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発端

午後7時40分、ごく一般的な夕食の時間。メイドのアンナが1人で作った夕食を自分の屋敷のダイニングで食べる。

「今日は……パスタとサラダとスープか」

「はい、ソースはトマトソースにしてみました。お飲み物は、どうしましょうか?」

「酒以外ならなんでもいい」

「ふふっ、折角ワインセラーがあるのにお酒が飲めないなんて皮肉ですよね」

そう言うとアンナはグラスに水をいれてくれた。

前に飲んだワインは飲みやすかったせいでついつい飲みすぎて酔ってしまった。正直、しばらくもう飲みたくはない……

「元々うちの爺さんが使っていた屋敷なんだ。爺さんはワインが好きだったからな。正直俺には無用の長物だよ」

元々この屋敷は死んだニルヴァーナの祖父が建てた屋敷だ。

ニルヴァーナの家系は代々使いきれないほどの資産を遺し、その代の主が遺産に自分の集めた資産を継ぎ足して莫大な遺産を遺す。

前代の主である俺の親父、バーカス・ニルヴァーナは何が理由か蒸発。その妻である母さん、ニーナは俺を産んだ時に死んで、俺の親は親父だけだった。

その親父が消えて、ニルヴァーナの家を継ぐことになったのが俺だ。

程々に大きい街のはずれにあるこの屋敷だが、使用人はあまり雇わず、ニルヴァーナの家に仕えるミストルティンの者を従者にする。

ミストルティンの家系はニルヴァーナの代に合わせて専属の使用人を作り上げる。それが俺の従者、アンナだ。

そして俺の歳は22、アンナが19歳。両者とも役に対して少し若すぎる。

俺は大学を辞めて屋敷でただグリモワールを解析しているだけで何もしていない。俺自身の求める当主は一体……

「ステイン様?あまり食事時にそんな顔しない方がいいですよ」

「え?俺、そんな顔してたか?」

「悩み事の顔をしてましたよ。10年近くも一緒だとだいたい何考えてるかわかっちゃいますよ」

「なよなよした男はモテんぞー」

「暖炉に入りたいらしいな」

「……」

わかればいい。

気を取り直して夕食に手をつけようとすると

「あ、そういえば最近街で事件が起こっているので、あまり遅い外出は控えてくださいね」

「事件? どういう事件なんだ?」

「あの、言い出しておいてなんですがあまり食事時に話すような内容じゃないんですが……」

「いや、大丈夫だ。気にしなくていい」

「じゃあお話しますけど、ここ最近毎朝、目がくり抜かれた人の死体が出てくるらしいんです。だいたい裏通りや建物の間みたいな人目につきにくい場所で見つかって、死亡推定時刻は夜中の1時から3時と新聞に載ってました。昨日今日と見つかって同じ手段なんで連続殺人じゃないかって」

「ふぅん、世の中悪趣味な殺人犯もいるもんだな。俺にはそいつの気持ちがよくわからないな」

そいつの気持ちもわからなければ俺の気を害すこともない。故に口に運ぶパスタの味も変わらない。程よい麺の硬さに絡まるトマトソースの酸味がよく合う。

「ふむ……連続殺人か」

「どうした、お前が生きていた時代よりおかしな奴がいるとでもいいたいか?」

「いやな、それもたしかなんじゃが、どうもなにか引っかかる」

引っかかる? 何かあるのか? 今どき殺人なんかはよくある話だ。

それだけ世の中は疲弊しているのか狂っているのか、俺が知ったことじゃないがな。

「おかしいんじゃ、この街に儂と似たような空気を持つものがいる。しかもそれは人のそれじゃない」

流石に手が止まる。こいつ、もしかして他の魔導書がこの街にあるとでも言いたいのか?

「待て、どういう意味だ? 人のそれじゃないって、お前以外の魔導書があるとでも言いたいのか?たしか力があるのは複製品の魔導書じゃない原典だけなんだろ?」

「うむ、そうだがな、儂が書いたのは何冊と言った? たしかに大半は燃えただろうな。だがいくらか焼け残っていてもおかしくないんじゃないか?」

「……奇遇なこともあるんだな。お前を含めた原典が2冊もこの街にあるなんてな。だからなんだ? 俺には関係ないだろ?」

「儂の推測だが、おそらくこれから殺人はエスカレートする。そしてそいつが小僧のように魔導書を持っているなら、そいつは儂らを標的にする」

「おい待て! なんでそこで俺達が……」

「簡単な話じゃ、単純明快、同類に会おうとするからじゃ。人間は同じ類のものを好む。東方の国には類は友を呼ぶ、ということわざがあるらしい。それに、こういう儂の勘はよく当たるんじゃよ」

つまり、こいつは俺にその殺人鬼を止めろと言いたいらしい。

一般人に殺人鬼に向かっていけだなんて死ねと言っているようなものだ。

そういうのは警察に任せるべきだ。わざわざ俺達が出張って殺されにいく必要なんてない。

「ふざけるなよ、そんなやつ俺にどうこうできる相手じゃない」

「小僧、儂がなんなのか忘れたのか? 多くの魔導書を作り、それが所以で儂は〈魔導書の父祖〉と呼ばれているらしいじゃないか」

「お前、黒魔術みたいな人を殺すようなものまで書いてたのかよ」

よく考えれば当たり前じゃないか。読むことすら禁忌なものもあれば、そこから手段を取り出して人を殺すものなんてたくさんあるはずだ。

現に黒魔術の書という本はオカルトの中でも定番。その手のものは必ず原点が存在する。

だからこいつは……

「なに、完全に殺すものは使わせん。少なくとも『あたりどころが悪ければ死ぬ』程度なら大丈夫じゃろ」

「最悪殺せっていうことか、くそじじいめ。死にたくないならさっさと解読して魔導書を回収しろってか」

本当にふざけた話だ。こいつの存在も漫画や小説までに収まっておけば俺はこんな非現実的なことを強いられることもないというのに。

ならさっさと解読する必要がある。

夕食をさっさと腹に入れてダイニングを出ようとすると

「あの! そんな止めにいくだなんて危ないです。もしかしたらステイン様が……私は、嫌ですよ……」

「アンナ……」

「街の人には悪いですけれど、一番は自分達の命じゃないですか。それにこっちから行かなくても、むこうから来るなら迎え撃てばそれで……」

「アンナ、俺は待たされるのが嫌いだし、こういうのは自分から行かないとむこうにアドバンテージができる。それに俺にはこのやかましい最強の老害があるらしい。安心しろ、俺も死にたくないからな」

そう言ってダイニングから出る。

アンナの言うことはもっともだ。俺も自分から行くだなんて言うほど勇者でもなければ馬鹿でもない。それしか選択肢がないんだ。なら決断は早めに終わらせないといけない。

「ところで小僧、誰がやかましい老害だと? 時がきたときおぬしを見殺しにすることも…あがぁっ!?小僧…貴様、そこは頭なんじゃぞ……」

やかましい老害の角を壁に叩きつける。

「そんなことしてみろ、お前も道連れにしてやるからな。それが嫌なら俺に力を貸せ。いいな?」

俺は生きて帰らなきゃいけない。そのためにも、万全の態勢で殺人鬼を止める



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