精霊王と仮の姿。
春の日差しが柔らかく降り注ぐ男爵家の小さな庭で、当主である男爵“リチャード・エラスコット”の姪に当たるマリーロゼは、病に倒れ体調が優れない母親のために育てていた花を自ら選び、切り取っていた。
マリーロゼが物心ついた時には父親はすでにいなかった上に、母の生家である男爵家で生まれ育った。
それゆえに、マリーロゼは母の実家である男爵家で世話になっているという意識が強く、身の回りのことなどは極力自身で出来るようになっていた。
病弱な母親の看護も進んで行うなど、貴族の子女としては些か眉を潜めてしまうかもしれない。
しかし、男爵夫人である叔母に貴族としての嗜みや令嬢としての心得を学ぶなど、叔父夫婦に恥ずかしい思いをさせないように振る舞う事も忘れてはいなかった。
「良かったですわ、今年も綺麗に咲きましたわね。」
マリーロゼは、母の好きな薄ピンクの春薔薇が美しく咲いたことを嬉しく思い笑顔を浮かべる。
マリーロゼが、早速母に春薔薇が美しく咲いたことを教えようと思い、母の部屋へ行くために屋敷の方へ振り向いた。
ヒュウゥゥゥッ、ドッスンッッ!!
「あいたっっ!!」
庭に背を向け屋敷の方向へ振り向いたマリーロゼの目の前に、屋敷の屋根よりも高い場所から白い大きな塊が落ちてきた。
あまりに突然の事に驚き固まって凝視しているマリーロゼの前で、白い塊は身体を起こし器用に前足で顔を撫で始める。
「うぅぅ、失敗した。 華麗に着地を決めようと思ったのに、私ってばめちゃくちゃかっこ悪いじゃん。」
「……犬が喋りましたわ。」
目の前に落ちてきたのは、真っ白な毛並みに金色の瞳を持つ大型犬程の大きさの狼だった。
空から落ちてきたことや、大きな体躯だけでも十分に驚愕に値するというのに、その上人語を解するなどマリーロゼの理解の範疇を超える出来事だった。
「犬じゃないよっ! 狼だしっ!」
マリーロゼの思わず呟いた言葉に、返事をする白い狼に対しマリーロゼは意識をしっかりと取り戻す。
警戒心を露わにして、突然出現した狼に対する恐怖心を押し殺し、ゆっくりと距離を取り始める。
そんなマリーロゼの警戒心も露わにした姿を見た白い狼は慌てて体勢を整え自身の弁明を測り始める。
「え、えーとっ。
初めましてっ! 私はえっと……しがない精霊の一人ですっ!
決して怪しい者じゃないんですっ! 狼の姿なのはもふもふ好きかなってっ!
それに、護衛として側にいられるかなあとかも思ってっ!
あ、あとは、危害なんて絶対加えないですっ!!」
突然の白い狼の慌てふためきながらも、一生懸命な自己紹介を聞いて思わずマリーロゼはキョトンとしてしまう。
「ああ、でも、身分を証明する物なんて無いし、第一空から落ちてくるなんて十分に怪しいよね。
うぅぅ、どうしよう……。
あっ、そうだっっ! 証明にはならないけど、私は貴女のことがすっごく大好きですっっ!! だから、お友達になって下さい!!!」
さらに続けられた言葉と、マリーロゼが大好きなのだと必死にアピールした挙げ句、精霊?なのに人間であるマリーロゼと友人になりたいという白い狼。
その必死な姿と、支離滅裂な言動にマリーロゼの警戒心と恐怖心は薄れてしまい、笑いが込み上がってきたのだった。
「うふふふふ、変な狼さんね。
ふふふ、笑ってしまってごめんなさい。 精霊の狼さん、貴女のお名前を教えてくれますか?」
「私は、ゆうりだよ!
出来れば“お姉様”って呼んで貰えたら、すっごく嬉しいですっ!」
くすくすと笑顔を浮かべるマリーロゼの姿に頬を緩ませながら白い狼こと、ゆうりは名前を答える。
「ふふふ、本当におかしな方ですね。
私は、マリーロゼ・エラスコットと申します。 よろしくお願いします、お姉様。」
「……うっわ、お姉様呼びとか最高過ぎて気絶しそうなんだけどっ!」
マリーロゼの“お姉様”と言う呼び方一つに、大袈裟な程に喜ぶゆうりの姿に再び笑いがこみ上げてくるマリーロゼであった。
いつも読んで頂きありがとうございます。
精霊王であるゆうりは、ちょっと行動が空回りしてしまう子なので生暖かい眼で見守って頂けると、幸いです。
作者である私も、書いている内にゆうりは何故か勝手に狼になって突っ走ってしまいました。
未熟な私ですが、精進いたしますので温かな目で見守って頂けると嬉しいです。