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白い翼のノイシュ  作者: ワルキューレ
『これはゲームではない』
11/32

11 女神ですが軍靴の足音がきこ

#11


 ログインしたらイヌ人間がいた。


 光溢れる大広間は、薄い茶髪や金髪のヒト族で埋まっている。

 そして壁際の端っこの方には、銀色のモフモフの獣人が……


『いぬ……犬がいぬ』


 初めて見る犬の獣人(ライカンスロープ)に、テンション上がってきた。

 筋骨隆々すぎて腕の太さがグリズリーだけど。大雑把にみると、犬っていうより直立歩行の熊かもしれない。

 顔は丸っこい室内犬(プードル)だけど。


 ……ちょっとこれ、プレイヤー人気は無理だよね?


 腰ミノを着けただけの格好で、全身銀色の毛並みが眩しい。

 フサフサの毛でも隠しきれない、パワーとスピードを兼ね備えた分厚い筋肉が、ちょっと動くたびに重量感をもって腰ミノと一緒に脈動する。

 強い。フラダンスを愛する平和な種族とかではなさそうだ。


 ちなみにイヌ男だけでなくイヌ女もいて、青いビキニを着けている。毛で隠れない分バストが強調されて、ちょっときわどい。

 こんなに目立つ外見なのに、今までどこに隠れていたのです?




『何故だ……! あと何本、捨てればいい……。勇気の剣、勇気の剣だぞ……! 俺は、斧など、いらぬ……!』


 剣士の慟哭が聞こえてきた。

 金髪や茶髪の集団の中で、頭一つ分高いダークブルーの髪がよく目立つ。

 ネルソン君はNPCらしき青い鎧の騎士から斧を手渡され、それを足元の箱に捨て、また斧を受け取り、また捨てるという謎の行動を繰り返している。

 何をやっているんだろう。

 見慣れない青いサーコートを、いつもの鎧の上に着ている。


 ちなみにサーコートというのは、テンプル騎士団などが着ていた陣羽織のこと。前垂れのあるベストというか、鎧の上に着る飾り布(ゼッケン)というか。ファンタジー系のゲームではお馴染みの騎士服である。

 ネルソン君なかなか似合ってるね。飛行スキルを使ったら、青い服と白い羽根でナイスな配色かも。


『勇気の盾で、盾だった』

『勇気の矢で、弓と矢だよ。不っ思議だねー』


『何故だ……!』


『勇気の杖って言われた。これって良いものかな?』

『勇気の出荷そんなー』


『何故だ…………!』


 荒ぶる剣士の叫びに混ざって、女の子の念話(テル)が聞こえてきた。

 頭を抱えるネルソン君を子供キャラが囲っている。大人キャラも一人居るけど、だいたいはネルソン君の半分くらいの身長のちびっ子キャラだ。

 昨日の女神ごっこでフレンド登録した人かな?


 青い服で青い盾を抱えたピンクの髪の女の子。

 青い服で青い小弓を持ってぴょんぴょん跳ねる子が二人。おかっぱの茶髪と長めの銀髪が楽しげにぴょいぴょいしてる。

 青い長杖を授与された二人も青ローブだ。茶髪ボブカットの大人キャラと、水色のくるくるツインテールの少女。

 服と装備が青すぎて、だんだんネルソン君の髪の色が埋没してきた。


 水色のツインテールの子は、何か道化芝居(パントマイム)をやっている。


勇気の亡霊(ブレイブ・ファントム)。これは潜伏者を、姿の見えない亡霊に例えている。死と隣り合わせの潜入調査(ハイド・アンド・ラン)。誰にも顧みられず記憶されることもない、先を駆ける者(フロントランナー)。主を持たぬ隠密を嘲笑うようなネーミングだ。それだけじゃない。果たされぬ任務に勇気(ブレイブ)を重ねるとはな。過去の亡霊にリスペクトすら感じる。いいセンスだ』


