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白い翼のノイシュ  作者: ワルキューレ
『これはゲームではない』
12/32

※改稿前 16 女神ですが礼服を装備します

※改稿前のため話が繋がりません。申し訳ありません。

#16


「知らない、天井、だ……」


 目が覚めると、ウルトラマリンの布地と、飛ぶ鳥の刺繍が目に飛び込んだ。

 天井が青に染まっている。

 たくさんの(はり)が走った天井は、刺繍の小鳥を閉じ込める鳥かごのようだ。


「ふあ~~あ」


 身体の節々が痛い。肋骨がバキバキする。


(いっ)……」


 気持ちよく伸びをしていた私は、ふいに手をつかまれて、ベッドの下に引きずり落とされた。


「いたたたたっ! いたい! いたい!」


 手が握り潰された。固まりきっていない手の軟骨がゴキッといった。


「おはようノイシュ。あなた、かわいいわ」


 私を抱きしめる女の子は、ふっくらした頬にえくぼをつくり、喜色満面だ。


「ぐええーーー」


 息ができない。

 サバ折りで殺されるのは、最悪死因ランキングの何位だろうか。

 やばい死ぬ。アンコ出ちゃう。


「お目覚めの時間よ。かわいいノイシュ」


 もうじき永眠だよ!


「く、る、し」


「まあ。元気ないのね」


 パッと手を離して、くりくりした瑠璃色の瞳を(せわ)しなく動かした。

 スカートとスカートがぶつかって押し潰されている。

 釣鐘型に広がるお姫様ドレスだ。私はいつの間にドレスに着替えたんだろう?


「はぁ……、はぁ……。わたしの、服はどこ?」


「肌色の服のことかしら。ベッドの上にあるわ」


 肌色認定は止めて頂きたい。


 部屋の床には、白と赤と黒と茶で織られたメダリオン柄の絨毯が敷いてある。

 ニスの塗られたこげ茶の壁。屋根裏の斜め天井に瑠璃色の内張り。小鳥の刺繍。ロマンチックな部屋だ。

 出窓には、ピッタリはめ込まれた作り付けのベッド。段差が一メートルもある。あごをベッドの縁に乗せて、ギリギリ立っていられる感じの高さだ。

 二段ベッドのように梯子が付いている。

 亜麻髪ゴッドに授けられた人魚服は、枕元に丸めてあった。罰当たりな!

 素足で遠慮なくベッドに上がり、服を《収納術(アイテムボックス)》の異空間に放り込む。


「あった、あった。じゃ、そういうことで…………」


 私はガラス窓を抜け、猛獣の棲む塔からの脱出をしようとして、謎の痛みに阻まれた。


(いった)あ……」


 分厚いガラス窓に頭をぶつけたのだ。

 ああ、それはそうか。何も不思議なことはない。

 いや能力(アビリティ)的におかしい。


「あれええーー??」


「お莫迦さんね。かわいいわ」


 酷いいわれようである。一般ピープルにこの異常事態は分かるまい。

 瑠璃色モンスターが、好奇心いっぱいの顔でベッドに上がってきた。

 もはや、私の命はふーぜんのともしびである。


「はね……はねがない……」


 お姫様ドレスでテンション上がっていたのか、大事なことを忘れていた。私の翼はどこへいった?

 お尻の上あたりをまさぐってみたが、痺れたような感触でよくわからない。

 スカートをたくし上げて後ろを覗き込むと、透け透けの短パンの上に、見慣れた純白の風切羽(かざきりば)が見えた。


「あった…………」


 痺れて感覚がないが、何とか動かせる。お尻に敷いて寝てしまったようだ。

 ヒジと同じくらいの突起が腰の後ろにあるので、地味に寝返りが打ちにくい。

 自分の羽根を愛でられることに比べたら些細な問題だが。


「そんなに綺麗なものを見たら、アリーが毟ってしまうわ」


「ぴぃ」


「隠しておきましょう」


 大人びた口調でやさしく私を(さと)す。さっきのチンパンジーのごとき握力はどこへ行ったのか。

 豪華なフリルの段々がついたスカートを元に戻した。

 生理的欲求が襲ってきた。


「あの。……といれ」


 瑠璃色の髪の女の子は、「なにかしら?」と首を傾げる。


「お手洗い…………おしっ」


「アリー! アリー!」


 壁に備え付けのベルを激しく鳴らす。

 メイドさんが飛んできた。そして、こっちを見るなり硬直する。


「この子はノイシュよ! 便座を用意して!」


 それは、ふたのついた壷だった。

 下着が脱げずに手伝ってもらった。

 ふるふると震え、私は打ちのめされた。




「お嬢様。お加減はいかがでしょうか?」


「今朝は気分がいいわ」


 私は朝から死にそうだよ。


 アリーさんは、紺色のメイド服に白いエプロンを着けている。中年を過ぎたふくよかな働き者だ。侍女さん? 家政婦さん? 乳母さん? そのどれかだろう。

 先ほどは為す術もなく大変お世話になってしまった。手まで拭いてもらった。


「今日は下で食べるわ」


「畏まりました」


 メイドのおばさんは、シンプルに返答すると、入ってきた扉に消えた。

 お姫様ドレスの二人がとり残された。

 スカートの正面にはかわいいフリルの段々がついている。女の子のドレスは光沢のある薄紅色で、スカートの横には白と赤の花柄を散らした複雑な模様の布が当ててある。

 私の方は、レースを散らした白いドレスだ。


「わたくしが着るつもりだったの。雪みたいでしょう?」


「うん」


 胸元のレースも、袖飾りも、雪の結晶のように繊細なデザインだ。

 子供キャラでクリエイトして失敗しちゃったかも、とか思っていたが、なかなかどうしてこれは良いかもしれない。

 私はふわふわと飛んで、コマのように一回転してみせた。

 身体が軽い。これ、透明人間じゃないけど【千里眼投射体エーテル・エンティティ】だ。

 ……どういうことだろう?

