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精霊王と白い貴婦人。


 多少のアクシデント?もあった誕生会も終了し、バルトルトをはじめとしたマリーロゼとアイオリア、そしてブラッドフォードは、公爵家の談話室にて小さなお茶会を開いていた。


「マリーロゼ、すまなかった。

 やはり、お前の壁役にブラッドフォードを選ぶべきではなかった……。」

「お父様、私は大丈夫ですわ。

 お姉様がずっと側にいて下さったおかげで可笑しな輩にあれ以降、絡まれることはありませんでしたもの。」

「父上、僕も楽しかったです。

 父上や姉上と一緒に過ごせましたし、雛菊様にも祝って頂けましたから。」

 しょんぼりとしたバルトルトにマリーロゼとアイオリアは、ふんわりと微笑みを浮かべる。

 本来、高位に精霊と契約を結んでいる者など、王国中を探しても滅多にいるものでは無いのである。

 事実、バルトルト達三人組以外に高位精霊と契約を結んでいる者など片手で足りる。

 ……多くの貴族達が精霊契約を行う事が叶うのは、低位もしくは中位の精霊なのであった。

「……バルトルト、一応私だって努力したんだよ?

 だけどね……」

「黙れ、筋肉馬鹿。

 ……マリーロゼ、アイオリア、こちらに来なさい。

 特にマリーロゼは、決してあの男に近づいてはならん。」

 キョトンとした顔をしながらも素直に父親の言うことを聞く二人に、ブラッドフォードは渋い顔をする。

「……バルトルト、いくら私でも幼なじみである君の娘には何もしないよ。」

「……お前は、女関係では決して信用できん。」

 大切な子ども二人に耳栓をさせ、決してバルトルトとブラッドフォードの会話が聞こえないようにしながらバルトルトは断言する。

「……それに、貴様に近づいて万が一でも、女関係のトラブルで二人に何かあったらどうしてくれる?

 いいか、これからは女と会った後には決して、決っして、私の屋敷に足を踏み入れるな。

 二人の教育に悪影響を及ぼしかねん。」

「……そこまで言われる程では無いと……」

「言い切れるか?」

「……」

 ギロリとブラッドフォードへ鋭い視線を投げるバルトルトの言葉を否定することは、普段の己の素行を省みたブラッドフォードには出来ないのであった。


「……私としては、どうしてブラッドフォードがもてるかわっかんないけどなあ?

 やっぱり公爵家の次男坊って所が魅力?

 私も、いじりがいのある面白い人間だとは思うけどさあ。」

「あっいおっりあぁぁっ!!

 にゃっはーんっ、9歳のお誕生日おめでとー!」

「わあっ、雛菊様っ!

 え?これは、僕への贈り物ですか?」

 談話室の天井より突然降ってきたように現れたゆうりと雛菊の姿に部屋にいた者達は驚いてしまう。

 ……出現と同時にブラッドフォードに送られたゆうりの言葉に、ブラッドフォードは頬を引き攣らせてしまう。

 雛菊は、両手で贈り物が入っている箱を持ち、ゆうりはリボンの付いた大きな花束を持っていた。

「うんっ、ママ上様と一緒に選んだんだよ。

 うにぃ、アイオリアが気に入ってくれると良いんだけどね。」

「ありがとうございます、雛菊様。」

「にゃはは」

 嬉しそうに満面の笑みを浮かべ合う子どもたちの様子を微笑ましく見守っていたマリーロゼの目の前に、ゆうりが手に持っていた大きな花束を差し出す。

「え?お姉様、アイオリアにではないのですか?」

「あはっ、アイオリアには雛菊と一緒に選んだもん。

 これは、マリーロゼの社交界デビューを祝っての花束だよ。」

「まあ!

 うふふ、本当にお姉様には敵いませんわ。

 お姉様、今日も至らぬ私のフォローをして頂きありがとうございました。

 おかげで、無事に社交界デビューを終えることが出来ましたわ。」

 ゆうりからの花束を嬉しそうに笑みを浮かべて受け取るマリーロゼ。

「……ですが、次からはあのような者に遅れを取りませんわ。

 私自身の力で対応できますように精進いたします。」

 拳を握りしめ、決意を新たにしたマリーロゼへゆうりはいつものように笑顔を浮かべる。

「その意気や良しだねっ!

