公爵一家とピクニック 後編。
お弁当の蓋が開けられると、まず一番最初に目にとまったのは色とりどりの具材が挟まれたサンドイッチ。
色鮮やかなトマトの赤、卵の黄色、レタスの緑、ハムにチキン……。
そして、おかずの方へ目をやればこんがりときつね色に揚がった唐揚げ、チーズや野菜を細かく刻んで一緒に焼き上げたオムレツ、花の形に切られた人参が可愛らしいゆで野菜のサラダに、タコさんウインナー、タマネギとピーマンがたくさん入ったナポリタン……。
その料理の数々は、ゆうりが好きだったり、食べたくなったものを一つずつ長い年月を掛けて桜に再現して貰った物だった。
「……お父様は、お料理もお上手なのですね!」
「父上、本当にこんなにも美味しそうなお弁当を作られたのですかっ?!」
「あ、ああ。
……味は、一応味見はしてあるから大丈夫だと思うが……。
二人とも……、その、食べてくれるか?」
「「はいっ」」
バルトルトの心臓はドキドキと五月蠅い程に鼓動を刻み、二人の子どもたちが嬉しそうに己の作った弁当を口に運ぶのを見守る。
「おいしいです、父上!
さすが、父上ですね!
僕にも、今度料理を教えて下さい!」
「本当に美味しいですわ!
お父様、アイオリアに料理を教えるのでしたら、是非私にも教えて下さいませ。
そうすれば、今度ピクニックに来た時に私とアイオリアでお弁当を作りますわ。
……その時はお父様に、是非食べて頂きたいです。」
「アイオリア……、マリーロゼ……。
ああ、必ず教えよう。そして、またお前達の作った弁当を持ってピクニックへと来よう。」
バルトルトは、この世にこそ楽園はあったのだとばかりに幸せを噛みしめていた。
「……精霊王様、元気を出して下さいませ。」
「……ママ上様ぁ、元気を出して……。
うにゃあ、人には向き不向きが悲しいことにあるんだと思うよ。」
「……雛菊……、それは慰めになっていません。」
「……マリーロゼに、喜んで貰うはずだったのに……。
"美味しい、お姉様大好き"って言って貰うつもりだったのに……。」
一方で、バルトルトを弁当作りに巻き込んだ張本人であるゆうりは、敷布の隅で淀んだ空気を背負い三角座りをしていた。
……食べることは大好きなゆうりだったが、何故かどんなに桜の言う通りに作っても見た目は綺麗に出来たはずの料理は、全て様々な効果を持った劇物となってしまうのだった……。
そんな危険なものをマリーロゼに食べさせる訳にはいかず、出来上がった料理の全てはエリオットとブラッドフォードへと贈られたのだった……。
二人がそれを口にしたかは、あえて語るまでも無い事かもしれない……。
楽しい食事の時間も終わり、子どもたちの元気に遊び始める姿が有った。
「うにー、この楽しさがわかるなん子がいるなんて意外だよ、アイオリア!」
「あははは、凄く楽しいです!
さすがは、風を司る精霊様ですねっ!!」
「うにゃん!
アイオリアっ、もーっと、飛ばすよっっ!」
「はいっ、お願いします!」
にゃはは、あはは、と青空に笑い声が木霊する。
風を操る事ができる雛菊がアイオリアを掴み、一緒に空をまるでジェットコースターのように縦横無尽に飛び回っているのだ。
マリーロゼも最初は、一緒に空を飛んでいたが雛菊の空を飛ぶ余りの速さと縦横無尽な飛び方に眼を回してしまった。
それ以降は、大人しく桜と一緒に花の冠を作ったり、可愛らしい花を愛でたりと大人しく過ごしている。
「……子どもは風の子って言うけどさあ、あの二人は別格だね……。」
「……ええ。」
ゆうりとバルトルトは子どもたちの姿を見守りながら敷布の上に座り、食後のお茶を楽しんでいた。
「……精霊王様、……ありがとうございます。
……貴方のおかげで、私は大切な我が子達との深い溝を少しずつかもしれませんが埋める事ができ始めています。」
バルトルトは、唐突にゆうりへと感謝の言葉を贈る。
「別にお礼なんて良いよ。
私はただ、マリーロゼに幸せになって貰いたいだけだからさ。
……少なくとも、君やアイオリアがいて、リチャード達が健在であればマリーロゼは凄く幸せそうな笑顔を浮かべるんだもの。」
ゆうりは嬉しそうに、幸せそうに花を摘むマリーロゼへと温かな視線を向ける。
「ああ、そうだった。
言い忘れてたけど、君もアイオリアも、君の幼なじみも私の名前を呼んで良いよ。」
「……光栄なことですが、宜しいのですか?」
「まあね、他の人間に比べれば君たちの事は嫌いじゃないもん。
反応が面白いから。」
「……そうですか。」
光栄に思えばいいのか、面白いと言われたことに嘆けばいいのか迷ってしまうバルトルトだった。
「もう一つ言い忘れてたけど、今後私ってば結構問題起こしちゃうかもしれないけどさ、後のフォローよろしくね。」
「は?
ゆうり様、どういう……」
この先の未来を暗示する台詞をほけほけと笑って言い放ち、ゆうりの言葉の意味を確かめようとするバルトルトを残してマリーロゼの側へと駆けていく。
「マリーロゼっ!」
「お姉様っ、花の冠が出来ましたの。
お姉様に差し上げますわ。」
「うっわあ、マリーロゼが手ずから作った花の冠の贈り物なんて、永久保存版だねっ!
んもうっ、マリーロゼっ!大好きっ!!」
「うふふ、私もお姉様が大好きですわ。」
少なくとも、ゆうりの言葉を受けて満面の笑顔を浮かべるとても幸せそうなマリーロゼの姿が其処には有った。
だからこそ、ゆうりは思う。
このまま、ゆうりとマリーロゼの幸せな日常を決して壊させたりはしないと……、強く思うのだった。




