精霊王と王族達。
「まあ、いいよ。
二人への教育的指導は、後でリヒトに任せるから。」
「精霊王様、宜しいのですか?
何でしたら、私が今すぐにでも庭先にでも逆さ吊りにして説教しておきますが?」
「あはは、桜の手を煩わせる程の事じゃないもん。」
ゆうりにお仕置きを行うことを申し出る桜へ笑って、大丈夫だよと答える二人の会話を聞きながら戦々恐々としてしまうエリオットとブラッドフォード。
そんな場の空気を変えるためか、静かにバルトルトが話題を変えようとした。
「……恐れながら、精霊王陛下。
すでにご存じの事かとは思いますが、改めて二人の王子殿下を紹介させて頂きたく。」
「うん、そだね。
二人に会うために来て貰ったからね。」
ゆうりの興味が、エリオットとブラッドフォードから離れたことを感じ、バルトルトはエリオットに紹介するようにとばかりに視線を向けた。
「……精霊王陛下、我が息子であるジークフリードとイザークです。
……二人とも、精霊王陛下にご挨拶を。」
「スピリアル王国、国王エリオット・ジョージ・フォン・スピリアル陛下が長子、ジークフリート・ピオニー・フォン・スピリアルと申します。」
「同じく四子、イザーク・チェリアル・フォン・スピリアルと申します。」
ジークフリードとイザークは、部屋に入ってからの父親達の様子や、国王を前にして普段通りの言動を崩すことはない女性、精霊王であるという紹介に驚きを隠せずにいた。
しかし、事前に父親より言われていた言葉を思い出し、出来るだけ余計な事を考えないように自己紹介の言葉を述べることだけに集中する。
その甲斐あって、問題無く紳士の礼を行うことが出来た。
「……エリオット……、先に言っておくけどさ、私だって鬼じゃないんだ。
子どもの言葉にいちいち目くじらを立てたりしないよ。
……あの糞ガキに対して怒ったのだって、普通に考えてあんまりな態度だったからだし……。」
其処まで、呟いて何かを思い出したかのようにゆうりはイザークへ視線を向ける。
「ああ、思い出した。
イザーク、君ってあの糞ガキの血筋だったよね?」
「「「!!」」」
「……!」
「……?」
ゆうりの言葉に幼なじみ三人組に緊張が走り、その言葉の意味を理解しようと思案したジークフリートも気が付く。
しかし、名を出されたイザークは糞ガキという言葉が誰を指しているのかすぐには分からなかった。
「……恐れながら、精霊王陛下。
我が息子、イザークは確かに彼の者と同じ公爵家の血が流れています。
しかし、公爵子息との関わりなど全くと言って良い程にありませんでした。」
イザークを己の背に隠すように訴えるエリオット。
エリオットの言葉でイザークも、精霊王であるゆうりの機嫌を損ねるような真似を公爵子息が行ったのだということを理解する。
「……父上……。」
国王であるがゆえに息子の身よりも、国の行く末と、民の安寧を優先せねばならないはずの父親が、できうる限り息子であるイザークを守ろうとしてくれていることに喜びがこみ上げる。
だが、イザークとて側室の子であったとしても王家の血を受け継ぐ王子である以上は、言わねばならぬ言葉があることを承知していた。
イザークは心を落ち着け、覚悟を決める。
そんな弟の姿を見ることしかできないジークフリートもまた、心の中で己の無力さを嘆いていた。
「父上、ウェストリア公爵家の者達が精霊王様に無礼を働いたのですね?」
「イザーク、下がっていなさい。」
「いいえ、父上。
私とて王族の端くれ。
ウェストリア公爵家の血筋を受け継いでいる、この私の存在がこの国に住まう罪なき民達へ害を及ぼすというならば、喜んでこの命を差し出しましょう。
王族として生まれた以上は、国のために命を捧げる覚悟は出来ています。」
「イザーク……、すまぬ。
息子一人守れぬ父を、どうか許してくれ……」
「……イザーク……。」
ヒシッとばかりにしっかりと未だに10歳と幼い息子の身体を抱きしめるエリオット。
その側には、イザークの兄であるジークフリートが悲しい顔をして寄り添っていた。
それは、美しい親子愛、兄弟愛を垣間見える光景であった。
「もしもーし、其処の王族達。
誰が、何時、何処で、命を寄越せとか言ったっけ?
私、そんな事一言も言った覚えないんだけどなあ……。」
「……早とちりですね。」
王族三人の様子にゆうりと桜は顔を見合わせ苦笑する。
「……罰するために呼んだのではないのですか?」
ゆうりの言葉を聴いて、驚いた顔をする人間達にゆうりは呆れた眼差しを送る。
「あのね、私言ったよね?
少なくとも精霊契約に関すること以外は口出ししないよって。」
面倒くさそうな様子で言うゆうりの姿に安堵のため息をつくエリオット。
本当にいいのでしょうか、とばかりに不安げな視線を向けるイザークをエリオットは強く抱きしめるのだった。
張り詰めていた緊張の糸が一瞬緩んだタイミングを見計らったように、応接間の扉をノックする音が響く。
「お茶をお持ちいたしました。」
「……入れ。」
侍女の声にバルトルトが反応し、入室を促すと開いた扉の先には侍女と共にマリーロゼの姿が有った。
「失礼いたします。
お茶をお持ちいたしました。」
「マっ、マリーロゼ?!」
「マリーロゼっ、何で、どうしたの?!」
バルトルトとゆうりが驚くのも無理はなかった。
なぜなら、二人はマリーロゼを彼等と会わせたくなかったために、わざとマリーロゼの習い事がある日を選んで公爵家に王子達を招いたのだから。
……二人の王子に会わせれば絶対に惚れるに決まってるっ!!
それが、バルトルトとゆうりの一致した見解だったのである……。
「君は、あの時のっっ!!
私の愛しい姫君っっ!!!」
そして、もう一人驚愕に瞳を見開き、歓喜に染まった声を上げた者がいた……。
第一王子ジークフリート・ピオニー・フォン・スピリアル、その人だった。