 私に協力できることはいつでも言ってね、マリーロゼ。」

「うふふ、お姉様、ありがとうございます。」

 ……ファイティングポーズを取るゆうりと拳を握るマリーロゼのの会話を聴いていたバルトルトは、マリーロゼが徐々にゆうりの影響を受けている気がして、その将来に一抹の不安を覚えてしまうのだった……。





 初めての社交の場に緊張して疲れていたのか、子ども達はそれぞれの部屋へと戻るとすぐに安らかな寝息を立て始める。

 一度はマリーロゼに伴い部屋から姿を消していたゆうりはマリーロゼが夢の中へと誘われ、しばらくした後にバルトルトとブラッドフォードの待つ談話室へと戻ってきていた。

 しかし、二人のいる部屋に戻ってきた本来の姿に戻ったゆうりは一人がけのソファに深く座り、静かに己の思考の海にその身を投じていた。

 ……そんな何も言わないゆうりへ冷や汗をかいてしまっている男達がいた。

 ……言うまでもなく、バルトルトとブラッドフォードである。

「(な、なんで、ゆうり様は何も言ってこないんだい?)」

「(私が知るはずがないだろう。)」

「(……まさか、私達への仕置きの方法を考えているんだろうか?)

 (うぅ、もうリヒト殿のマナー本書き写しは嫌だし、ライト様のふりふりドレスばかりの着せ替え人形はもっとご免だよ。)」

「(自業自得だろうが。)」

「(……君は、良いよね。ゆうり様に気に入られているみたいだし。)」

「(……)」

「(私は、なんだかゆうり様に嫌われている気がするよ……)」

「安心して良いよ。

 ブラッドフォードも気に入ってるから。

 君たちは三人一緒だと、とても面白いよね。

 あはっ、さすが王様とその側近二人組だよね。」

「「……(びくぅっ!)」」

 ゆうりの邪魔にならないように隅でこそこそとゆうりへ背を向けて話す二人の背後に、いつの間にか音もなく静かに立っていたゆうりは、ぽんっと二人の肩を叩きながら声を掛ける。

「あっ、あははは、いつから聞かれていたんですか?」

「最初からだよ、ブラッドフォード。

 今回の誕生会のことでも言いたいことはたくさんあるし、どうせなら三人一緒に本気で女装した姿で夜会に出席して欲しいとか思っていたけど、残念ながらそれは次の機会にするね。」

 狼狽えるブラッドフォードに良い笑顔を向けながら言葉を返すが、ゆうりはすぐに顔を曇らせてしまう。

 普段のブラッドフォード達に接する雰囲気と違う、何処か真剣な雰囲気を放つゆうりの姿に二人の空気も変わる。

「……何か、気になることでもございましたか?

 もしや、あの身の程を弁えぬ輩の事でしょうか……?」

「あれは、もう良いよ。

 しっかりとやり返しておいたからさ。」

 ゆうりのすでにやり返しているという言葉に、バルトルトとブラッドフォードは引き攣った笑みを浮かべ、"何"をしたかは聞くの恐ろしいから止めておこうと心から思った。

「……私が気になっているのはさ、会場の端にマリーロゼを熱心に見つめる女がいたでしょう。」

「マリーロゼをですか?」

 マリーロゼの名前が出たことに、バルトルトの眉間に皺が寄る。

「一目見ただけではわかりにくいけど、本来の年齢は40歳台で細身の身体に、茶色い髪に青い眼をしてる。

 大広間にある王都の風景画の横辺りにいた白いドレスに、目立つ紫色のアネモネのコサージュを付けてた人だよ。」

「……その女性は、カトリーナ・バートレット伯爵婦人ではないかな?」

「へえ、さすがブラッドフォード。

 ちなみに、人間から見てその人はどんな人?」

 女の人のことだけはよく覚えているなあ、という言葉は音になる事は無くゆうりの心の中だけに留められた。

「……ゆうり様の言葉に、別の意味が含まれていた気がするのは私だけですか?」

「気のせいだよ、ブラッドフォード。」

「……そうですか。

 バートレット伯爵婦人は余り積極的に華やかな社交界の場に現れる女性では無かったはずです。

 各貴族が主催する個人的なお茶会などでは、よく姿をお見かけすると聞きますよ。」

「バートレット伯爵、彼女の夫は数年前に事故死しています。

 しばらく伯爵の後継に誰を据えるかで揉めていましたから、印象に残っています。

 実際にその時に彼女に会いましたが、繊細そうな女性でしたね。

 親類の子供を引き取り、後継問題が落ち着いてからは孤児院への寄付や、後見を引き受けるなどされています。」

「ああ、そうだったね。

 領地にある孤児院も経営されているんだろう?

 良くできた女性だという声も聞いたことがあるよ。」

「そう……、あれが孤児院に寄付したり、経営する良くできた人ね……。」

 ゆうりは二人の話を聞いて剣呑な光をその双眸に浮かべる。

「……ゆうり様?」

「……彼女に何かあるのですか?」

 ゆうりの纏った冷たい雰囲気を察して、バルトルトとブラッドフォードの背筋に冷や汗が流れる。

 

「……あれの何処が出来た人なんだろうね。

 少なくとも、私には全く信じられないよ。

 だって……、あそこまで汚れきった魂は久しぶりに見たもの。」


 吐き気を覚える程にね、と続くゆうりの言葉に二人の表情も凍り付くのだった。



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