11 女神ですが軍靴の足音がきこ
#11
ログインしたらイヌ人間がいた。
光溢れる大広間は、薄い茶髪や金髪のヒト族で埋まっている。
そして壁際の端っこの方には、銀色のモフモフの獣人が……
『いぬ……犬がいぬ』
初めて見る犬の獣人に、テンション上がってきた。
筋骨隆々すぎて腕の太さがグリズリーだけど。大雑把にみると、犬っていうより直立歩行の熊かもしれない。
顔は丸っこい室内犬だけど。
……ちょっとこれ、プレイヤー人気は無理だよね?
腰ミノを着けただけの格好で、全身銀色の毛並みが眩しい。
フサフサの毛でも隠しきれない、パワーとスピードを兼ね備えた分厚い筋肉が、ちょっと動くたびに重量感をもって腰ミノと一緒に脈動する。
強い。フラダンスを愛する平和な種族とかではなさそうだ。
ちなみにイヌ男だけでなくイヌ女もいて、青いビキニを着けている。毛で隠れない分バストが強調されて、ちょっときわどい。
こんなに目立つ外見なのに、今までどこに隠れていたのです?
『何故だ……! あと何本、捨てればいい……。勇気の剣、勇気の剣だぞ……! 俺は、斧など、いらぬ……!』
剣士の慟哭が聞こえてきた。
金髪や茶髪の集団の中で、頭一つ分高いダークブルーの髪がよく目立つ。
ネルソン君はNPCらしき青い鎧の騎士から斧を手渡され、それを足元の箱に捨て、また斧を受け取り、また捨てるという謎の行動を繰り返している。
何をやっているんだろう。
見慣れない青いサーコートを、いつもの鎧の上に着ている。
ちなみにサーコートというのは、テンプル騎士団などが着ていた陣羽織のこと。前垂れのあるベストというか、鎧の上に着る飾り布というか。ファンタジー系のゲームではお馴染みの騎士服である。
ネルソン君なかなか似合ってるね。飛行スキルを使ったら、青い服と白い羽根でナイスな配色かも。
『勇気の盾で、盾だった』
『勇気の矢で、弓と矢だよ。不っ思議だねー』
『何故だ……!』
『勇気の杖って言われた。これって良いものかな?』
『勇気の出荷そんなー』
『何故だ…………!』
荒ぶる剣士の叫びに混ざって、女の子の念話が聞こえてきた。
頭を抱えるネルソン君を子供キャラが囲っている。大人キャラも一人居るけど、だいたいはネルソン君の半分くらいの身長のちびっ子キャラだ。
昨日の女神ごっこでフレンド登録した人かな?
青い服で青い盾を抱えたピンクの髪の女の子。
青い服で青い小弓を持ってぴょんぴょん跳ねる子が二人。おかっぱの茶髪と長めの銀髪が楽しげにぴょいぴょいしてる。
青い長杖を授与された二人も青ローブだ。茶髪ボブカットの大人キャラと、水色のくるくるツインテールの少女。
服と装備が青すぎて、だんだんネルソン君の髪の色が埋没してきた。
水色のツインテールの子は、何か道化芝居をやっている。
『勇気の亡霊。これは潜伏者を、姿の見えない亡霊に例えている。死と隣り合わせの潜入調査。誰にも顧みられず記憶されることもない、先を駆ける者。主を持たぬ隠密を嘲笑うようなネーミングだ。それだけじゃない。果たされぬ任務に勇気を重ねるとはな。過去の亡霊にリスペクトすら感じる。いいセンスだ』
長杖をライフルのように構え、振り向き、ハンドサインを残して人ごみに隠れる。
良いところのお嬢様みたいな容姿で、丁寧に巻いた髪を振り乱し、歌うように戯れる様は一種異様な雰囲気だ。
『ほう……』
青い大きな斧を床に突き立て、その寸劇を感心したように眺めるネルソン君。
勇気の剣は諦めたらしい。
『ねえねえ、ネルソン君、ネルソン君!』
結構距離がある。
とりあえず呼んでみると、ネルソン君がこっちを見た。
『おはよう……。朝の烙印で、目が染みるぜ……』
打てば響くように、変な挨拶が返ってきた。
大神殿は人ごみで埋まってガヤガヤと騒がしい。ちょっと人が動くと直ぐに遮られて見えなくなったりする。
こんな状態でも念話のやり取りは成立するらしい。チラッとでも見えていれば届く感じかな?
『おはー! ネルソン君、みてみて! いぬいぬいぬ!』
『ふむ……? ああ、あれか。緊急クエストの犬、だな……』
イヌ人間は強い外見に反してビビリっぽい。壁際の端っこの方でひとまとまりになって、そわそわ落ち着かなげに立っている。
いや顔は室内犬だし、見た目どおりなのか。
『クエストそろそろ』『これよりクエストを開始する』『女神ちゃんおっはよ~』『あれはハナ族だよ』『奴隷だね♪』『筋肉しか能のないフレンズだよ!』
アニメ声の女の子たちの会話が、私の脳内でいっせいに炸裂した。
うわっ、誰が誰だか分からないのです。
というか、念話は他のフレンドにもダダ漏れっぽい?
私は言葉を選んで反応してみる。
『おは……おはようです。ハナ族って、緊急クエスト? というか、なにが始まるのです?』
『うむ……。緊急クエストだな……』
寝ぼけているのか、ネルソン君が要領を得ないのです。
ねむねむ徹夜モードかな?
