精霊王と国の重鎮達。
「もっと、速度は上がらないのかっ!?
このままではっ、このままではっっ!!
ええいっ、馭者を代われっっ!!!」
「バルトルトっっ!
落ち着くんだっ!いつもの君らしくないっっ!!
この馬車には陛下も乗っているんだぞっっ?!」
「黙れっ!私の邪魔をするなっっ!!
この万年発情期っっ!歩く猥褻物っっ!!」
「……。」
「ブラットフォード、すみで落ち込むな!
バルトルトを押さえる手を緩めるでないっっ!!」
王都の街の中をはた迷惑なことに爆走する馬車には、馭者台へ行こうと扉から身を乗り出そうとしている殺気を漲らせた黒衣の公爵と、それを止めようとする二人の男の姿が有ったのだった。
「バルトルトよ、本当に精霊王陛下がご降臨されたというのか?」
「……私が陛下へ偽りを申し上げた上に、半ば引きずるように我が家へ足を運んで頂くと思いますか?」
どうしようも無いと観念し始めたのか、涙目になってぶつぶつと何かを呟き始めているバルトルトの姿に頬を引き攣らせながら赤銅色の髪の男が尋ねる。
「どうだろうね。
ですが、私が愛しい花々を愛でる事をやめてしまう程には、陛下に詰め寄る姿や馭者台へ身を乗り出すバルトルトの姿は見ものだったよ。」
赤銅色の髪の男に変わり答えるのは、新緑の髪の男だった。
「貴様は黙っていろ、女ったらしっ!」
「……君ね……、大切な幼なじみの扱いが酷くないかい?」
涙目で睨み付けながら言い放つバルトルトへ新緑の髪の男は、顔を引き攣らせてしまうのだった。
最高速度でバルトルトの屋敷へ向かう公爵家の紋章が飾られた馬車の中には、バルトルトを含めた三人の人物が居た。
赤銅色の襟足程の長さの髪に、黄金の瞳を持つ王者の風格を持った30代前半くらいに見える人物。
このスピリアル王国を治める王、エリオット・ジョージ・フォン・スピリアル。
深緑色の緩いウエーブの掛かった長い髪を一つに結び、若草色の瞳を持った大人の色香が漂う近衛騎士団団長、ブラットフォード・フォン・アルトノス。
ブラットフォードは、四大公爵家が一つアルトノス家の次男であり王を含めたこの3人は、幼い頃より共に学び育った幼なじみのような関係でもあった。
馬車の中で、ことの次第を報告したバルトルトへの王の第一声が信じられないとばかりの台詞だったのである。
そんな3人を乗せた馬車は、やっとバルトルトの屋敷へ到着する事となる。
「あ、バルトルトだ!
おかえりー、ちょぉっと待ってね。
今暇つぶしで、遊んでいた所だから。」
「ひいぃぃぃっっ!!たったすけ、ふぎゃあぁぁっっ!!!」
「うにゃ、まーた、負けちったあ。」
困惑した様子の王とブラッドフォードを急かすように、精霊王の居る部屋へ案内したバルトルト。
しかし、3人は扉を開いた先に広がっていた光景に顔を引き攣らせて絶句してしまう。
ゆうりと、新緑色の髪をツインテールにした"少女"の姿だけならばまだしも、見慣れない物体があったのである。
それは、一見すると大きな樽だった。
しかし、樽の側面には立てに細長い穴が幾つも開いている。
その穴のいくつかには色とりどりの剣のような物が刺さっていた。
極めつけは、樽の中に入れられ、悲鳴を上げてジタバタと藻掻き、"少女"が一つの穴に剣を刺したと同時に吹き飛ばされたアーノルドの姿だった……。
ご丁寧にアーノルドの口の周りには、真っ黒な髭が落書きされている。
……ゆうりが遊んでいたのは、"黒○危機一髪~アーノルドバージョン~"だったのである。
「……へ…、へいか……?」
引き攣った声でゆうりを呼んでしまうバルトルト。
「なーに?
あ、バルトルトもする?」
「……いえ、ご厚意だけ受け取っておきます。」
「そう?
あ、もしかして後ろにいるのが国王?
