マリーロゼと父親の対面。
男爵領より、馬車で数日掛けてたどり着いた王都にある公爵家は大きく広い屋敷であったが豪華絢爛と言うよりは、質実剛健といった言葉の方が似合うような佇まいをしていた。
「(マリーロゼ、姿は見えなくても私は側にいるからね。)」
そんな公爵家の応接室へ通されたマリーロゼ、ゆうりはただの犬という事で屋敷へ入る事はすぐには許されず庭で待機する事となった。
応接室へと案内されるマリーロゼにしか聞こえないように小さな声でゆうりは囁く。
そんなゆうりへマリーロゼは、小さく頷き返した。
高価な調度品が並ぶ品の良い応接室の中で、マリーロゼはとても緊張していた。
「(お母様が愛した人、私のお父様……。)
(一体どのような方なのでしょう?)」
期待と恐れが入り交じったような複雑な感情を抱いていたマリーロゼのいる応接室の扉がノックされ、マリーロゼよりも幼い少年を連れた黒衣に身を包んだ男性が部屋に入ってきた。
「……お前がマリーロゼか?」
「はい、お初にお目に掛かります。
私はマリーロゼ・エラスコットと申します。」
生まれて初めて会う事になった父親を前に、マリーロゼの声は緊張で震えてしまう。
しかし、母親や叔母に厳しく躾けられた作法を忘れることなく優雅な淑女の礼を持って父親の前に立つ。
「……イスリアート公爵家当主バルトルト・フォン・イスリアートだ。
これは、お前の義弟に当たるアイオリアだ。」
「お初にお目に掛かります。
アイオリア・フォン・イスリアートです。」
紺色色の髪、深い紫色の鷹のように鋭い眼光を放つ瞳、鋭利な刃物のような雰囲気を父親である公爵は纏っていた。
そして、公爵に自己紹介をするように促され名乗るのはマリーロゼの義弟だという。
父親である公爵と同じ、紺色の髪、深い紫色の瞳を持った人懐っこい笑みを浮かべる父親と正反対の少年、アイオリア・フォン・イスリアートだった。
「……マリーロゼ、この屋敷で好きに暮らすが良い。
今後は、"マリーロゼ・アウラ・イスリアート"と名乗るように。
そして今以上に、公爵令嬢として恥ずかしくない教養と知識を身につけて貰う。
……後日正式に発表する事になるが、すでにお前の婚約者も決定している。」
「……え?」
公爵の婚約者がいるという話しを聞いて、マリーロゼは戸惑ってしまう。
そんなマリーロゼの様子になど、興味がないのかさっさと公爵は呼び止めるまもなくマリーロゼに背を向け立ち去ってしまうのだった。
「……。」
残されたマリーロゼは、好きに暮らせと言われてもどのように行動して良いか迷ってしまう。
そんな義姉に対し、アイオリアは子どもらしい純粋な笑顔をマリーロゼへ向ける。
「あの、これからよろしくお願いします。
僕の事は、名前でお呼び下さい。
……えっと良かったら、姉上とお呼びしても宜しいですか?」
「……私の方こそよろしくお願いします。
姉と呼んで下さるのですね、嬉しいですわ。
本当に私などが御名前でお呼びしても宜しいのですか?」
「もちろんです!
だって、僕たちは姉弟なのですから。」
温かな太陽のような純粋無垢な笑顔に、冷淡だったといってもいい父親との初対面の悲しさも癒され、多少は心の痛みも和らぐマリーロゼだった。
その後、アイオリアはマリーロゼに屋敷の中を案内して回る。
その過程で、話しを聞く事が出来たのはアイオリアの母であり、公爵の正妻であった女性はアイオリアが幼い頃にすでに他界してしまっていること、公爵の素っ気ない態度はマリーロゼだけではなくアイオリアに対してもあまり変わりはしないのだという事を教えて貰うのだった。
そして、執事を通してゆうりを屋敷へ入れても良い事と、ゆうりを側に置く事の許しも得る事が出来たのだった。
母親をすでに無くし、父親も冷たい態度を示すアイオリアにとってマリーロゼは、初めて自身に興味を示してくれた大切な家族となっていく。
今までと全く違う環境に晒されたマリーロゼにとっても、素直に好意を向けてくれるアイオリアの存在は大切な家族となっていくのだった。




