契約精霊の指導 ブラッドフォード編。
夜も更けた王城の近くにある四大公爵家の一角アルトノス家別邸では、その屋敷の住人であるブラットフォード・フォン・アルトノスが庭に立ち尽くしていた。
「……レーヴェ。
なぜ、私は庭先に立たされているんだい?」
「……分からぬか、ブラッドフォード?
あの愚か者の処分が決まるまでは先延ばしにしておった、我らが偉大なる精霊王様よりの勅命である指導を行うために他ならぬではないか。」
その身が司る燃えさかる炎の如き双眸がブラッドフォードに危機感を与える。
「……覚えていたのかい?」
「笑止。
我らが初めて精霊王様より頂いた勅命を忘れる事などあり得ぬわ。
……ブラッドフォードよ、我は言葉を語ることはリヒトやシュネーに比べ苦手だと自負している。」
「そ、そんな事は無いと思うよ、レーヴェ。
私達は、きちんと言葉を尽くして話せばわかり合えると思うからね。」
肉食動物が獲物をかるように、じわりじわりとブラッドフォードとの距離を詰めてくるその姿に、ブラッドフォードの頭の中で警鐘が鳴る。
「問答無用。」
獰猛な肉食獣の笑みを浮かべた炎の獅子がブラッドフォードに躍りかかる。
ブラッドフォードもまた、剣を構えレーヴェの強靱な前足から繰り出される鋭い一撃を受け流し、戦闘態勢に入る。
……ある意味戦闘馬鹿とも言える彼等の間に、言葉など不要なのかもしれない。
「うぅぅ。
最近こんな扱いばかりだ……。
一応、高位貴族なんだけどね……。」
指導とは名ばかりのレーヴェとの命を賭けた戦闘もしくは追いかけっこは、ブラッドフォードの体力が尽きて気絶してしまったことにより終了した。
……もっともその後すぐに、庭の池に落とされて強制的に目覚めさせられたが……。
「ふん、我が契約者であるならばこの程度の事で醜態を晒すな。
貴族だ何だという人間の価値観が、我ら精霊に当てはまる訳がないだろう。」
庭の地面に汚れることも構わずに大の字になって横になっているブラッドフォードの頭を肉球が付いた前足で、たしたしと軽く猫パンチならぬ獅子パンチをするレーヴェ。
「……微妙に痛いけど、肉球の感触は悪くないね……。」
「当然よ。
精霊王様、直々にお褒めの言葉を頂いたこの肉球と毛並みは、その日より手入れは決して欠かしておらぬ。」
胸を張り、己の肉球と毛皮を誇るように話すレーヴェの姿にブラッドフォードは思わず笑みが溢れてしまう。
「レーヴェ、君にも可愛らしい所があるんだね。」
ふふふ、と笑顔を溢すブラッドフォードに対して、再び肉食獣の雰囲気を漂わせ始めるレーヴェ。
それに気が付いてしまったブラッドフォードの笑顔は引き攣ってしまう。
「……ブラッドフォードよ。
笑顔を浮かべることが出来る程度には回復したようだな。
それでは、二戦目を始めようか……?」
「……え……?
レーヴェ、……冗談だよね?」
「我は、最近退屈しておったのだ。
ブラッドフォード、お前は人間にしては頑丈で、体力もあり、勘もいい。
我が遊び相手程度は務まる珍しい存在よ。」
殺しはしないから安心しろ、と言いながら距離を詰めてくるレーヴェの姿の何処を探しても安心できる要素など有りはしなかったのだった。
彼等の追いかけっこは、朝日が昇るまで決して途切れることは無く、時折屋敷の庭にブラッドフォードの叫び声が木霊したが、レーヴェの依頼でリヒトが張っていた結界のおかげで誰にも聞こえることは無く、夜の闇に消えていったのだった。
明くる日の執務室には、幼なじみ三人の同じような疲れ果てた姿があったのだった。
彼等は心の中で一様に、決してゆうりの機嫌を損ねるような真似は二度としまいと固く誓うのだった。




