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白い翼のノイシュ  作者: ワルキューレ
『これはゲームではない』
13/32

17 女神ですが家族の食卓ですの

#17


 今朝はカブのお味噌汁だ。

 いちばん好きなのは大根だが、カブも美味しい。中世ヨーロッパでは、ビートと共に家畜の餌にする地域も多かったようだが。


 調理法は簡単である。

 葉を落として皮を剥いて、スイカを割るようにトントンと八等分くらいのくし形切りにする。

 水道水でそのまま茹でて、野菜の旨みがじっくり出たら、油揚げ、粉末出汁を入れて足りない分野の旨みを足す。

 具は、キノコ系がだいたい合う。カブの葉も入れる。お豆腐もおいしい。

 火を止める前に、ネギを入れる。

 お味噌を溶かして出来上がり。

 正味十五分くらい。


 ちなみに大根の場合は、繊維が弱くて崩れやすいので短冊切りがベストだ。急いで作るときは、いちょう切りでもいい。


「そういえば、大豆って、あの街でも売ってるのかな?」


 味噌も醤油もないのは大問題なのだ。




 私はオーレリア嬢に連れられて、やたらと長い食卓に座る、おじいさんの前にやってきた。

 おじいさんの背後には燕尾服の紳士が一分の隙もなく控えている。


「おとうさま! おはようございます! さあノイシュ言ってごらんなさい!」


「ぉ、お、とうさま。おはよぅ、ございます……?」


「……誰だったかのぅ、この娘は?」


 白ヒゲのおじいさんが眉をひそめる。

 うわぁーっ! 恥ずかしい。初対面の男の人に「おとうさま」とかちょっと。倒錯的すぎて勘弁してほしい……。


「この子はわたくしの妹ですわ!」


 オーレリア嬢が正面から斬り込んだ。腰に手を置いてプクッとほっぺたが膨らんだ。


「そういう訳にもいかん。その子がわしの娘だというのか?」


「そうですわ! お父様と、お母様の娘ですのよ!」


 そういえば、お祖父様ではなくお父様だったらしい。

 お父君は白ヒゲを撫でながら、怒れるモンスターをなだめる。

 しかし効果は無いようだ。

 なんでもいいから早く食べたい。がんばれお父様。


「オーレリア。座りなさい。朝食が逃げてしまうよ」


 ジュリアス君がやってくれた。

 ジュリアス君は慈しみの表情を浮かべ、すべて分かっておりますとも! とでも言いたそうな顔でこちらを見た。


「ノイシュ。座りなさい。こっちよ」


 オーレリア嬢もこちらを見た。


 お父君の右手の席に、ジュリアス君、オーレリア嬢、私が座る。

 三人の対面は空席で、背もたれの高い椅子だけが並ぶ。美術品としては綺麗なのだけど、直角すぎてすごく座りにくい。


 沈黙が痛い。

 ついでにいうと、翼の付け根に布か何かが当たって痛い。


「大神殿の認可が下りねば、シックスの娘には成れんのじゃぞ」


「古いしきたりですわ! ねえノイシュ。わたくしの妹でしょう?」


「え………………はい」


 腕をガシッと掴んで揺さぶられたので、私は「はい」と答えるしかなかった。

 青髪の天使は「うふふ」と笑ってご機嫌な顔になった。

 あんまり揺れると、下着の縫い目が椅子に当たって痛い。いつの間にか穿いてるタイツの太もも部分も地味に痛い。スカートの中の翼が曲がってつらい。

 もじもじしながら貝のように、時の流れに身を任せるしかない。


『【システム通知】:「《魔眼スキル》で伯爵令嬢になる」クエストクリア!

 →【報酬を受け取る】経験値:0 獲得金額:0』


 ぶひー。なにこれ?

 貰えるものは何でも貰う主義なので受け取ってみたが、《収納術(アイテムボックス)》の異空間には何もなかった。亜麻色の人魚服と、所持金50ジェイドしかない。またバグかな?


「……では父上、わたくしが食事の祈りを」


 二人が目配せをして頷き合う。


「そうじゃな」


 朝食キタ──!

 さすがネルソン君。もといジュリアス君。手早く終わらせて頂きたい。

 今朝の献立は、ササミとハーブの入ったお粥と、キャベツの酢漬けと、根菜のサラダである。

 鶏とか牛とか、何処で飼育しているんだろう?


 ジュリアス君はこうべを垂れ、額に右手を当て祈りを捧げた。


「天に(ましま)す我らが母よ。

 我、御身を崇め奉る。恵みを以って満たし給え。

 高天原の在るが如く、豊葦原もかく有れかし。

 我が日々の糧を与え給え。

 我らが稚児を守るが如く、我らの穢れを祓い給え。

 国境警戒厳と成し、我らの敵を遠ざけ給え。

 ……いただきます」


 雲間から差し込む太陽のように、暖かな光が降りて来たのを感じた。これって《祝福スキル》かな?

 日本語ローカライズの影響なのか、なにかちょっと黒歴史を(えぐ)られるような詠唱だ。存外真面目に祈るんだなと驚いた。というか、最後は「いただきます」なのね。


 「いただき、ます」


 それはともかく、私は大きな困難に直面していた。

 銀のスプーンが重い。一升瓶を片手で持ち上げているかのようだ。

 小さな子供がやるように、スプーンの柄を握りこぶしで包んで、腕をプルプルさせながら口に運ぶしかない。

 多少こぼれても、両手で持ったり猫背になったりしてはいけない。戒め。食べ終わる前に追い出されるシナリオだけは回避しなければ……!