 長杖をライフルのように構え、振り向き、ハンドサインを残して人ごみに隠れる。

 良いところのお嬢様みたいな容姿で、丁寧に巻いた髪を振り乱し、歌うように戯れる様は一種異様な雰囲気だ。


『ほう……』


 青い大きな斧を床に突き立て、その寸劇を感心したように眺めるネルソン君。

 勇気の剣(ブレイブ・ソード)は諦めたらしい。




『ねえねえ、ネルソン君、ネルソン君!』


 結構距離がある。

 とりあえず呼んでみると、ネルソン君がこっちを見た。


『おはよう……。朝の烙印で、目が染みるぜ……』


 打てば響くように、変な挨拶が返ってきた。

 大神殿は人ごみで埋まってガヤガヤと騒がしい。ちょっと人が動くと直ぐに遮られて見えなくなったりする。

 こんな状態でも念話(テル)のやり取りは成立するらしい。チラッとでも見えていれば届く感じかな?


『おはー! ネルソン君、みてみて! いぬいぬいぬ!』


『ふむ……? ああ、あれか。緊急クエストの犬、だな……』


 イヌ人間は強い外見に反してビビリっぽい。壁際の端っこの方でひとまとまりになって、そわそわ落ち着かなげに立っている。

 いや顔は室内犬(シーズー)だし、見た目どおりなのか。


『クエストそろそろ』『これよりクエストを開始する』『女神ちゃんおっはよ~』『あれはハナ族だよ』『奴隷だね♪』『筋肉しか能のないフレンズだよ!』


 アニメ声の女の子たちの会話が、私の脳内でいっせいに炸裂した。

 うわっ、誰が誰だか分からないのです。

 というか、念話(テル)は他のフレンドにもダダ漏れっぽい?


 私は言葉を選んで反応してみる。


『おは……おはようです。ハナ族って、緊急クエスト? というか、なにが始まるのです?』


『うむ……。緊急クエストだな……』


 寝ぼけているのか、ネルソン君が要領を得ないのです。

 ねむねむ徹夜モードかな?


 今日の大神殿はいつもより青い。普段はクリーム色やら茶色やらの生成りの服が多いのに、青い服のヒト族でごった返している。ついでに言えば、イヌ人間の腰ミノも青い。

 大広間は何かピリピリしていて、いつも駄弁っているお喋り好きの奥様たちの姿は見えない。


『シドラ連邦が攻めてきたんだってさ~』『女神ちゃんクエ受けた?』『青い服を着て戦場に降り立つべし』『参加賞は青い武器と服だよ』


 ……え? 攻めてきた?

 というか、青い武器って――〈青色鉱(ブルーメタル)〉!?


 そうしているうちに、大広間の長椅子にヒト族のすし詰めが完成した。

 今日は祝福クエストじゃないのに礼拝をやる気らしい。緊急クエストでも礼拝なのか。


 私がそう思った途端、明示盤(ホロボード)が出た。


【システム通知:「祝福スキルで戦争の素晴らしさを伝える」クエスト】

【→引き受ける / 断る】


 戦争の素晴らしさって……

 祝福クエストじゃないと思ったら祝福クエストだった。祝福ってこんなのでいいの? 殺意多すぎでしょう?


『そう、戦争だ……。剣の、剣による、剣のための、戦争だ……。この戦いは、伝説の剣の伝説の戦いオペレーション・レジェンド・ソード、と呼ばれることになる……』


 急に元気になったネルソン君は、歯を見せてニヤリと笑った。

 持っているのは剣じゃなくて斧だけど。


『なる』『そうそう』『そっかー』『ネルくんかっくい~』『戦争は弓だよ、ネルくん』『だよ』


 女の子たちがやんやんと囃し立てる。

 本当に戦争が始まるらしい。


 そして、女神への礼拝――祝福クエスト――が始まった。

 今日は説法のお爺さんはお休みのようだ。


 光沢のある青い鎧をまとった騎士が、壇上に上がり号令をかける。話の内容は分からないが、ヒト族の皆さんは起立してそれに応える。


 パイプオルガンの重低音が、キャラクター作成時の耳慣れた曲を響かせる。主旋律と伴奏のみの簡易なアレンジ曲だが、弾けるような子供の合唱が合わさって、伝説の英雄を歌う叙事詩のようにも聞こえてくる。歌詞は全然分からないけれども。




 昔の偉い人は言いました。量子論的なテレポートで人間は進化したと。


――私の祝福スキルも進化しそうです。




【システム通知:聖域の操作が上達しました。祝福スキルを進化させますか?】

【→進化する / しない】




 進化――という単語を聞くと、何かもにょもにょするんだけど。

 思い出すのは渡米した親戚の叔母さん。進化というキーワードで爆発する地雷みたいな人で、猿は人間に進化しないのよ、とか言って腕を離してくれなくて怖かった記憶が……ッ!


