精霊王とバルトルト親子。
いっそこのまま止めを刺してくれとばかりにマリーロゼとアイオリアへ長年の思いの丈をぶつけたバルトルト。
未だに信じられないといった様子のアイオリアよりも先に、驚きより思考回路を回復させたマリーロゼがバルトルトの幼なじみ二人が見守るなか、静かに口を開く。
「お父様、ありがとうございます。
こんなにも私達の事を思って下さっていたなんて、とても驚きましたわ。」
「うぐっ、……情けない話しだが……。
お前達を前にすると……、何を話して良いか分からないのだ……。」
マリーロゼの笑顔に促されるように、途切れながらではあったがバルトルトは思いを語り始めた。
「……大切にしたいと……、笑顔を向けたいとは思うのだが、……うまく行かぬ。
私の目つきは、……恐ろしい事も分かっている。」
「……。」
「……父上……。」
マリーロゼとアイオリアは真っ直ぐにバルトルトを見上げながら、静かに自身の思いを語る父親の言葉に耳を傾ける。
「……このような……醜態も晒し……、今更愛しているなどと言う情けない父親を見たくないと……、お前達が望むならば距離を置く事にしよう。」
表情を変えることは無かったが二人に少しでも伝えたいと懸命に語るバルトルトの言葉に、マリーロゼとアイオリアは表情に表れなくとも、その言葉に込められた想いを感じ取り、バルトルトの深い愛情を実感することが出来たのだった。
「……お父様は、私達と離れて暮らしたいのですか?」
「そんな事は無いっっ!
私は……、是非とも一緒に居たい……と、思う。」
マリーロゼの問いかけに、天地が引っ繰り返っても有り得ないとばかりにバルトルトは強く否定する。
「……沢山ご迷惑をお掛けしてしまった私でも、お父様達と一緒に居ても宜しいのですか?」
「当然だっ!
だが……、あのような者との婚約を許してしまった……、私を嫌っていないのか……?」
「貴族の娘ですもの。
婚約に関しては覚悟を決めておりました。
その事で、お父様を嫌うことなどあり得ませんわ。
……ですが、もし許して頂けるならば……、あの方との婚約はちょっと……」
おずおずとあの婚約者は好ましく思えないのだと、控えめな表現で言うマリーロゼに問題無いとばかりにバルトルトは頷く。
「婚約は白紙に戻した。
何の問題もない……、だから心配しなくても良い。」
「ありがとうございます、お父様。」
父親の心の内を知ったことで、どんな表情であったとしても戸惑うことなく穏やかな笑みをマリーロゼはバルトルトへ送ることが出来たのだった。
そんなバルトルトと姉の姿を見つめていたアイオリアは、思わずといったように言葉を溢してしまう。
「父上、僕はずっと父上に情けない息子だと思われているのだと思っていました……。」
「なっ!そんな事はあり得んっっ!!」
アイオリアの言葉に、血相を変えて否定するバルトルト。
「……父上は、僕を見ると眉間に皺を寄せて難しい顔をされていたから……。
気が付かぬうちに公爵子息らしからぬ振る舞いをしてしまい、呆れられてしまっていたとばかり……。」
「……私の所為だな……、すまぬ、アイオリア。」
「……父上。」
バルトルトの言葉を受けて、アイオリアは大きな瞳を潤ませる。
「僕は、父上に愛されていたんですね。
嫌われていなかったんですね、……良かった。
ずっと、僕は父上に情けない息子など必要とされていないんじゃないかと思ってました。」
「……アイオリア……」
「ひっく、うぅ。」
大きな瞳から大粒の涙をこぼし、泣き始めたアイオリアに対してどうして良いのか分からないのか、アイオリアへ伸ばし掛けた手を下ろしてしまうバルトルト。
まったく、世話が焼けるとばかりにゆうりが小さな風を起こしアイオリアの身体をバルトルトの方へ押し出す。
バルトルトの方へ押し出されたアイオリアの幼い、小さな身体を思わず抱きとめるバルトルト。
そのまま、ぎこちない仕草で震える背中をさするのだった。
その二人の側にマリーロゼも寄り添い、アイオリアの頭を撫でる光景がしばらく見られるのであった。
「本当に世話の焼ける人だね。
思わずお節介を焼いちゃった。」
「ですが、マリーロゼ様はとても嬉しそうですわ。」
彼等に背を向けて呆れ混じりに、ゆうりが溢した言葉に隣室に移されたウェストリア公爵親子の監視など、幼なじみ三人組の精霊達に指示をテキパキと出していた桜が答える。
「……桜の言うとおり、嬉しそうなマリーロゼの笑顔をみれたから苦労は報われたかな。
そう思わない?エリオット、ブラッドフォード。」
バルトルト親子を静かに見守っていた二人へ、ゆうりは話しかける。
……ブラッドフォードの方は、何故か朗読会が始まる前よりもボロッとなっていた。
「……バルトルトの日記を朗読することに固執していたのは、これが狙いだったのですか?」
エリオットの問いかけに、バルトルト達の真似をしてぎゅーっと抱きついてきた雛菊の頭を撫でながら答える。
「半々かなあ。
マリーロゼがバルトルトとの接し方で悩んでいる様子だったし、うまくいけばいいなって思っただけ。
もう半分は、"日記なんかに書くくらいなら屋敷の屋上から子どもたちへ愛の言葉の一つや二つ叫べよっっ"って、思っちゃったんだよねえ。」
「ぶふっ、ふっふふふ、あのバルトルトに無理難題をふっかけますね。
ですが、そんな彼の姿も是非見てみたい。」
ゆうりの言った愛を叫ぶバルトルトの姿を想像したのか、ブラッドフォードは吹き出してしまう。
「あはっ、もうその必要は無くなっちゃったけどね。
でも、また同じ事を繰り返すようならやって貰おうね。」
「その時は、是非とも私も見学させて頂きたいですね。」
そんな軽口を叩く二人の背後に視線をやってしまったエリオットは、顔を引き攣らせてブラッドフォードの後ろを震える指先で指し示す。
その行動の意味をブラッドフォードが理解する前に、彼の肩を背後から掴む者が居た。
「ほう、ブラッドフォード。
私の何をする姿を見学したいのか、詳しく教えてくれるか?」
「ああ、バルトルトの愛をさけ…ぶ……」
がしっと、捕まれた肩がミシミシと音を立てる。
「……バッ、バルトルト?
じょ、冗談に決まっているだろう?」
あはは、と空笑いをしながらブラッドフォードが振り向けば冷酷無慈悲の鉄面皮、黒衣の宰相閣下がその名に違わず氷のように冷たい無表情のバルトルトが其処にいた。
「……ブラッドフォード、どうやら貴様とは一度話し合った方が良さそうだ。」
「い、いっいまさら、話し合う程のことは……」
「いいから来い。」
嫌がるブラッドフォードの襟首を掴むようにして、武官であるはずのブラッドフォードを、文官のバルトルトが引きずっていく。
助けを求めるようなブラッドフォードからエリオットは視線を反らしてしまう。
ゆうりは笑顔で手を振り、桜はマリーロゼとアイオリアに温かいココアを渡しているのだった。
二人の姿が見えなくなって数分後、ブラッドフォードの叫び声が屋敷に響き渡ったがマリーロゼとアイオリアの居る部屋に、その叫び声が届くことはなかったのだった。