「これは、何の、おにく?」


「角ウサギでございます。ノイシュお嬢様」


 オーレリア嬢、もといオーレリア姉様に尋ねたら、答えは後ろから返ってきた。

 角ウサギ……戦う前に食べていたとは……。

 ニコッと笑って頷くと、給仕のお爺さんも笑みを返した。

 豚肉と鶏肉の中間の味で、ちょっと鴨みたいな香ばしさがある。スプーンで切れるほどやわらかい。


「おにいさまが仕留めたものですのよ。この香草はわたくしが育てましたの」


「おー……」


 意外な特技である。


 お粥のお米はジャポニカ米らしく、あまくておいしい。苦味のある葉っぱはクレソンだろうか。角ウサギの肉は野生の味がする。

 ラディッシュのサラダは、ちょっと炒めてあるのかオリーブ油でしんなりしている。

 酸っぱいキャベツはドイツ風のアレだ。おばあさまの家でよく出てくる漬物。正直苦手だ。

 デザートはリンゴと洋ナシ。よく冷えている。


「エトじい! バレッタの修理にはノイシュも連れてゆくわ! 用意してちょうだい!」


「オーレリアお嬢様。午前のご予定は勉学となっております」


「……わかってますわ! いきますわよノイシュ!」


「え」


 リンゴと洋ナシは、《収納術(アイテムボックス)》の異空間に放り込んだ。




「逃げるわよノイシュ」


「え」


 食べて重くなったのか、引っ張られても浮かなくなった。

 自分の足で体重を支え、螺旋階段を一階分下りる。

 女騎士の守る扉へ戻るなら同じ階層のはずだが、本当に逃げる気らしい。困ったお姉様である。

 靴が合ってないので微妙に足が痛い。走らないで頂きたい。


「ここには騎士たちが住んでいるのよ」


 左側にずらっと並ぶ木の扉。右側にはガラスのない小窓があり、丸い塔の基部と中庭が見える。ここは地上一階のようだ。

 まっすぐの廊下を通り抜けると、こんどは螺旋階段を上がる。

 三階へ登ると、屋上に突き出た見張り小屋に出た。


「こっちよ!」


 物珍しそうにキョロキョロしている私は、ぐいっと腕を引っ張られる。

 外に出ると、街の喧騒が聞こえてきた。


「ごらんなさい」


 風はすこし肌寒く、朝の気配が感じられる。草の匂いがする。緑の光の粉が気持ちよさそうに吹かれていくのが見える。

 壁の天辺(てっぺん)は互い違いにデコボコで、青い空を乱杭歯のように穿っている。

 羽をパタパタ動かして壁に飛び乗ると、建物の全貌が見えた。


「おおーーーー」


 中庭をぐるっと囲む、城壁のような建物の屋上だ。中庭が細長いので、取り囲む城壁館も相応に長い。空気抜きの小さな煙突が所々に立っている。


「どこを見ているの。これよ、これ!」


 オーレリア姉様の足元に、木製のプランターのような植木鉢があった。

 ハーブの香りがする。やわらかそうな葉っぱはレモンバームだろうか。細い葉っぱがシュッシュッと鈴なりなのはローズマリーだ。スープに入っていたクレソンは植わっていない。


「ハーブだ」


「小間使いはここに来ないから、わたくし一人で育てているの。どう? すごいでしょう?」


「すごい」


 まあ、騎士の皆様がお世話をしているのでは……。




「オーレリア! お時間ですわよ! 出てきてくださいまし! オーレリア!」


 オーレリア姉様は、サーッと血の気が引いた。そんなに勉学がお嫌いなのですかお姉様。


「ねえさま、修理のバレッタ、今、あるのですか?」


「え? ええ……。ありますわよ。ほら、綺麗でしょう?」


「こちらに、あがって、きて」


「こんな所では直ぐに見つかって……。うん、もう仕方ない妹ですわね」


「抱きついて」


「かわいいわノイシュ。ぎゅう~! きゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 私たちは空を飛んだ。




「すごいわ! すごいわノイシュ! すごいわ!」


 さっきから「すごい」しか言っていない。語彙(ごい)の少ないお姉さまである。

 途中までは絶叫マシーンだったが、後ろ向きに流れる景色も絶景のようだ。

 風を感じながら飛ぶ。

 やっぱり《飛行スキル》って最高だ。

 一気にNPC工房まで飛び、三分ほどで到着した。


「ねえさま、私の、ともだちです」


『あら。綺麗なドレスね。女神ちゃんも《人界語》を覚えたの?』


 ネコジンさんは、ビーチチェアーでくつろいでいた。

 工房の中庭に、ビーチパラソルまで立てている。何やってるんだろう。


『うん、まあ、その場のノリで……』


『こっちも似たようなものね。奥の二人は中身NPCよ。まぁ、それはともかく……』


「はじめまして。私はネコジン。服飾職人で料理人。アナタの横にいるヒトのお友達よ」


 ネコジンさんは、膝をまげて優雅にお辞儀した。

 ブラトップキャミにショートパンツという格好なので、社交界のような作法はいまいち締まらないが。


「シックス伯爵家の娘オーレリアですわ! ネコジンさま」


 長い牙と鱗の肌を見てビクビクしていたお姉様は、ネコジンさんのお辞儀を見ると、あわてて姿勢を正した。

 薄紅色のスカートを両手で摘んで、左足を斜め右に下げ、膝をゆっくり深く曲げて一礼する。

 肩に掛かる瑠璃色の髪が、風になびいてサラサラと揺れる。

 姉様かわいいな。


「ノイシュもするのよ!」


 ああこれ私も真似しなきゃダメなのか。

 その後、むちゃくちゃダメ出しされた。



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