 まあ、技能(スキル)の進化は飛行スキルで経験済みなので今更なのです。

 がんばれ祝福スキル! 一生懸命みんなを癒すのです!


 私は続けて詩句が踊る明示盤(ホロボード)を読み上げる。進化の儀式だ。


『戦士達に星の祈りを。

 勝軍よ天を望め、輝ける運命は全てを照らす。

 集え極光――――』


 ビームとか出そうな文面だな、と思った途端。

 パァン、と光が溢れ弾けた。ちなみに極光とはビーム砲撃ではなく、高緯度地方の夜空に踊るオーロラのことである。




【システム通知:聖域が限界突破し祝福スキルⅦを習得しました! 称号:癒しの天使を得ました!】


《祝福=武運長久(デスティニー)》 [常](ステイ)[聖](サンクト)[繁栄(ラック)][蘇](レイズ)

 兵站線確保。気力体力が徐々に回復する。アトリビュート・アイコン。




【マイ・キャラクター】

◆アバター:青色水晶(セルリアナイト)エリン

 レベル:30

 種族:ハネ族 職業:女神 年齢:8 性別:♀

 HP: 626/626

 MP:1164/1164

 身体:《筋力F》《耐久F》《感覚C》《反応AA》《知力F》《精神S》

 技能:《祝福AA》《飛行C》《風纏E》《魔眼D》《吐息E》《疾走E》

 権能:《樹界語A》

 生活:《念話(テル)》《収納術(アイテムボックス)》《社交術(フレンドリスト)》《擬宝術(ドローアイコン)》《行商術(トレードボックス)》《伝授(プロファー)

 称号:〔星の祈り〕〔蒼穹の覇者〕〔癒しの天使〕


◆アイテム:36547% 所持金:50(ジェイド)

 装備:〈青色水晶〉〈ハネ族の服〉

 収納:〈ヤドリギの小枝〉〈宝石の袋〉


◆メインアーム:〈素手〉

 アトリビュート1:《祝福=武運長久(デスティニー)

 コモンスロット2:《祝福=交通安全(ブロードウェイ)

 コモンスロット3:《祝福=無病息災(ウェルネス)

 コモンスロット4:《祝福=商売繁盛(ブロードキャスト)

 コモンスロット5:《祝福=家庭円満(ハビテーション)

 コモンスロット6:《祝福=天壌無窮(インフィニティ)

◆サブアーム:〈素手〉

 アトリビュート1:

 コモンスロット2:

 コモンスロット3:

 コモンスロット4:

 コモンスロット5:

 コモンスロット6:




 《祝福AA》! やったのです。限界突破なのです。

 いやしの天使!?


 アトリビュート・アイコン《祝福=勝負必勝(フォーチュン)》は消えて、《祝福=武運長久(デスティニー)》に変化した。

 あと、サブパレットみたいな(スロット)が六個増えた。グレーアウトで使えないけど。なんだろうこれ。


 パイプオルガンの演奏は一巡で終わった。




『まぁ、行ってくる……』


『お勤めご苦労さまです』『行ってくるね~!』『んゅ♪』『ってきまぁす』『お土産は焼き鳥』


 ……ああ、お腹すいたなあ。ゲーム内で何も食べてない。


『いってら~! がんばってくださいね!』


 ガヤガヤと喧騒が戻り、足音が遠ざかっていく。

 ネルソン君と、他のフレンドの人も出ていった。青い服だらけで見分けがつかない。個体識別すら難しい。まあ、挨拶されたら返せばいいか……

 ハナ族のフレンドは一人も居ないようだった。残念。


 大神殿に集まった人達は、槍やら棍棒やら最低限の武器を手渡されているようだ。

 戦争がはじまる。

 ちなみに、警備の白騎士は居残り組らしい。

 ……私はまた暇になった。



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