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精霊王と王子の再会。

「……え?

 貴方様はあの時の……。」

 ジークフリードの声にマリーロゼは視線を向け、その先に春の夜に出会った貴公子の姿を認め驚き、大きな瞳がこぼれ落ちてしまいそうな程に見開いてしまう。

 驚くマリーロゼの側に足早に近寄り、微笑みかけるジークフリート。

「……やっと、会えましたね。」

 ジークフリートは、すぐにでもマリーロゼの華奢な身体を抱きしめて愛の言葉を囁きたい気持ちを抑え、マリーロゼに嫌われることがないように言動に細心の注意を払う。

「あの時の数々の非礼申し訳ありませんでした。

 私は、バルトルト・フォン・イスリアート公爵が一子、マリーロゼ・アウラ・イスリアートと申します。」

「……ずっと、知りたかった貴女の名前をようやく知ることが出来ました。

 私は、このスピリアル王国の第一王子ジークフリート・ピオニー・フォン・スピリアルと申します。」

 非礼を謝罪すると同時に目上の存在と認識したジークフリートに、先に自己紹介をさせてしまう事が無いようマリーロゼは名前を名乗る。

 そして、答えるように返されたジークフリートの名前と身分に驚いてしまう。

 マリーロゼとて、春の夜に出会った相手が王族や高位貴族かもしれないと覚悟していたが、まさか地方にある男爵領でさえも聡明で、容姿端麗な事で知られている第一王子だったとは夢にも思っていなかったのだ。


 驚きに染まるマリーロゼの姿に見とれながらも、ジークフリートは思考を巡らせる。

 四大公爵家筆頭である家系の娘であれば、側室などとしてではなく十分に正室として己の横に立って貰うことが出来る。

 今まで、探索の網に引っかからなかったのは父親である宰相の努力の賜物だったのだと納得する。


ーー愛しい、マリーロゼ。決して君を逃がしはしないよ。


 だからこそ、ジークフリートは目の前に居る愛しいマリーロゼを、己がたった一人心の底から欲する姫君を逃がすことがないように手に入れようと画策し行動に移す。

 父親である宰相に婚約を申し込む必要もあるが、まずは目の前で驚いている表情も可愛らしいマリーロゼに己の心を告げ、ジークフリートへ意識を向けさせることから始めようと令嬢達が見とれる美しい微笑みを浮かべ、心の内を悟らせることなく手を伸ばす。

 ジークフリートの心は、周囲の存在を忘れてしまう程にマリーロゼで一杯だったのだ。

 

「マリーロゼ・アウラ・イスリアート嬢、私の愛しい……」

「私のマリーロゼに触るなあぁぁぁっっっ!!」

「例え殿下であったとしても、父親たる私の許可無く掌中の珠と言っても過言ではないマリーロゼに何をされようとしているのですか?」


 ジークフリートの目の前にいたはずの愛しいマリーロゼの姿は掻き消え、黒い靄を大量に背負い、冷酷無慈悲な黒衣の宰相の通り名に違わぬ冷笑を浮かべたバルトルト・フォン・イスリアート公爵の姿が目の前にあった。

 そのバルトルトの背に隠されるようにマリーロゼは居たが、ゆうりにぎゅーっと抱きしめられており、その姿はほとんどジークフリートには見えなかった。

 ジークフリートは、失念していたのだ。

 今後、彼にとっての鬼門とも言える存在となる、父親であり愛娘を愛して止まぬ黒衣の宰相バルトルトとマリーロゼのためなら国すらも滅ぼし兼ねぬ契約精霊にして精霊王ゆうりの存在を……。


「宰相……」

「殿下、物事には順序というものが有りますれば些か気がはやりすぎではございませんか?

 確かに世界中探しても、マリーロゼ以上の令嬢など居るはずがございません。

 しかし、未だ11を過ぎたばかりにございますれば、親元に居るのが何よりも重要かと。

 まして、近頃の糞ガ……、いえ元公爵子息との一件で娘は傷ついたばかりにございます。

 この先、しばらくと言わずに数十年はそっとしておいて頂けませんか?」

 バルトルトの絶対零度の視線に含まれる娘は嫁にやらんとばかりの気迫に、ジークフリートの頬も引き攣りそうになる。

 おそらくジークフリートが第一王子で、王位継承権第一位ではなかったら密かになどと言わずに、正々堂々真っ正面から暗殺しそうな気配をジークフリードは察してしまった。

 だが、ジークフリートはこのまま引き下がる事は出来なかった。

 引き下がったが最後、二度とマリーロゼと会うことは出来なくなる予感をひしひしと感じたのである。


「うぅぅぅ、マリーロゼぇ……。

 マリーロゼのお婿さんには、私が世界一の人を見つけるんだからあ……。」

「お、お姉様、一体どうしましたの?

 私のお婿さんだなんて……。」

 マリーロゼを抱きしめながら、涙目になって腹黒王子なんてとぶつぶつと呟くゆうりにマリーロゼは困惑してしまう。

 ゆうりは、出来ることならば今すぐにでもジークフリートを排除してしまいたい気持ちで一杯だった。

 しかし、春の夜に出会った時に"腹黒王子"と叫んで戦略的撤退を行った際、マリーロゼに怒られたことだけは覚えていた。

 怒ったマリーロゼの顔も確かに可愛かった。

 だが、マリーロゼが怒るようなことをして嫌われることだけはゆうりは避けたかった。

 ……こうなれば、マリーロゼに気が付かれないように秘密裏に事を進めなければいけないとゆうりは心に決める。

 そんなゆうりの考えを知る術のないマリーロゼは、ゆうりを慰めるように声を掛ける。

「お姉様、泣かないで下さいまし。

 お父様の命がない限りは、私はまだ結婚など考えておりません……。

 もしも、私の我が儘をお父様が許して下さるならば今しばらくは、お姉様やお父様、アイオリアと家族として一緒に居たいと思っていますもの。」

 お父様のお心を知ったばかりですから、と続けるマリーロゼの言葉にゆうりの表情も明るさを取り戻し、バルトルトの背負っていた黒い靄も多少は薄まる。

 逆に、ジークフリートは己の眉間に皺が寄ってしまうのを感じた。

「でもお姉様、駄目ですわよ。

 殿下が何かを言いかけてましたのに……。」

 うっすらと頬を染めるマリーロゼの言葉にゆうりは、明るさを取り戻しかけた表情をむうっと不機嫌そうに顰めてしまう。

「……あんにゃろう、いっそカエルにでもしてやろうかな。

 そして、マリーロゼに怯えられると良いさ。」

「……?」

 無自覚に恋する乙女の表情をするマリーロゼに聞こえぬように、ゆうりは小さく呟く。

 ……余談だが、マリーロゼは悲鳴を上げる程にカエルが大嫌いなのである。


 さっそく今日の夜中にでも行動に移そうと考えていたゆうりの視線を受けて、ジークフリートの背筋に寒気が走る。

 思わず身を引いてしまいそうになった己を律し、ジークフリートは挑むようにゆうりの視線に立ち向かう。

 二人の視線は交錯し、目には見えない火花が散っていた。



「……母上、貴女はいったい私の血筋の者に何をされるおつもりなのですか?」


 今にも、ジークフリートをカエルに変えてしまいそうな勢いのゆうりがその声にぴしりと音を立てて固まってしまう。

 部屋の中に淡い光が満ちたかと思えば、其処には一人の男装の麗人が立っていたのだった。



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