜け殻NPCらしい。どこかのお坊ちゃんみたいな雰囲気だ。

 宝石の入った金細工のバレッタを受け取り、オーレリア姉様に手渡した。


「すばらしい腕前ですわね! フーゴさま」


「感謝します、フーゴさま。よかったら、これをみなさまで……」


 朝食に食べそびれたリンゴと洋ナシを手渡す。良く冷えて美味しそうだ。


「美味しそうです。皆でいただきましょう。おっと、ナイフがありませんでした。《鍛冶Ⅵ=模造武器(インスタントウェポン)》!」


 フーゴ君の右手にナイフが出現する。

 リンゴを手早く切って、小さな丸テーブルのお皿に乗せる。


「一個ずつ食べてくださいね。ベルンの旦那もどうです?」


「いただこう」


 フーゴ君は、大鍋をかき回す馬面の巨漢に声を掛けた。

 パッカパッカと蹄を鳴らしてやってきたのは、半人半馬の獣人(ケンタウロス)トリマンさん。中の人はベルンの旦那というらしい。


「研鑽を積めるとはいえ、こうも神殿の仕事ばかりではな。気勢をそがれてしまう」


「ごきげんよう、ベルンさま。シックス家の娘、ノイシュ、と申します。トリマンさま、オズさまと、ともだち、ですわ」


「ベルンハルトと言う。荒神様のご友人か。ならば無下には出来ぬな」


 トリマンさんたちは荒神様だったらしい。


「梨も剥けたよ。一個ずつどうぞ。僕の荒神様はオズ様っていうそうですね。どんな方なのでしょう」


 オズさんたちとNPCとの人間関係は、思っていたより良さそうだ。嬉しくなってしまう。


「オズさまは、好奇心、おうせいで、新しもの好き。トリマンさまは、理知的で、ものしりな、方ですわ」


『二人にはそう言っておくわね』


『ぎゃあああ! やめて!』


 ぐるんと振り向くと、ヒト型爬虫類(ドラゴニュート)がニマニマした笑みを浮かべていた。


『で、ノイシュって何?』


『逃げた猫の名前らしい』


 ヒト型爬虫類(ドラゴニュート)が真顔になった。

 同情は止めて頂きたい。


『……で、今見たらフレンドリスト名がシックス伯爵令嬢ノイシュになっていて、オフライン表示なんだけど』


『え?』



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