精霊王と幻想的な光景。
「それで、なぜ精霊である貴女は私の前に姿を現したのですか?
叔父様や叔母様は、精霊は無意味に人の前に姿を現すことはないと言ってましたわ。」
白い狼の姿のゆうりに多少は距離を置いたまま、マリーロゼは問いかける。
「うぅ、心の距離を感じるよぉ…。
ん? ああ、ちょっと違うよ。 姿を現さない訳では無くって、ただ人間には見えないだけ。 眼には見えない力の弱い精霊は、何処にでもいるよ。
そしてある程度力を持てば、精霊は具現化出来るようになるの。
ただ、人間の姿を違和感なく具現化出来るのは凄く強い力を持った高位の精霊だけかなあ。」
ゆうりから多少は距離を取って話し掛けてくるマリーロゼの姿にしょんぼりとしながらも、ゆうりは質問にはしっかりと答えた。
「まあ、そうなのですか! では、この庭にも見えない精霊がいるのですね。」
「うん、沢山いるよ。 色んな姿の子がいるけど、基本的に可愛い子ばかりだよ。」
「……可愛らしい方ばかりならば、一度見てみたいですわ。
ですが、人の目に写らないのであれば致し方ありませんね。」
ゆうりは、笑顔でマリーロゼの言葉に応えようと行動を開始する。
「あはっ、お安いご用だよ! そうれっと!」
「えっ! ま、待ってくださいましっ!!」
マリーロゼの言葉を受けて、すぐに行動を開始したゆうりをマリーロゼは慌てて止めようとするが間に合わず、ゆうりは力を使ってしまった。
ゆうりの力により、屋敷の庭は幻想的な光景に包まれた。
庭の至る所に、淡い光を纏った小さな精霊達がフワフワと浮かんでいた。
動物の耳や尻尾の生えた人の形に近いもの、ぬいぐるみのような猫や兎など動物を形取ったもの、デフォルメされ花などの飾りを付けた人形など様々で、同じなのは手の平に乗ってしまう程の大きさという事だけだった。
そんな小さな精霊達は、嬉しそうにはしゃぎ回り追いかけっこをしたり、ふわふわ浮かびながら眠っているものなど、自由に動き回っていた。
「どう? これが小さな精霊達だよ。」
初めて見る小さな精霊達の姿に見とれているマリーロゼへ、褒めてとばかりに白い尻尾を振りながら声を掛けるゆうり。
「凄いですわ……。
……あっ! お姉様っ、見せて頂けたことはとても感謝していますわ。
ですが、まさか町中がこのような事になっているのですかっ?!」
幻想的な光景に見とれていたマリーロゼだったが、目の前に広がる光景が町中に広がっているのではと不安にかられ、慌ててゆうりへ問いかける。
「うんにゃ、この庭だけだよ。 それに結界も一緒に張ったから、外からは見えないよ。
ふふん、ちゃーんとマリーロゼの迷惑にならないように考えたんだよ。」
「……、それでしたら良かったですわ。
ですがお姉様、次に同じような事をされる時には事前に説明して下さいまし。」
ほっと安堵の胸を撫で下ろしながら続けられた言葉に、ゆうりは瞳を輝かせる。
「うん! 絶対説明するっ! ねえ、“次”ってことはマリーロゼの側にいても良いのっ?!」
「……あ、それは……。」
ゆうりの言葉にマリーロゼは困ってしまった。
男爵家に母親共々世話になっている立場であるため、勝手に判断することは出来ないと考えているからだった。
しかし、マリーロゼの目の前で瞳を輝かせて千切れんばかりに尻尾を振るゆうりの姿を見ればはっきりと断ることは躊躇われた。
「……お姉様、私には決定権は無いのですわ。
それに、子どもの私にだって精霊に側にいて頂くと言うことが重要な事だということは分かります。
叔父様達に相談せねば、私では判断を下すことは出来ないのです。」
「そっかあ……。 じゃあ、その叔父様は何処にいるの?」
マリーロゼの言葉に、千切れんばかりに振っていた尻尾は力をなくし、ゆうりは頭を項垂れる。
しかし、その叔父様とやらに許可をもぎ取ればいいのだと頭を上げてマリーロゼに質問する。
「叔父様は……」
「マリーロゼっ! 良かった、無事だったかっ!!」
「お嬢様っ、ご無事ですかっ!?」
ゆうりの質問に答えようとしたマリーロゼの言葉を遮るように、走ってくる二人の人影があった。
先にマリーロゼ目掛けて駆け寄って来ようとしているのは年配の執事の男性であり、執事の男性の後に続くように、もう一人の鳶色の髪に決して華美ではないが清潔な衣服に身を包んだ男性が走ってくる。
しかし、マリーロゼの元へと駆け寄ろうとした二人は、マリーロゼの目の前にいる大きな白い狼であるゆうりの姿を見て、驚きの声を上げてしまう。
「っ?! なんだこの大きな犬はっ?!
マリーロゼ、良い子だからゆっくりと犬を刺激しないようにこちらに来るんだ。」
「お嬢様、大丈夫ですぞ。」
「……失礼だよ。 私は、マリーロゼに危害は加えたりしない。
それに、犬じゃないっ!狼だよっ!!」
「……喋った。」
「犬が喋りましたな……。」
「だからっ、狼だってば!!」
二人もまた驚愕した顔で、ゆうりが喋ったことに驚きの声を上げるのだった。