精霊王と公爵親子の今後。
「あの精霊王陛下、一つお聞きしたいのですが……」
「うん、いいよ。
あ、エリオットもブラッドフォードも名前で呼んで良いよね。
駄目なら、コウノトリと初恋は男の娘でもいいよ。」
『名前でお願いしますっっ!』
「そ?」
残念そうに面白いと思ったんだけどなあ、と首を傾げるゆうりに心が折れそうになってしまう三人だった。
「……お聞きしたいことなのですが、公爵がしたことはバルトルトから聞きました。
ですが、その子息の方は何をしたのですか?」
エリオットは赤く腫れたお尻を半分出したまま、泣き疲れて眠っているマルセルへ複雑な思いのこもった視線を向ける。
「その糞ガキはね-、初対面のマリーロゼを嫌いだとか、好みじゃないとか言って、そんなマリーロゼをあろう事か自分の所有物呼ばわりした挙げ句に、お前のものは俺のもの的に狼の姿をしていた私をよこせだとか、糞ガキの側にいた方が幸せだとかも言った。」
ゆうりの言葉を聴きながら、一人の男から瘴気のような黒いモヤが立ち上り始める。
「それに正論で反論したマリーロゼに口では勝てなかったから、水晶玉の置物を投げつけて黙らせようとしたんだけど、私がマリーロゼを守ったんだよ。」
ゆうりが喋れば、喋る程に増大し、より濃密になっていく瘴気のような黒いモヤを発するバルトルトから、顔を盛大に引き攣らせたエリオットとブラッドフォードは出来るだけ距離を取ろうとする。
だが、そんなエリオットの肩をぐわしっっとバルトルトは掴んだ。
「ひっっ」
「……陛下」
「なっっ、何かなっ、バッバルトルト!?」
バルトルトの地の底から響くような声と、みしりみしりと骨がなる程に強く捕まれた肩が悲鳴を上げている。
助けを求めて、ブラッドフォードへ視線を向けるが顔を蒼白に染め上げた彼はまるで無理だとばかりに首を振っていた。
「……四大公爵家である必要は無いと思いませんか?
公爵家は3つで構いませんよね?
例えば、其処で醜態を晒している公爵一族など必要ないと思いませんか?
思いますよね?」
「バッ、バルトルトっ!一度落ち着くべきではないだろうか!」
普段から恐ろしい眼光を放っているバルトルトの双眸が、さらに威力を増して見た者全てを石に変える邪眼と言われても納得してしまいそうな程の恐ろしい輝きを放っていた。
「落ち着く?
おかしな事をおっしゃいますね、私はこれ以上なく落ち着いています。
ええ、落ち着いていますとも!
今すぐ、奴らを縊り殺さない程度にはっ!!」
「おっ、落ち着けバルトルトっ、絞まってる!
それは陛下だっ、いっ今すぐ手を緩めっ、ぐうふっっ!!」
「私は落ち着いていると言っているだろうがあっっ!!
このまんねんはつじょうきいぃぃっっっ!!!」
興奮したバルトルトは、エリオットの襟組を掴み揺さぶり始める。
さすがに陛下の身が危ないと判断したブラッドフォードが制止するが、バルトルトの文官とは思えぬ重い一撃を受けて怯んでしまう。
そのまま標的をブラッドフォードに移し、叫びながら揺さぶり始めるバルトルト。
「にゃはは、君たちの契約者は面白いね!」
「……醜態をさらし、お恥ずかしい限りです。」
そんなコントのような三人の様子を雛菊は笑いながら見物し、契約精霊である三人は指導内容が増えたとばかりに頭を押さえるのだった。
そんな恐慌状態に陥ったバルトルトの姿を見ていたゆうり。
「……ていうかさ、バルトルト。
私的には、過剰な刑罰は無しの方向なんだけど?」
ゆうりが発したその言葉を受けて、バルトルトはぴたりと動きを止める。
「……精霊王陛下、何故ですか?
