精霊王と"儀式(サバト)"。
皆様いつも読んで頂きありがとうございます。
今回の話は、黒ミサの儀式的な不快な表現があるかもしれません。
苦手な方は、あまり読まない方が良いかもしれないです。
あと、巫山戯た感じのゆうりの態度が苦手な方も読まない方が良いかもしれません。
真っ白なカトリーナ・バートレット伯爵婦人のドレスだけがぼんやりと光を発しているかのように浮かび上がる薄暗い屋敷の廊下を奥へ、奥へとユーグはカトリーナの先導を受け、半ば下男に引きずられるように移動していく。
重厚な大きな扉の前に立ったカトリーナは、ユーグの方を振り返りうっそりと笑みを浮かべる。
「さあ、旦那様。
皆様がお待ちですわ。
今日のために心強い同胞達が集まって下さいましたの。」
夫人自らが開いた扉の先には、平穏な日常とはかけ離れた光景が広がっていた。
そこは、伯爵家の大広間だった。
本来、太陽の光を取り込むことが目的であるはずの大きな窓には分厚いカーテンがその存在を隠すかのように覆っている。
広間の中を照らし出すのは、数多の燭台に灯る頼りなく揺らめく蝋燭の炎だけだった。
その明かりに照らされて、大広間の目立つ場所に作られた祭壇の様な場所に捻れ上がった山羊の角に、コウモリの翼、尖った細い尻尾、筋骨隆々とした男性の身体を持つ魔王像が飾られていた。
祭壇の周囲には、豪奢な食べ物や数々の酒が並べられ、黒い仮面を付けた貴族の紳士淑女達が欲に塗れた宴を繰り広げていた。
そんな紳士淑女の間を縫うように、カトリーナは祭壇まで進み行く。
「さあ、皆様お待たせいたしましたわ!
今宵は長年待ち続けた我が宿願が叶う特別な夜!
我らが偉大なる魔王陛下に数多の生け贄を捧げ続け、その見返りとして私の願いである愛しい夫がこの世に舞い戻る!
我が夫の血を受け継いだ最後の生け贄を捧げましょうっっ!!」
欲に溺れ、酒に飲まれ、理性など捨て去った"サバト"がユーグの目の前で繰り広げられていたのだ。
下男は、カトリーナの言葉に応えるように恐怖に怯え、悲鳴すら上げることが出来なくなっているユーグを無理矢理祭壇へと引きずりあげる。
興奮した紳士淑女の生け贄の血を求め、囃し立てる声が響くなかユーグは祭壇を模した大きな台座の上に四肢を固定される。
ユーグの心の中は絶望と恐怖で染め上げられていた。
奥歯が震えによってカチカチと音を鳴らす程に、声にならない悲鳴を上げてしまい、目を見開き涙を流さずにはいられぬ程に忍び寄ってくる死の気配に怯えていた。
「ああ、旦那様。そんなに怯えないで下さいませ。
うふふ、痛みなど一瞬ですわ。
貴方の依り代となる、その子供の心臓を魔王に捧げさえすれば、私は貴方を取り戻せる。
今度こそ、今度こそ……、私を見て下さいませ。
貴方のためにこんなにも美しくなるように努力していますのよ。
……うふふ、きっと私を今度こそ愛して下さいますわ。」
ユーグは狂ったカトリーナの愛を請い、囁く言葉に恐怖する。
ウットリと微笑みを浮かべ、紳士淑女の声に応えるように、鋭く尖った短剣を掲げる。
「ああ、魔王様!
この生け贄の心臓を貴方様に捧げますっ!!」
その声と共にきつく目を閉じたユーグの心臓を狙って振り下ろされた短剣は……、彼の心臓を捉えることはなかった……。
ブワッカァァァッンッッ!!!
短剣がユーグの身体に突き刺さろうとしたその瞬間、祭壇に飾られていた魔王像が派手な音を立てて爆発したのである。
爆発の衝撃にカトリーナと下男は吹き飛ばされる。
「あはー、呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃーん!
ゆうりちゃんの変身した姿!マリーロゼバージョンでーす!!」
魔王像があった場所にあったのは、地下牢に閉じ込められているはずの"マリーロゼ"の姿だった。
「あはっ、賭は私の勝ちですわね!」
未だに何が起こったか分かっていない、涙に濡れた瞳のままのユーグを前にマリーロゼの姿をしたゆうりは言い放つ。
「……え?
……なん…で……ここに……?」
事態が飲み込めずにいるユーグが呟く声を遮るようにカトリーナは金切り声を上げる。
「小娘っっ!
お前などさっさと殺しておけば良かったっっ!!
