最高位精霊達のお茶会 前編。
この世界には、人間達では辿り着くことすら叶わぬ精霊王や最高位の精霊達が住む桃源郷のように美しい天空に浮かぶ大地がある。
その場所は、精霊王が故郷を偲び想い創られた美しい四季に彩られた島だった。
その天空に浮かぶ島の名を"幸福"と言った。
美しい天空の大地には、最高位精霊達のそれぞれの屋敷があった。
その形や作りは様々で、それぞれが気に入った建築様式で創り上げていた。
そんな数ある屋敷の中でも、美しい花々を初めとした植物たちに囲まれ、瑞々しい緑と色とりどりの色彩に彩られた一件の屋敷の庭でお茶会という名の情報交換が行われていた。
「うーむ、流石は桜。
母上の給仕をする腕前は伊達じゃないな。」
お茶会に出されたお菓子の一つを口に入れ、感想を漏らす山吹。
「うにゃあ、私は桜の作るお菓子大好き!」
幸せそうに微笑み、まるで子リスのように頬にお菓子を詰め込む雛菊。
「ふふ、ありがとうございます。山吹、雛菊。
ああ、雛菊、お菓子は逃げませんからゆっくりと食べなさい。
頬に詰め込まなくても、まだ他にもありますから。」
二人の褒め言葉に笑みを溢しながらも、雛菊の世話をする桜。
「ああん、妾も桜ちゃんの作るお菓子は大ファンよぉ。
是非、妾のお嫁さんになって欲しいくらいだわん。」
お茶とお菓子を味わいながら、桜へと冗談交じりの告白をする牡丹。
「ふふ、断固拒否しますわ。
せめて、その言葉使いと格好を直してから出直して下さいませ。」
「……二人に対してとは態度に差があるのは気のせいかしら?」
「あら、気のせいではありませんよ。
いつも、いつも、私に対して冗談交じりに女性の姿で告白するような殿方に対して、それ相応の態度をお返ししているだけですわ。」
桜は笑顔を浮かべながらも、牡丹に視線を向けるその瞳は冷たかった。
「……良いじゃない、似合っているんだから。
第一、マードレだって妾の華やかなこの美しさを見て、女性のような名前を付けちゃうんだもの。
その名前に負けないように、華やかに振る舞っているだけよ。」
桜の言葉に言い返すように唇を尖らせる牡丹、確かにその姿は男性とは思えぬ程に華やかで美しかった。
「まあ、実際に男と思えぬ程に牡丹は美しいからな。
それに、私は一緒に着せ替えで話が盛り上がるから嬉しいぞ。」
「うにぃ、似合わない男が牡丹みたいな格好をしてるのは嫌だけど、牡丹は似合うから良いと思うの。」
「……もう、山吹と雛菊まで。
はあ、もう良いですわ。この話はまたの機会と致しましょう。
今回こうやってお茶会を開いたのは主立った最高位精霊での情報交換のためですもの。
……時に、牡丹以外の闇と炎の男性陣の行方と土を司る桔梗の行方を知るものはいませんか?」
牡丹の姿に関する話をすることを諦めた桜は、他の主立った存在である最高位精霊達の行方を確認する。
「うん?闇?ああ、蓮のことか?
あいつはいつものように書庫で埋もれているぞ。」
「……いつか掘り起こさなければなりませんわね。」
「炎はいつも通り引き籠もってましたわねえ。」
「……いつか引っ張り出さねばなりませんわね。」
「にゃはっ、桔梗はね、いつものように正義を広めるための流離いの旅に出てるよ。」
「……通りで、あの高笑いが聞こえないはずですわね。」
桜は、個性豊かな最高位精霊達に頭が痛くなってきた。
「……致し方有りませんわね。
私達だけでとりあえずは、状況把握だけはしておきましょ……」
その時である。謎の高笑いがフェリシアに木霊した。
「オーホッホッホッ!
オーホッホッホッホッホッ!!
オーホッホッホッ、げほっごほっっごほっっ」
山吹と雛菊はわくわくとした表情を作り、牡丹は引き攣った顔で思わず桜へと視線を走らせ、桜は表情から一切の感情が消え去った。
「……、ふう。
天が轟き、大地が叫ぶっ!
助けを求める乙女の悲鳴と、悪を許すなとムッティのっ!
わたくしを呼ぶこえ、ぶほっっ?!」
「いつも、いっつも、もう少し静かに登場する事は出来ませんの?」
無表情だった顔にうっすらと微笑を浮かべ、瞳には怒りの炎を燃やした桜が屋敷の屋上に片手で何かを掴んで仁王立ちしていた桔梗へと配膳時に使用していた銀色のトレーを投げつけたのだ。
トレーは一直線に桔梗へと狙い違わずに着弾し、その衝撃により掴んでいた赤い物体諸共地面へと転がり落ちる。
ズシンッと重い音を響かせて頭から上半身を地面へとめり込んでしまった桔梗。
しかし、最高位精霊であり、土を司る彼女にとってはそこまでダメージは無いのか、すぐにスポンッと地面にめり込んだ上半身を抜き出すのだった。
「っっふう!
もうっ!不意打ちなど卑怯ですわっっ、桜!!」
「……ふふ、ふふふふふふ。」
「……え?……さ……桜さん……?」
肩を震わせ俯き、低い笑い声を上げる桜の姿にさすがの桔梗も危険を感じ取ったのか、周囲へと助けを求める視線を送る。
……だが、すでに危険を感じ取っていた牡丹たちは二人から距離を取っていた。
味方の居ない状況に頬をひくつかせる桔梗の肩に桜の嫋やかな白い手が置かれた。
白く小さな女性らしいその手は、まるで万力のように桔梗の肩をギリギリと締め上げていた。
「ひぃっっ、さ……桜さんっっ!!痛いっ、痛いっっ、絞まってるぅぅっっ!!」
「ふふ、ふふふふふふ、みんな勝手な事ばかり……。少しはお母様の補助をするなり、働いてはどうですのっっ!!」
「いやああぁぁっっっ!!助けて下さいましっっ、ひいらぎぃぃぃっっ!!!」
桔梗は、お茶会が有ると知って無理矢理連れ出していた紅い髪の男性、炎を司る最高位精霊である柊に助けを求める。
その無理矢理連れ出された挙げ句、屋敷の上より桔梗の手によって道連れに落とされた柊は、桜の様子を見て自身に矛先が向かないうちに退散しようと静かに歩き出そうとしていた。
そんな柊を己を助けて貰うためにも逃がさないように、桔梗は己の力を使ってその足を地面に埋めてしまう。
「ぐっっ!!」
地面にめり込んでしまった己の足を見て柊は顔色を青く染め上げる。
「……っっ!!」
地面から足を何とか掘り起こした時にはすでに遅く、桔梗を植物の縄で吊し上げた据わった瞳の桜が目の前にやって来ていた。
「ふふふふふふふ、柊?貴方にも私は沢山言いたい事があるのですよ。」
「……っっ?!」
元来、他者と喋る事が苦手で屋敷に引き籠もっていることが多い柊は、精霊界一のトラブルメイカーである桔梗に安住の地から連れ出されたばかりか、桜の説教に巻き込まれてしまうのだった。