マリーロゼに対する彼等の態度は万死に値します。
それを生温い刑罰で許せとでもおっしゃるのですか?」
バルトルトは思わずゆうりに対しても、譲りたくないというような硬質な雰囲気を発してしまう。
「いーや、マリーロゼを侮辱したんだもん。
万死じゃあ生温いね。
でもさあ、考えてみなよバルトルト。」
「……何をですか?」
ゆうりの言葉の真意を今ひとつ理解できなかったバルトルト。
そんな彼の後ろでは、やっと揺さ振られることから解放されたブラッドフォードが別の意味で顔を真っ青にして口元を押さえていた。
その背中を同じく顔を蒼くしたエリオットが"一応王様なんだけどなあ"と、思いながらブラッドフォードの背中をさすっているのだが、エリオットの心の声に同意を示すものは……誰もいなかったのである。
「私的には糞公爵親子をぷちっとして、公爵領をぶっつぶした方が早いって思うよ。
でもね、関係ない人を巻き込んだことが万が一にでもマリーロゼに知られたら嫌われちゃうかもしれないでしょ?
私が大好きなマリーロゼは他者を、まして民を巻き込むことを許しはしないと思うよ。
今回糞ガキに言い返したのだって、"犬をよこせ"ってある意味私のことも軽くみた発言をしたからみたいだったもの。
淑女として、貴族として、今はまだ蕾かもしれないけど、いずれ誇り高く咲き誇る彼女の美しくも、優しい魂が私は大好き。
……だから、貴方達人間に任せるの。
マリーロゼも納得するように法に照らし合わせて裁いてよ。
それが死刑であっても、軽い処罰であっても、少なくとも精霊契約に関すること以外は口出ししないよ。
ただ、彼等が余りにも反省しなかったり、マリーロゼに再び危害を加えないように対処するのが私が求めたいことかな。
それさえ、押さえてくれれば過剰に連帯責任を求めたりしないつもり……一応。」
ゆうりは、マリーロゼを想い穏やかな慈愛に満ちた微笑みを浮かべる。
今までの言動が嘘のようなゆうりの言葉や表情の数々に三人は驚くと同時に、ゆうりのマリーロゼへの愛情の深さを知る。
「……それに、あんまり人間達のことに口出しするとあの二人が連れ戻しに来るかもしれないからね。」
ぼそりと小声で呟いたゆうりの言葉は、誰の耳にも届くことはなかった。
「それにさ、色々考えてたんだけど……、死刑よりも生きてる方が彼等は苦しいんじゃないかな?」
「死刑に処されるよりも、生きてる方が苦しいのですか?」
疑問の声を上げるバルトルトにゆうりは説明するように言葉を続ける。
「ふふんっ。
バルトルト、確かに死刑は恐ろしいだろうさっ!
だけど、その考え方は甘い、極甘だねっ!!」
「にゃはは、極甘だねっ!」
ビシッとバルトルトを指さすゆうりの真似をして叫ぶ雛菊の頭を愛でるように撫で、ゆうりはシュネーから受け取った紅茶とリヒトが差し出した菓子の一つを口に運ぶ。
雛菊の反対側にはレーヴェが寄り添い、極上の肌触りの己の毛皮でゆうりを楽しませている。
「あのね、確かに処刑日を待つのは恐ろしいよ。
けれど、爵位を失って、名誉とも言える契約精霊を失い、賠償金として金銭も毟り取られ、ただの民として生きて行かなければならない。
私は貴族じゃないからわかんないけど、それって結構辛いんでしょ?
しかも、この先何年もそんな環境が続いていく。
名誉挽回しようにも、その一つの手段になるかもしれない高位の精霊達との精霊契約は出来ないかもね。
少なくとも私は彼等糞親子の血筋とは契約したくないもん。」
「にゃはっ、でもママ上様が契約したくないって言った以上は、精霊達の全てがそっぽを向くと思うなあ。
私だったら、ママ上様に嫌われちゃうかもしれないことはしたくないもんっ!」
にゃはにゃはと明るい笑い声を溢す雛菊は、何気に残酷なことを容姿に似合わず平気で言ってしまう性格だった。
「あはっ、あとはそうだねえ。
勝手に自殺とか出来ないように常に近場の精霊に見張らせておこっかな!
……どうかな、バルトルト?
これが私の考えなんだけど、まあ参考程度にしてよ。
私の考えよりも、あくまで君たちの法を優先して欲しいしね。」
バルトルトは、ゆうりの問いかけに話の途中から握りしめていた拳を開き、ゆっくりと言葉を紡ぎ出すのだった。