 ひょいっと手をつかまれて、抱き寄せられた。


「ぐええーー」


 私と同じくらいの背格好なのに、怪力過ぎて怖い。

 サバ折り少女は、眉毛のところで綺麗にカットされた前髪を揺らして「うふふ」と笑った。

 くるくるとスピンターンを踊った。


「朝食の時間よ。行きましょう。かわいいノイシュ」


「あぐ」


 ……ノイシュって何?


 階下に下りる。螺旋階段をどんどん下りる。

 メイドさんを伴って長い廊下を歩く。木の扉がずらっと並んでいる。窓のない壁には所々くぼみがあり、小さな絵画や生花を置く飾り棚になっている。

 廊下は一度右に折れ、百合の花の彫刻を施された扉に突き当たる。

 扉を開くと、二人の女騎士が出迎えてくれた。


 お姫様ドレスの少女は、軽い足取りで廊下を進む。

 そこはさらに豪奢な空間で、まるで美術品が床から生えた森のような光景だが、スキップしそうな少女の目には映らない。

 私は腕を強く握られ、問答無用で引きずられる格好だ。


 そして、貴族趣味のマントを(なび)かせ歩く、紺色の髪の男性に追いついた。

 恐る恐る、声をかけてみる。


「ジュリアス君?」


 ジュリアス君が振り返った。

 ジトっとした目でこちらを見た。なんでコイツここに居るんだ? って顔である。

 ……あーこれ、ネルソン君だ。


『おはよう……。虚虚(むなむな)しい朝の空気は、格別だな……』


『おはー……』


 いつもの調子で《念話》が飛んできた。

 ネルソン君は、ウエストを絞った王子様のような紫紺の衣装で、赤い絨毯の上に立ち止まった。

 上着の胸や(そで)に刻まれた短冊状の飾り切りから、純白のアンダーシャツが覗く。襟元(えりもと)の金糸が眩しい。カフスとボタンが宝石のようにキラキラだ。キュロットパンツの下には白のタイツ。靴のつま先はツルハシのようにとんがっている。


『ふむ…………』


 ご機嫌ななめのようだ。


『ネルソン君が抜け殻のときに何やってるのか、みんなで名探偵することになってね』


『……で?』


『なかなか親切な人なのです。ジュリアス君っていうの。中の人。スープをおごってくれたんだよ』


『…………』


「おにいさま。朝食に遅れてしまいますわ」


「うむ……。そうだな」


 どうもここでの序列は、お嬢様(強い)→ネルソン君→私、らしい。なんだこれ。


 ネルソン君が揺らして歩くマントを追いかけ、斧と鷲の紋章の扉を潜ると、昨日の夜に通った大ホールへ出た。

 白い布のかかった長いテーブルが、部屋の奥まで伸びている。

 無骨な天井には、ただの金属の輪にロウソクを立てたシャンデリアが幾つも吊ってある。

 朝日は差し込まないものの、窓から見える光で十分に明るい。


『すまん、ちと落ちる』


『はえ? うんまたね』


 私は手早く《念話》を返した。

 ネルソン君が柔和な笑みでこちらを見つめる。

 いやジュリアス君か。


「おはよう、オーレリア。調子はいいのかい? そちらのお嬢さんは?」


「おはようございます。おにいさま。今日は気分がとても良いのです!」


 オーレリア、と呼ばれた少女は、私を引き寄せ、ぎゅっとサバ折りした。

 ぎゃああああああ。


「うごっ……。ぃぁっ……。いたい……」


「かわいいでしょう! この子はノイシュよ!」


「オーレリア。やさしくするんだよ。ちょっといいかい?」


 命の危機を迎えた私を、ひざの裏に腕を回し、背中に手を添えて抱え上げた。

 サバ折り少女が下のほうで、手を伸ばしてピョンピョンしている。

 やめて! こないで! 面会謝絶なのです。あきらメロン。


「そのお声は……。女神様なのですか? 当家にご光臨賜り、ありがたき幸せ。妹が大変失礼しました。ご無礼をお許しください」


「大丈、夫」


 大丈夫。呼吸が落ち着いてきた。肺も潰れてはいない。


「当家を代表して歓迎いたします。父にはそれとなく伝えておきます。いつでもご滞在ください」


 私(強い)→お父君→ジュリアス君→オーレリア嬢→ネルソン君→私(弱い)、という謎のループが出来上がってしまった……。


「しつもん。……ノイシュって、なんだろう??」


 明るい部屋では金眼にもみえる紫紺の瞳を見開き、ジュリアス君は告げた。


「昨年逃げた妹の猫が、そのような名前でしたが……」


 ジュリアス君は、恐縮しながら、やたらと長いテーブルの終着点へ向かった。

 一番偉い人の席には、昨日ネルソン君と一緒に夜の木こり活動をしていたおじいさんが座っている。

 私はオーレリア嬢にお姫様抱っこされて、席に連行された。



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