今日の大神殿はいつもより青い。普段はクリーム色やら茶色やらの生成りの服が多いのに、青い服のヒト族でごった返している。ついでに言えば、イヌ人間の腰ミノも青い。
大広間は何かピリピリしていて、いつも駄弁っているお喋り好きの奥様たちの姿は見えない。
『シドラ連邦が攻めてきたんだってさ~』『女神ちゃんクエ受けた?』『青い服を着て戦場に降り立つべし』『参加賞は青い武器と服だよ』
……え? 攻めてきた?
というか、青い武器って――〈青色鉱〉!?
そうしているうちに、大広間の長椅子にヒト族のすし詰めが完成した。
今日は祝福クエストじゃないのに礼拝をやる気らしい。緊急クエストでも礼拝なのか。
私がそう思った途端、明示盤が出た。
【システム通知:「祝福スキルで戦争の素晴らしさを伝える」クエスト】
【→引き受ける / 断る】
戦争の素晴らしさって……
祝福クエストじゃないと思ったら祝福クエストだった。祝福ってこんなのでいいの? 殺意多すぎでしょう?
『そう、戦争だ……。剣の、剣による、剣のための、戦争だ……。この戦いは、伝説の剣の伝説の戦い、と呼ばれることになる……』
急に元気になったネルソン君は、歯を見せてニヤリと笑った。
持っているのは剣じゃなくて斧だけど。
『なる』『そうそう』『そっかー』『ネルくんかっくい~』『戦争は弓だよ、ネルくん』『だよ』
女の子たちがやんやんと囃し立てる。
本当に戦争が始まるらしい。
そして、女神への礼拝――祝福クエスト――が始まった。
今日は説法のお爺さんはお休みのようだ。
光沢のある青い鎧をまとった騎士が、壇上に上がり号令をかける。話の内容は分からないが、ヒト族の皆さんは起立してそれに応える。
パイプオルガンの重低音が、キャラクター作成時の耳慣れた曲を響かせる。主旋律と伴奏のみの簡易なアレンジ曲だが、弾けるような子供の合唱が合わさって、伝説の英雄を歌う叙事詩のようにも聞こえてくる。歌詞は全然分からないけれども。
昔の偉い人は言いました。量子論的なテレポートで人間は進化したと。
――私の祝福スキルも進化しそうです。
【システム通知:聖域の操作が上達しました。祝福スキルを進化させますか?】
【→進化する / しない】
進化――という単語を聞くと、何かもにょもにょするんだけど。
思い出すのは渡米した親戚の叔母さん。進化というキーワードで爆発する地雷みたいな人で、猿は人間に進化しないのよ、とか言って腕を離してくれなくて怖かった記憶が……ッ!
まあ、技能の進化は飛行スキルで経験済みなので今更なのです。
がんばれ祝福スキル! 一生懸命みんなを癒すのです!
私は続けて詩句が踊る明示盤を読み上げる。進化の儀式だ。
『戦士達に星の祈りを。
勝軍よ天を望め、輝ける運命は全てを照らす。
集え極光――――』
ビームとか出そうな文面だな、と思った途端。
パァン、と光が溢れ弾けた。ちなみに極光とはビーム砲撃ではなく、高緯度地方の夜空に踊るオーロラのことである。
【システム通知:聖域が限界突破し祝福スキルⅦを習得しました! 称号:癒しの天使を得ました!】
《祝福=武運長久》 [常][聖][繁栄][蘇]
兵站線確保。気力体力が徐々に回復する。アトリビュート・アイコン。
【マイ・キャラクター】
◆アバター:青色水晶エリン
レベル:30
種族:ハネ族 職業:女神 年齢:8 性別:♀
HP: 626/626
MP:1164/1164
身体:《筋力F》《耐久F》《感覚C》《反応AA》《知力F》《精神S》
技能:《祝福AA》《飛行C》《風纏E》《魔眼D》《吐息E》《疾走E》
権能:《樹界語A》
生活:《念話》《収納術》《社交術》《擬宝術》《行商術》《伝授》
称号:〔星の祈り〕〔蒼穹の覇者〕〔癒しの天使〕
◆アイテム:36547% 所持金:50J
装備:〈青色水晶〉〈ハネ族の服〉
収納:〈ヤドリギの小枝〉〈宝石の袋〉
◆メインアーム:〈素手〉
アトリビュート1:《祝福=武運長久》
コモンスロット2:《祝福=交通安全》
コモンスロット3:《祝福=無病息災》
コモンスロット4:《祝福=商売繁盛》
コモンスロット5:《祝福=家庭円満》
コモンスロット6:《祝福=天壌無窮》
◆サブアーム:〈素手〉
アトリビュート1:
コモンスロット2:
コモンスロット3:
コモンスロット4:
コモンスロット5:
コモンスロット6:
《祝福AA》! やったのです。限界突破なのです。
いやしの天使!?
アトリビュート・アイコン《祝福=勝負必勝》は消えて、《祝福=武運長久》に変化した。
あと、サブパレットみたいな穴が六個増えた。グレーアウトで使えないけど。なんだろうこれ。
パイプオルガンの演奏は一巡で終わった。
『まぁ、行ってくる……』
『お勤めご苦労さまです』『行ってくるね~!』『んゅ♪』『ってきまぁす』『お土産は焼き鳥』
……ああ、お腹すいたなあ。ゲーム内で何も食べてない。
『いってら~! がんばってくださいね!』
ガヤガヤと喧騒が戻り、足音が遠ざかっていく。
ネルソン君と、他のフレンドの人も出ていった。青い服だらけで見分けがつかない。個体識別すら難しい。まあ、挨拶されたら返せばいいか……
ハナ族のフレンドは一人も居ないようだった。残念。
大神殿に集まった人達は、槍やら棍棒やら最低限の武器を手渡されているようだ。
戦争がはじまる。
ちなみに、警備の白騎士は居残り組らしい。
……私はまた暇になった。