んー、ありゃりゃ、私は5分くらいって言ったのに駄目だったみたいだね。
まあ、いいよ。暇つぶしで遊んでたから忘れてたし。」
「……。」
バルトルトは心の中で、この時だけはアーノルドの身体を張った犠牲に感謝した。
「あ、でも、あとでちゃーんと朗読会はするからね。」
「……。」
そのゆうりの言葉で、バルトルトはがっくりと項垂れてしまった。
その様子は、まるで天国から地獄へ突き落とされたかのようだったと後に国王は語った。
「……せ、精霊王陛下のお願い通り、国王陛下をお連れいたしました。」
それでも、筆頭公爵家当主と宰相であるという誇りと根性で気を取り直したバルトルトは、ゆうりへ国王を連れてきた事を告げる。
ちなみに、彼等は"黒髭○機一髪~アーノルドバージョン~"の事は全力で見なかったことにした。
「あはっ、ありがとうね。
早速だけどさあ、頼みたい事があるんだよね。」
ゆうりの気安い態度に、さすがに眉を寄せて抗議をしようとした人間が居た。
姿を見ただけならば人間と変わりない姿をしているゆうりを、精霊王であると半信半疑で疑いの眼差しを向けてしまったブラッドフォードである。
「……その前に精霊王陛下、どうか貴女が真実精霊王であるという事をこの愚かな人間に示して頂けないでしょうか?」
「っっ?!
この馬鹿がっっ!!」
恭しく、優雅な仕草で跪きながらも、疑いの色を含んだブラッドフォード言葉に、バルトルトは顔色を悪くする。
「あはは、いいよ。
10歳までおねしょをしていたブラッドフォード、初恋の人は幼い頃は女の子に見えない事もなかったバルトルトだったブラッドフォード、初恋の事は死ぬまで秘密にしたかったブラッドフォード、蜘蛛とかの虫を見ると女の子みたいな悲鳴を上げちゃうブラッドフォード、他には……」
「疑ってしまい申し訳ありませんでしたっっ!!
貴女様は、本気で本物の精霊王様以外の何者でもありませんっっ!!
後生ですからそれ以上私の過去を暴くのは、もう勘弁して下さいっっ!!!」
狼狽し、冷や汗を大量に流しながら、土下座をする勢いで頭を深く下げるブラッドフォード。
「……貴様、しばらく私には近寄るなよ。」
そんなブラッドフォードに近づくなとばかりに距離を置くバルトルトへもゆうりは笑顔を向ける。
「そうだね、間違えて求愛されても困るもんね。
ちっちゃい頃はお母さんの趣味で女装させられていたバルトルト。」
「貴様の所為だぞっっ!!この万年発情期ぃぃっっ!!!」
巻き込まれる形で恥ずかしい過去を暴露されたバルトルトは、精霊王や自身の主の前であることも忘れてブラッドフォードの襟首を掴み揺さぶり始める。
「……憐れだな。」
そんな二人の様子を見ていた王であるエリオットは同情の眼差しを送った。
「それで、15歳まで赤ちゃんはコウノトリが運んでくると信じていたエリオット、両親に"コウノトリは何時妹を連れてくるんですか"と13歳にもなって素で聞いちゃったエリオット、王妃へ最初に送った花がライラックの花束だったエリオットは信じてくれた?」
『……陛下。』
側近二人のイタイ物を見るような生温かい眼差しを受けた王は、狼狽してしまう。
「し、仕方ないだろうっ!
昔は純粋だったんだ!
それに王妃への花は周りが止めるのを可笑しいとは思ったが、まさかあんな意味があったとは知らなかったんだ!!」
ちなみに、昔からライラックの花を恋人などの異性に送る事は婚約解消の意味合いがあったのである。
三人のこの国を代表する王と、重鎮達は一様に沈黙してしまう。
目の前で笑っている平凡な黒髪の女性は、彼等の墓場まで持って行きたい秘密を全て知っているかもしれないのだ。
「あはは、悪かったね。
何処にでもいそうな、これといった特徴のない平凡な顔でっ!」
『す、すみませんでしたあっっ!!』
彼等は、矜恃よりも過去の恥ずかしい思い出をばらされない事を選び取った。
どんな偉い地位を持っている人間でも、我が身可愛さに周囲には隠しておきたい黒歴史というのは存在するのである……。