よくも、私の大切な儀式を汚しましたわねっっ!!」
「汚れきってるのは、あんたとその同胞とやらでしょ。
第一、魔王なんて存在は聞いたことも、会ったこともないしねえ?
存在すらしない者に祈って意味あんの?
お・ば・さ・んっ!」
「きいぃぃぃぃっっっ!!
お前など少し若いだけが取り柄じゃないっっ!!
何をしているのっっ、さっさとあの小娘を殺しなさいっっ!!!」
逆上したカトリーナは、下男へと命令を下す。
カトリーナの命令に従い、狼狽しながらも走って祭壇へと近づく下男。
キイィィンッッ!!
そんな下男の前に立ちふさがり、叩きのめした二人の人影があった。
「……これ以上、お前達の好きにさせる訳にはいかないよ。」
「貴公らの悪事全て私が見届けた!」
黒い仮面を投げ捨てるように取ったのは、冷たい微笑を浮かべたブラッドフォードと嫌悪の感情を瞳に宿したイザークだった。
「な、何故、近衛騎士団長が此処に居るのですか?!」
二人の姿に会場にいた貴族達は騒然となる。
「カトリーナ・バートレット伯爵婦人、孤児院への寄付などの慈善家で知られた貴女の素顔、とても残念ですよ。」
「……なぜ、ばれてしまいましたの?
だって、私の演技も何もかも完璧だったはずですわ……。」
剣を油断無く構え、冷たい眼差しを向ける国王の側近であるブラッドフォードを眼の前にして、カトリーナは愕然としてしまう。
「……イスリアート公爵令嬢であるマリーロゼ嬢の契約精霊様より、第二王子殿下へ一つの試練が与えられました。
それは、この王都周辺で行われている人間の欲で汚れきった儀式の数々を止めさせる様に……と。」
「そのお言葉を受け、私は極秘裏に陛下の側近である近衛騎士団長殿の力を借り受けて調査を進めていたのだ。」
ブラッドフォードの言葉に続けるように、一歩前に歩み出たイザークが厳しい眼差しを大広間に集った貴族達へと向ける。
「……まさか、謹慎中の第二王子殿下?」
「……いや、あのような……」
「……ですが……、第二王子の名を語るような事は……」
「……っっ!
断じてっ好きでこのような格好をしている訳ではないっっ!!
貴様らの悪事の証拠を掴むために仕方なくっ、仕方なくこのような格好をしているに過ぎんっっ!!
此度の一件、我が父である国王陛下の勅命により、このイザーク・チェリアル・フォン・スピリアルに任せられているっっ!!
貴様らっ神妙に縛に付くが良いっっ!!!」
貴族達の疑わしげな、戸惑ったような囁き声は、イザークの耳にしっかりと届いていた。
イザークは、顔を羞恥に染めながら否定の言葉も一緒に声を張り上げるのだった。
……イザークの格好とは、首元までフリルで覆われ、お腹の辺りに大きなリボンが付いた全て真っ黒なドレスに、頭は黒いスパンコールのミニハットで飾られていたのである。
……一部の紳士が、熱い眼差しをイザークへと送っていたことは彼の名誉のためにも、言わないでおこうとブラッドフォードは思ったのだった。。
「あら、イザベルちゃん?
そのドレス、すっごく似合っていると思うけどね。
そう思わない、ブラッドフォード?」
「ゆうり様っっ、お願いですから勘弁して下さいっっ!
潜入捜査だから、仕方なくこんな恥ずかしい格好をしているんですっ!
私は男なんですからっっ、ドレスが似合っても嬉しくありませんっっ!!」
「……ええっと、ゆうり様?
ドレスに関しましては、……その、……私よりは似合うかと思います……。
……あの、マリーロゼ嬢の格好でその話し方ですと、とても違和感がありますのでゆうり様ご自身の姿に戻って頂け無いでしょうか……?」
ゆうりの言葉にイザークは涙目になってしまい、ブラッドフォードは戸惑った声を上げてしまう。
「しょうがないなあ、……よいしょっと。」
マリーロゼの姿をしたゆうりが、くるんとその身を回転させればマリーロゼの姿は消え去り、ゆうり本来の姿へと戻る。
「さあて、紳士淑女の皆様が心待ちのお仕置きの時間だよ!
……君たちみたいな手合いは好みじゃないんだ。
一人たりとも逃げられると思わないでね?」
公爵令嬢の姿が消え去り、第二王子と近衛騎士団長を従えた、祭壇に立つ凶悪な笑みを浮かべたゆうりの言葉が大広間に響き渡るのだった。




